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七度尋ねて人を疑え
しおりを挟む「ささ、若様。銀煙を吸われる前にお召し替えを――」
八木が行商のつづら箱から大人の寸法の着物一揃えを取り出した。
お忍びなので八木と同じような粗末な行商人の木綿の着物だ。
「おお、そうであった。童の着物のままで十八歳に戻ってはさぞや滑稽な姿になってしまうであろうな」
八歳ほどの家基は快活に笑うと、「着物くらい自分で着られる」と言って錦庵の奥の座敷へ一人で着替えに行った。
「のう?若様は危うく暗殺されるところぢゃったんぢゃろ?いったい毒を盛ったのは何者ぢゃ?」
サギがヒソヒソ声で八木に訊ねる。
「間違いなく反タヌキ派の仕業にござろうぅ。若様が急逝されたことになり、たちまち、田貫様がご典医と結託し、薬と偽って毒を飲ませて暗殺したという噂が広まったのでござるぅぅ」
八木が口惜しげに顔をしかめる。
いち早く駆け付けた田貫兼次が金煙を吸わせねば家基は時を待たずしてお供の若き家臣と同じく息絶えていたであろう。
だが、そのために田貫兼次に暗殺の疑いが掛けられる結果となってしまったのだ。
「反タヌキ派ぢゃと?そんな一派がおったのか?ん?そういえば、兄様もハトもシメもわしにやけに田貫様が怪しいというようなことを言うとらんかったか?」
サギは江戸へ来たばかりの頃を思い返した。
幕府の内情など何一つ知らぬサギに我蛇丸、シメ、ハトが三人して田貫兼次の悪評ばかり教えていたではないか。
「ああ、あれは敵を欺くためにわし等も田貫様を怪しんどる素振りをしておっただけぢゃわ。敵を欺くにはまず味方からというしのう」
シメはすっとぼけようとしたが、
「いや、そりゃ嘘ぢゃ。実はわし等も田貫様が怪しいと、ある人物から吹き込まれていて、すっかり、そう思い込んでしもうてたんぢゃ」
ハトは面目なさげに自らの田貫兼次に対する誤解を認めた。
「うぅ、なんせ、わし等は蕎麦屋が忙しゅうて諜報をする暇がないしのう」
「まあ、暇があったところで蕎麦屋の忍びが幕府の中の諜報など出来やせんがのう」
シメとハトは言い訳がましい。
「まあ、幕府の中での諜報ならばぁ、お庭番のお役目にござりまするゆえぇぇ」
八木は得意げだ。
お庭番は城中の諜報だけでなく庶民の行商人に扮して町中の諜報も出来るのだから圧倒的に蕎麦屋の忍びよりも有利なのだ。
「かあ、今までに上様の食膳に三度も毒が盛られて、小納戸のお毒見係のお三方が毒に当たって、そして、世継ぎの家基様にまで毒が盛られてしもうたんぢゃろっ?そんな悪どい反タヌキ派を野放しかあっ?」
サギはじれったく地団駄を踏んだ。
「しかし、証拠がないんぢゃ。上様のごくごく身近に反タヌキ派と思しき怪しい人物がおるんぢゃがのう」
我蛇丸は確かめるように八木をチラと見やる。
「あっ、さては、八木殿がその反タヌキ派かっ?」
サギはバッと振り返り、ギロッと八木を睨み付けた。
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