富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
273 / 368

日々是陰謀

しおりを挟む


「ほれ、お桂さんの好きな大福を買うてきた。茶の間で子供等とオヤツにするといい」

 又吉は柔和な笑みを浮かべて大きな包みをお桂に手渡す。

 奉公先のお嬢様から女房になってもお桂さんと呼ぶのは入り婿の立場をわきまえた奥ゆかしさを演出するためであろう。

「へえ、そいぢゃ、虎也さん、ごゆっくり~」

 お桂は大福の包みを抱えてホクホクと客間を出ていった。


「昨日の今日でいったい何の用だ?」

 又吉は向かい側に胡座あぐらを掻くと、打って変わって冷徹な顔になった。

「親父、八人目の子も産まれるってのに無茶な考えはやめとけよ。今日はそれを言いに来たんだ」

 虎也は咎めるような目で又吉を見据えて、すぐさま本題に入った。

 なにがなんでも又吉に将軍様の暗殺を思いとどまらせなくてはならない。

「なあに、八人目が産まれる今だからこそやるのだ。末広がりで縁起が良い」

 又吉は手ずから火鉢の鉄瓶のお茶を湯呑みに注ぐと、

「――おっ?見ろ。茶柱が立っておる」

 湯呑みを覗き込んで目を輝かせた。

「ますますげんが良い。これは陰謀をまっとうせよという神仏の思し召しだ」

 又吉はそう決め込んでご満悦に頷く。

 この調子では陰謀をやめるように説得するのは難しそうだ。

「……」

 虎也は苦笑いしてズズとお茶を啜った。


「虎也、お前がまだ経験のない陰謀というものに尻込みする気持ちは分からんでもない。だが、わしにとって陰謀とはごくごくありふれた日常なのだ」

 又吉はおもむろに語り出した。

「――日常?――陰謀が?」

 虎也は何のことやらと片眉を上げる。

「ああ、俳人が俳句をひねり出すように、わしは日夜、陰謀のことだけを考えて過ごしてきた。わしがこの丁子屋の旦那の座を手に入れたのもコツコツと陰謀にいそしんできたからに他ならない」

 又吉は丁子屋の立派な客間を満足げに見渡した。

 床の間の掛け軸、香炉、伊万里の大皿も相当に高価な品のようだ。

「コツコツと陰謀?」

 虎也はいぶかしげな顔をする。

 順風満帆に出世して娘婿むすめむこに収まった又吉が陰謀とはどういうことなのか。

「ああ。わしがいかに有能であっても世の中は不公平に出来ておるからな。わしの出世をさまたげるような邪魔者にはすみやかに消えて貰ったという訳だ」

 又吉は十歳とおで奉公に上がってからというもの五十人いる丁子屋の奉公人の中でも有力者の口利きで雇われた縁故採用の奉公人はあらゆる手段を講じて潰していった。

「なにも殺した訳ではない。奉公人が次々と死んでは薬種問屋の信用に関わるからな」

 日頃から邪魔な奉公人には薬の調合を間違えさせたり、医者に届ける薬をすり替えたりと仕事で失態させるべく裏工作したのだ。

 幸いにして、縁故採用の奉公人には無能が多く、いとも容易たやすく宿下がりで次々とクビにさせることが出来た。

 そのうえ猫魔の女が男をたぶらかす能力があるように猫魔の男である又吉には女をたぶらかす能力があった。

 又吉は先代の旦那の母であるご隠居様、奥様、娘のお桂までたぶらかして自分の味方に付けていた。

「わしが十六歳の若衆の頃にお桂が生まれたが、物心付く前から『気立てが良く優しい』『おっとりして心が和む』『いつも笑顔で癒される』とまじないのように言葉を掛け、そのとおりの明るく屈託のない娘に育った」

 お桂が生まれた時から婿になることを狙って自分好みの性質の娘になるように仕向けていたのだ。

 ぽっちゃりしているのも又吉の好みなので大福などを与えて適度に肥えさせている。

「しかし、丁子屋にはお桂の上に二人も息子がいたのでな。なかなか厄介だった」

 お桂の兄二人は美人芸妓と博徒の罠を仕込んで自滅させた。

 江戸は職種ごとに組合があって跡継ぎ息子であろうと店を継ぐには組合の話し合いで旦那として相応しいと承認を得なければならない。

 芸妓と博打にのめり込んだお桂の兄二人は薬種問屋の組合に跡継ぎとして認められなかったために若隠居の身となった。

 組合は仕事の出来る有能な又吉を推したので娘のお桂の婿に決まったのだ。

 江戸の大店では息子がいるにも関わらず手代や番頭を娘婿にして跡継ぎにする場合が多いのは組合がそれだけ厳しいせいでもある。 

「まあ、旦那は長生きしそうで目障りなので始末したが、それも半年前から少しずつ毒を盛ってじわじわと弱らせて冬に風邪をこじらせるように片付けたのだ」

 又吉はあっけらかんとして言う。

「……」

 虎也は唖然とした。

 又吉はお桂の父である先代の旦那に毒を盛っておきながらケロッと優しい夫を演じているのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

大東亜架空戦記

ソータ
歴史・時代
太平洋戦争中、日本に妻を残し、愛する人のために戦う1人の日本軍パイロットとその仲間たちの物語 ⚠️あくまで自己満です⚠️

処理中です...