268 / 294
猫は爪を研ぐ
しおりを挟む(どっおせ、竜胆が火消の六人から新猫魔に誘われたことを小梅にペラペラとしゃべったんだろう)
(昔っから竜胆は俺にも小梅にも調子を合わせる蝙蝠みたいな奴だからな)
虎也はいまいましげに竜胆と小梅を見やる。
「猫魔は猫使いがいた頃には統制が取れていたけど、お玉様が富羅鳥へ行ったきり帰らずバラバラになっちまったんだろ?やっぱり、猫使いが頭領になって治めなきゃ猫魔は駄目なのさ」
小梅は虎也を差し置いてまるで自分が猫魔の若頭にでもなったかのような物言いではないか。
「あ、まさか、小梅、熊蜂姐さんの言うとおり我蛇丸と夫婦になるつもりぢゃあ?」
竜胆はよもやと小梅を問い詰める。
「――え?お熊婆さんが我蛇丸と小梅を夫婦に?」
虎也は驚きはしたが、(いかにもお熊婆さんの考えそうなことだ)と思った。
熊蜂姐さんは欲の皮が突っ張らかっているので猫使いの我蛇丸も、富羅鳥の忍びも、秘宝の『金鳥』『銀鳥』も、なんでもかんでも手に入れたいのだから一挙両得なのだ。
「うへぇ、誰が我蛇丸なんぞ、やなこったえ。けど、熊蜂姐さんがそう決めたなら仕方ないさ。――といっても、我蛇丸は女にゃ興味ないんだよ。猫魔の頭領がさ、困ったもんだよねえ?」
小梅は余裕綽々と面白がっている。
熊蜂姐さんに藪から棒に言われた時には動揺もしたが、頭の巡りも切り替えも早い小梅は頭領の許婚という立場は案外、美味しいと思い直したのであろう。
熊蜂姐さんが決めたことに歯向かうのは身のためにならぬと小梅は分かっている。
我蛇丸と夫婦にするといっても売れっ子の小梅に芸妓を落籍せるつもりはないのだから、正式な夫婦になる訳ではないのだ。
同じように虎也の両親の又吉とお虎も正式な夫婦ではない。
お虎は今でも芸妓を続けているし、又吉には江戸に正式な妻子がいる。
(まったく、小梅は猫魔とは関係ないと言っておきながら、いつだって首を突っ込んで引っ掻き廻してぇんだからな)
虎也は憎々しげに小梅の横顔を睨み付ける。
祖母の熊蜂姐さん、母のお虎、叔母のお三毛、猫魔の女があまりに大威張りで性悪なので虎也は女嫌いになったと思われる。
それだけに虎也は幼い頃からお父さんっ子であった。
又吉はあれで剣術でも弓術でも武芸十八般すべてにおいてかなりの猛者なのだ。
虎也は武術や忍術の師匠としても、父、又吉を尊敬している。
だからこそ、又吉が将軍様暗殺という無謀な企てに関わることだけは阻止せねばならない。
「でさ、たぬき会までに一席、設けて猫魔と富羅鳥で話し合いすべきと熊蜂姐さんが言ってんのさ」
小梅は熊蜂姐さんの意向を伝えた。
その会合の席で熊蜂姐さんは我蛇丸に祖母の名乗りを果たし、直々に我蛇丸に猫魔の頭領の座を任命するというのだ。
「我蛇丸は富羅鳥の次の頭領でもあるから、そのまま猫魔と富羅鳥は手を携えていくってことさ」
熊蜂姐さんは孫の我蛇丸など自分のあやつり人形のように操れると思っているに違いない。
そうなれば、富羅鳥の一族も熊蜂姐さんの手中に収まるという算段だ。
なにしろ、熊蜂姐さんは実年齢は五十八歳の婆さんとはいえ、『金鳥』で二十代半ばに若返っているのでまだまだ先は長い。
(お熊婆さんは永久に自分が忍びの一族を仕切っていくつもりだろうよ)
虎也はウンザリであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる