富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
269 / 368

産みの親より育ての親

しおりを挟む


「――という訳で明日みょうにち、昼七つ半、芳町の茶屋、恵比寿にてお待ち致しておりますと熊蜂くまんばち姐さんからの言伝てにござります」

 さっそく小梅は火消の長屋からの帰りしなに錦庵へ寄ると、熊蜂姐さんが錦庵の面々を会席にしょうじる旨を儀礼的な口調で伝えた。

「蜜乃家の熊蜂姐さんが?わし等にいったい何の用件で?」

 我蛇丸は解せぬような顔をする。

「富羅鳥と猫魔の話し合いだってさ」

 竜胆りんどうもトラ猫の入った柳行李を持たされて小梅にくっ付いてきて口を挟む。

「猫魔との話し合い?」

「それに何だって熊蜂姐さんが?」

 シメとハトも何のことやらという顔だ。

「――は?ひょっとして知らないんだ?そいぢゃ、あたしのことも知らない?」

 小梅は呆気に取られて普段の口調に戻ると高飛車に顎を突き上げて我蛇丸、ハト、シメの顔を見返した。

「蜜乃家の半玉の小梅ぢゃろうが?」

 シメがそれくらい知っているという調子で答える。

「はああ、それだけぇえ?」

 小梅は吐息しながらヘタへタと脱力した。

「小梅は猫魔の三姉妹のお三毛みけさんの娘だぜ?」

 竜胆が見かねて口を出す。

「――えええ?猫魔の三姉妹の娘?」

「ということは我蛇丸の従妹いとこか?」

 シメとハトは意外そうに小梅と我蛇丸の顔を見比べた。

「ねえ?富羅鳥の忍びだろ?何でそんなことも知らないってのさ?もう江戸へ来てから三年だろ?」

 小梅は癪に障ったように問い詰める。

「いや、わし等の江戸での目的は富羅鳥藩の秘宝の捜索ぢゃけぇのう。猫魔に関して調べる必要はこれといってなかったんぢゃ」

 我蛇丸はいつもの無愛想のまま素っ気なく答えた。

 小梅が自分の従妹と知っても動じるでもない。

 ただ、前々から腹に一物ありそうな胡散臭い娘だと思っていたので「なるほど」と合点がいっただけだ。

「あ、そう?猫魔には関心がない?へええ」

 小梅はますます気に障った。

 我蛇丸は猫魔の忍びには何の関心も持たなかったというのか。

 猫魔の血を引いているくせに。

「関心がない訳ねえさ。我蛇丸さんは猫魔のお玉様の子なんだろ?自分を産んだ実のおっ母さんぢゃねえか」

 竜胆は小梅に代わって我蛇丸に突っ掛かる。

「実の母親のことなんぞ何も覚えとらんしのう」

 我蛇丸は五歳の時に富羅鳥山でサギの母のお鶴の方を見つけ、自分の望みどおりの美しい母様かかさまを得てからは実の母には何の思慕も抱いていない。

 大膳とお鶴の方は夫婦めおとになった訳ではないが、サギが産まれてから実の親子と同じように楽しく賑やかな日々を送ってきたのだ。

 それに、父、大膳の口から実の母のお玉の話が出たことは一度もなかった。

 自分を産んだ母がお玉という猫魔の頭領の娘だということも大伯父の蟒蛇うわばみの錦太郎爺っさんから知らされたくらいである。

(ああ、そうぢゃ。たった一度、父っつぁんに訊いたことがあった)

 我蛇丸は幼い日のことを思い出した。

「のう?父っつぁん、わしを産んだ母様かかさまはどんな人ぢゃった?」

 無邪気にそう訊ねると父、大膳はやにわに顔を強張らせて、しばし黙考すると、ただ一言、「分からん」と答えたのだった。

 あの時の大膳は暗闇で何も見つからぬようなすべもないような表情であった。

(どんな人か『分からん』って、何ぢゃったんぢゃろう?)

 ともかく、我蛇丸はその時に実の母のことは決して父に訊いてはならぬと悟ったのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

大東亜架空戦記

ソータ
歴史・時代
太平洋戦争中、日本に妻を残し、愛する人のために戦う1人の日本軍パイロットとその仲間たちの物語 ⚠️あくまで自己満です⚠️

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

処理中です...