こちら百済菜市、武者小路 名探偵事務所

流々(るる)

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第十二謎:あの夏に忘れてきたもの IQ120(全五話)

アイスコーヒー

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 斜礼しゃれ港にほど近い駐車場へ戻ると、デニムブルーメタリックの車体がすぐに目についた。

「ね、停めた場所を覚えていなくても大丈夫だったでしょ」

 振り返って、佳衣奈かいなちゃんに笑顔を見せる。近づくと運転席に座っていた先輩が軽く片手を挙げた。

「遅くなってすいません」
「わたくしたちも少し前に戻ったばかりですから」

 後部座席に座ってシートベルトを締める僕へ、助手席の美咲さんは気遣ってくれた。先輩と二人で花火が見れたからなのか、機嫌が良さそうだ。

「鈴木くんたちはどこで見ていたんだい?」
「埠頭を左に抜けた浜の方で見てました」
「ずいぶんと遠くまで行ったんだね」
「ええ、ちょっと歩きましたけれど人も少なくて。先輩はメイン会場の方ですか」
「そうだよ。もう椅子席は埋まっていたけれど、立ち見エリアはいてたからね」

 その間にも車は駐車場を出て百済菜くだらなへの国道を走りだしていた。

「わたくしは久方振りに間近で花火を観ましたけれど、やはり迫力が違いました」
「わたし、この会場に来たのは初めてだったんです。すごかったなぁ。しかも鈴木くんと見れたなんて。いい思い出になりました」
「また一緒にいらしたらいいのに」

 美咲さんの言葉に微笑んだだけで、佳衣奈ちゃんは何も言わない。僕も窓の外に目を移した。

「花火は素晴らしかったのですけれど、また蚊に刺されてしまって……。わたくし、そんなに汗をかいているのかしら」
「それです、先輩!」
「えっ」「どうしたの、鈴木くん」

 いきなり僕が大きな声を出したものだから、美咲さんも先輩も驚かせてしまった。

「さっき思い出したんです。嘉堂くんが夏になると手放さなかったものを」
「ほぉ。それは知りたいね」
「蚊取り線香です。嘉堂くんも蚊に刺されやすくって、秘密基地へ遊びに行くときにはいつも缶に入った蚊取り線香を持ってきていました」
「あぁ、あの丸くて薄い缶だね。表面が粗い網目になって持ち運びできるやつ。懐かしいな」
「そのお友達は虫よけスプレーを使っていなかったのですか」
「使ったら肌がかぶれたらしく、蚊取り線香派でした」

 美咲さんの疑問には佳衣奈ちゃんがフォローしてくれた。
 ハンドルを握りながら、ルームミラー越しに先輩が話しかけてくる。

「嘉堂くんにとっての『夏と言えばこれ』は蚊取り線香で間違いなさそうかい?」
「はい。ほかには思いつきません」

 左へ顔を向けると佳衣奈ちゃんが黙ってうなずいた。

「それで謎解きの方はどうかな」
「それが……」

 いつもと変わらない先輩は僕を責める気なんてないことは分かっている。
 それでも彼女への責任を感じて、頭に染み付いた嘉堂くんからの暗号を思い浮かべた。

 フ コ ウ ミ タ
 シ ス サ ア イ
 ギ ニ ネ ク ノ
 ナ セ ロ ワ モ
 デ マ エ カ リ

 線香だけに、「カ」を取ると意味のある文が現れる――かと思ったけれど肝心の「カ」は一文字しか使われていない。
 それなら「カ」と「リ」を線で結んで――と思ったら隣同士だし。
 このメッセージを解くカギは蚊取り線香のはずなんだけれど。

 再び窓の外に目をやる。華やかな花火が終わった夜の街が後ろへと流れて行く。
 何か話しかけてきた先輩の声も耳に入らなかった。



 週も明けて月曜日の朝、いつものように愛車のママチャリにまたがり風を切って走る。照りつける陽射しもこめかみから流れ落ちる汗も気にせず、あの暗号のことばかり考えながらペダルを踏んでいた。
 でも周りにも注意をしなければいけなかった。

「ちょっと、あんた!」

 煙草屋の手前でいったん停まるというルーティーンを忘れていて、ものの見事におしゃべり好きなおばちゃんにつかまってしまった。強行突破するわけにもいかず、仕方なくブレーキをかける。

「この前の子とはどうなったんだい?」
「どうもこうもないですよ。おばさんに話したとおり彼女は小学校の同級生で、たまたま先輩のところへ相談に来ただけなんですから」
「たまたまのわけがなかろうが。あんたがいるから来たんじゃろうが」

 僕の母親から聞いて来たって言ってたから、おばちゃんの言うこともある意味正しい。そもそも佳衣奈ちゃんは二十年前の暗号を解くのが目的だったのかな。それとも……。

「しかしあんたも隅に置けないねぇ。先生と彼女を取り合ってるかと思ったら、今度は同級生にも手を出すなんて」
「ちょっと! 美咲さんのことはおばさんの勘違いだって、前から何度も言ってるじゃないですか。彼女は先輩のことが大好きなんですから。それに佳衣奈ちゃんにはまだ手を出していません」
「まだ、なんだね?」

 おばちゃんは上目遣いでニヤリと笑った。

「いや、それは言葉のあやで、そういうことじゃなくって……」

 ヤバい。おばちゃんに格好のネタを提供してしまった。しばらくはイジられてしまいそうだ。とにかく話を変えないと。

「そうそう、おばさん。蚊取り線香と言えば何を思い浮かべますか」

 蚊取り線香から連想するものが暗号を解くカギなのではとも考えたけれど、僕が頭に浮かべたのは仕掛け花火で文字が浮かび上がる有名なコマーシャルくらい。
 ここは先入観のない意見を聞いてみたい。

「蚊取り線香かい? あの渦巻の」
「そう、渦巻きの――」

 そうだよ。蚊取り線香と言えば渦巻きじゃないか。
 そもそもあの暗号を作ったのが小学五年生の嘉堂くんなのに、僕は難しく考えすぎていたんだ。

「おばさん、ありがとう!」
「ちょっと待ちなよ、話はまだ終わってないし」

 呼び止めるおばさんの声を背中で聞いて、事務所に急いだ。


「どうしたんだい鈴木くん。そんなに慌てて」
「おはようございます、先輩。あの暗号が解けそうです」
「ほぉ。キミも気づいたんだね」
「え、先輩は解けちゃったんですか」
「もちろんだよ。なにせ私はただの探偵ではなく、探偵だからね」

 そりゃそうか。先輩ならあのあと一晩で解いてしまったのだろう。
 それでも僕は自分で解きたい。
 初めから気にはなっていたんだよなぁ。あの一行目が縦読みで「不思議な」って書いてあったから。
 バッグから暗号が書かれた紙を取り出した。

 フ コ ウ ミ タ
 シ ス サ ア イ
 ギ ニ ネ ク ノ
 ナ セ ロ ワ モ
 デ マ エ カ リ

 もっと素直に考えればよかった。蚊取り線香のように渦巻きで読んでいけばいいはず。
 不思議な出前 借り物傷み うこすにせろ 沸く朝ね……って、なんだこれ?
 意味が分からない。
 渦巻きもヒントではないってこと? そんなはずはない。
 ここからさらに変換するのか⁉

「今日はアイスコーヒーを淹れたから。どうぞ」

 自分の机で眉間にしわを寄せていたら、先輩がグラスを運んできてくれた。

「その顔を見ると、当てが外れたんだね。まずは美味しいアイスコーヒーを飲んで、頭も体も冷やしてみたら?」
「いただきます」

 冷たいコーヒーが喉を通り、芳ばしい香りが鼻から抜けていく。
 さすが、先輩が淹れただけあってアイスコーヒーも美味しい。

「これはいつもの珈琲を冷やしただけじゃないんだ。同じものに見えても淹れ方に違いがあるんだよ」

 先輩は僕の顔を見ながら一語一語を丁寧に話した。何かヒントを与えてくれようとしているみたいだ。さらに言葉を続ける。

「それにね、あのメッセージに書かれていたことすべてに意味がある」

 あの暗号のほかに書いてあったのは「夏と言えばこれ」、それは蚊取り線香で間違いない。あとは嘉堂くんの名前だけど――あ、わざわざカタカナでカドーって書いてある。学校だけじゃなく、遊ぶときだっていつもは難しい漢字を書いていたはずなのに。

 同じものに見えても違いがある……カドー……。
 もう少し。もう少しでこのもやもやが晴れそうなのに。
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