12 / 42
第五謎:スマホを見ていただけなのに IQ120(一話完結)
美咲さんからの暗号
しおりを挟む
暦が三月になるのを待っていたかのように暖かい日が続いている。ここ百済菜市が最もにぎわう季節を迎えようとしていた。
古くから菜の花栽培が盛んだったこの地域では、お花見というと菜の花畑の黄色い絨毯を指す。市立中央公園では桜並木に沿って一万本の菜の花が植えられ、人気の観光スポットになっていた。
満開を前にして街が少しずつ華やいでいくのに、この武者小路 名探偵事務所は何も変わらずゆったりとした時間が流れていた。要は暇なのだ。
先月も仕事の依頼は二件だけ。それも迷子の犬探しと拾った猫の飼い主探しだったので、動物嫌いの先輩は所長なのに僕へまかせっきりだったし。僕が街中を自転車で走り回っていたあいだも、きっと今と同じようにソファへ座ってマイセンのカップを片手に本でも読んでいたに違いない。
「先輩、あまりに暇なんですけれど何かやること、ありませんか」
「鈴木くんは忙しいとばかり思っていたよ。さっきからずっとスマホで何か調べているみたいだから」
先輩は本から目も離さない。窓から射し込む柔らかな光と珈琲の香ばしい香りが事務所を満たしていた。
僕も顔を上げずにスマホをフリックする。
「別に調べることがある訳じゃなくって、なんか謎解きクイズでもあれば暇つぶしになるなぁと思って」
「へぇ、何か面白い問題でもあった?」
興味なさそうにのんびりとした答えが返ってきた。
お、ちょうど見つけたこれはどうだろう。クイズではないけれど先輩は分かるかな。
「先輩、これは知ってますか。『おぼいびしびいびー』」
「うん。しびってべるぶよぼ」
マジか。ほんとに幅広い知識というか、いろんなことを知ってるよなぁ。
これは昭和に流行ったテレビCMで、文字の母音に合わせて『ばびぶべぼ』をつけるらしい。僕が出した問題は「おいしいー」、先輩の答えは「しってるよ」になる。
感心していると、先輩のスマホが鳴った。ジャケットの内ポケットから取り出している。
仕事か? と思ったけれど、依頼なら目の前にある固定電話へかかってくるはず。
どうやらLINEみたい。
「ほぉ、これはちょっと面白そうだな」
先輩が顔を上げた。目が輝いている。
「鈴木くん、謎解きタイムだよ」
「どうしたんですか」
「美咲さんから謎解き問題が送られてきたんだ」
美咲さんは武者小路家と家族ぐるみのお付き合いをしている豪徳寺家のお嬢様で、自称・先輩のフィアンセ。いつも「耕助さま」と先輩を慕っていて、ここへもよく遊びに来る。
お似合いの二人なのだけれど問題もあった。
先輩が鈍いというか、彼女のことを幼なじみにしか思っていない節があるし、彼女はと言えば僕と先輩が背徳的な関係ではないかと疑っている。
そんな美咲さんからの謎解きとは、どんなものだろう。
「面白そうですね、やりましょうよ」
「暗号文だよ。ファンフォンマファンノチャンシュンワ、ヒントはスマホだってさ」
「え、何ですかそれ。もう一回言ってください」
あわててノートを取り出して、メモをする。
なんかリズムのある響きだ。ファン、フォン、マファンノ、チャン、シュン、ワ!
いけない、何度も繰り返して言いたくなっちゃう。
先輩はすでに手帳へ何かを書き始めていた。
スマホがヒントの暗号文かぁ。みるからにファンなどの文字が多くて怪しい。これを変換すればいいはずだ。
問題は変換のカギ。スマホと言えばタッチパネル、フリックやスワイプと呼ばれる指の動作が特徴だと思うけれど。
まてよ。スマホってスマートフォンの略だよな。これってフォン(電話)がホに変換されているってことかも。だとしたらファンはハ、チャンは……タ、シュンはスだ!
「なるほど、そういうことでしたか」
変換のカギが分かったと思ったところへ先輩の声が聞こえてきた。見ると満足そうにマイセンのカップを口元へ運んでいる。
残念、タッチの差で負けてしまった。まぁいいや、変換して――えぇっ!
ハホマハノタスワって何だ。
絶対に合っていると思ったのに、変換しても何の意味だか分からない。でもスマホがヒントで変換だとしたら、これしかないはず。
「先輩、もう解けたんですよね」
「もちろん。なにせ私はただの探偵ではなく、名探偵だからね」
「スマホがヒントって、フォンをホに変換することで合ってますか?」
「うん。一つ目の変換はそれだよ」
一つ目!? もう一回変換するのか。いや二回、それとも三回?
次のカギもスマホに隠されているのかなぁ。
単純に逆から読んでみると、ワスタノハマホハ。これはダメ。
アナグラムだとしたら……ハハノスマホワタ。母のスマホ渡、何か惜しい気もするけれど。ワタスノハハマホ、わたすの母マホ。文としては意味があるけれど、美咲さんがわざわざ方言訛りを入れた問題を作るとは思えない。
「次の変換もヒントはスマホですか?」
「そうだよ。さっき鈴木くんもやっていたじゃないか。五十音表があると分かりやすいかもしれないね」
僕がやっていた、って何のことだ。スマホに関連することと言えば、ネット検索だけど。それに五十音表って何に使うのだろう。
僕がやっていた……検索……変換……五十音表……。
まてよ。
五十音表を検索してスマホに表示した。
「先輩、ひょっとしてフリック入力が二つ目のカギなんじゃ……」上目遣いに伺う。
「いいところに気がついたね」
ビンゴ!
一回目の変換で出てきた文字を中心に、フリック入力のように上下左右へ移動すればいいんだ。たしかに五十音表を見ながらの方が分かりやすい。
ハホマハノタスワをまずは左にフリックするとマモヤマホナツア。これは×。
上にフリックするとホヘモホネトシン。これも駄目だ。
右にフリックするとナノハナトサクラ……菜の花と桜!
「答えは『菜の花と桜』だったんですね。ということは市立中央公園のことかな」
「美咲さんへ返信してみるよ」
すぐに彼女から返信が来たみたいだけれど先輩の様子がおかしい。
「どうしたんですか? まさか間違ってたとか……」
「いや正解だったとは思うんだけれど、美咲さんから鬼が怒った顔のスタンプが来たんだよ」
「えー? 先輩、何て送ったんですか」
「鈴木くんと三人で中央公園に行きましょう、って」
あー、また僕を入れて三人でなんていうからムッとしたのかな。でも激怒するほどのことでもない気がするけれど。
「先輩、そもそも最初に美咲さんから来たメッセージには暗号の他になんて書いてあったんですか」
「えーと……『ここに行きませんか?』って書いてあるよ。だから三人で、って返したのに」
あ。それって美咲さんからしたらデートの誘いなのでは?
だから先輩へLINEしたのに、三人でって返ってきたから激怒したんだ。
文字通りに素直に受け止めちゃう先輩だから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど。
美咲さん、僕への不信を倍増させてるよ、きっと。
僕はただスマホを見ていただけなのに。
―第五謎:スマホを見ていただけなのに 終わり―
古くから菜の花栽培が盛んだったこの地域では、お花見というと菜の花畑の黄色い絨毯を指す。市立中央公園では桜並木に沿って一万本の菜の花が植えられ、人気の観光スポットになっていた。
満開を前にして街が少しずつ華やいでいくのに、この武者小路 名探偵事務所は何も変わらずゆったりとした時間が流れていた。要は暇なのだ。
先月も仕事の依頼は二件だけ。それも迷子の犬探しと拾った猫の飼い主探しだったので、動物嫌いの先輩は所長なのに僕へまかせっきりだったし。僕が街中を自転車で走り回っていたあいだも、きっと今と同じようにソファへ座ってマイセンのカップを片手に本でも読んでいたに違いない。
「先輩、あまりに暇なんですけれど何かやること、ありませんか」
「鈴木くんは忙しいとばかり思っていたよ。さっきからずっとスマホで何か調べているみたいだから」
先輩は本から目も離さない。窓から射し込む柔らかな光と珈琲の香ばしい香りが事務所を満たしていた。
僕も顔を上げずにスマホをフリックする。
「別に調べることがある訳じゃなくって、なんか謎解きクイズでもあれば暇つぶしになるなぁと思って」
「へぇ、何か面白い問題でもあった?」
興味なさそうにのんびりとした答えが返ってきた。
お、ちょうど見つけたこれはどうだろう。クイズではないけれど先輩は分かるかな。
「先輩、これは知ってますか。『おぼいびしびいびー』」
「うん。しびってべるぶよぼ」
マジか。ほんとに幅広い知識というか、いろんなことを知ってるよなぁ。
これは昭和に流行ったテレビCMで、文字の母音に合わせて『ばびぶべぼ』をつけるらしい。僕が出した問題は「おいしいー」、先輩の答えは「しってるよ」になる。
感心していると、先輩のスマホが鳴った。ジャケットの内ポケットから取り出している。
仕事か? と思ったけれど、依頼なら目の前にある固定電話へかかってくるはず。
どうやらLINEみたい。
「ほぉ、これはちょっと面白そうだな」
先輩が顔を上げた。目が輝いている。
「鈴木くん、謎解きタイムだよ」
「どうしたんですか」
「美咲さんから謎解き問題が送られてきたんだ」
美咲さんは武者小路家と家族ぐるみのお付き合いをしている豪徳寺家のお嬢様で、自称・先輩のフィアンセ。いつも「耕助さま」と先輩を慕っていて、ここへもよく遊びに来る。
お似合いの二人なのだけれど問題もあった。
先輩が鈍いというか、彼女のことを幼なじみにしか思っていない節があるし、彼女はと言えば僕と先輩が背徳的な関係ではないかと疑っている。
そんな美咲さんからの謎解きとは、どんなものだろう。
「面白そうですね、やりましょうよ」
「暗号文だよ。ファンフォンマファンノチャンシュンワ、ヒントはスマホだってさ」
「え、何ですかそれ。もう一回言ってください」
あわててノートを取り出して、メモをする。
なんかリズムのある響きだ。ファン、フォン、マファンノ、チャン、シュン、ワ!
いけない、何度も繰り返して言いたくなっちゃう。
先輩はすでに手帳へ何かを書き始めていた。
スマホがヒントの暗号文かぁ。みるからにファンなどの文字が多くて怪しい。これを変換すればいいはずだ。
問題は変換のカギ。スマホと言えばタッチパネル、フリックやスワイプと呼ばれる指の動作が特徴だと思うけれど。
まてよ。スマホってスマートフォンの略だよな。これってフォン(電話)がホに変換されているってことかも。だとしたらファンはハ、チャンは……タ、シュンはスだ!
「なるほど、そういうことでしたか」
変換のカギが分かったと思ったところへ先輩の声が聞こえてきた。見ると満足そうにマイセンのカップを口元へ運んでいる。
残念、タッチの差で負けてしまった。まぁいいや、変換して――えぇっ!
ハホマハノタスワって何だ。
絶対に合っていると思ったのに、変換しても何の意味だか分からない。でもスマホがヒントで変換だとしたら、これしかないはず。
「先輩、もう解けたんですよね」
「もちろん。なにせ私はただの探偵ではなく、名探偵だからね」
「スマホがヒントって、フォンをホに変換することで合ってますか?」
「うん。一つ目の変換はそれだよ」
一つ目!? もう一回変換するのか。いや二回、それとも三回?
次のカギもスマホに隠されているのかなぁ。
単純に逆から読んでみると、ワスタノハマホハ。これはダメ。
アナグラムだとしたら……ハハノスマホワタ。母のスマホ渡、何か惜しい気もするけれど。ワタスノハハマホ、わたすの母マホ。文としては意味があるけれど、美咲さんがわざわざ方言訛りを入れた問題を作るとは思えない。
「次の変換もヒントはスマホですか?」
「そうだよ。さっき鈴木くんもやっていたじゃないか。五十音表があると分かりやすいかもしれないね」
僕がやっていた、って何のことだ。スマホに関連することと言えば、ネット検索だけど。それに五十音表って何に使うのだろう。
僕がやっていた……検索……変換……五十音表……。
まてよ。
五十音表を検索してスマホに表示した。
「先輩、ひょっとしてフリック入力が二つ目のカギなんじゃ……」上目遣いに伺う。
「いいところに気がついたね」
ビンゴ!
一回目の変換で出てきた文字を中心に、フリック入力のように上下左右へ移動すればいいんだ。たしかに五十音表を見ながらの方が分かりやすい。
ハホマハノタスワをまずは左にフリックするとマモヤマホナツア。これは×。
上にフリックするとホヘモホネトシン。これも駄目だ。
右にフリックするとナノハナトサクラ……菜の花と桜!
「答えは『菜の花と桜』だったんですね。ということは市立中央公園のことかな」
「美咲さんへ返信してみるよ」
すぐに彼女から返信が来たみたいだけれど先輩の様子がおかしい。
「どうしたんですか? まさか間違ってたとか……」
「いや正解だったとは思うんだけれど、美咲さんから鬼が怒った顔のスタンプが来たんだよ」
「えー? 先輩、何て送ったんですか」
「鈴木くんと三人で中央公園に行きましょう、って」
あー、また僕を入れて三人でなんていうからムッとしたのかな。でも激怒するほどのことでもない気がするけれど。
「先輩、そもそも最初に美咲さんから来たメッセージには暗号の他になんて書いてあったんですか」
「えーと……『ここに行きませんか?』って書いてあるよ。だから三人で、って返したのに」
あ。それって美咲さんからしたらデートの誘いなのでは?
だから先輩へLINEしたのに、三人でって返ってきたから激怒したんだ。
文字通りに素直に受け止めちゃう先輩だから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど。
美咲さん、僕への不信を倍増させてるよ、きっと。
僕はただスマホを見ていただけなのに。
―第五謎:スマホを見ていただけなのに 終わり―
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる