七人の魔導士 ― 魔国ガルフバーン物語 ―

流々(るる)

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第二章 宿命の邂逅(かいこう)

第八話 思わぬ来訪者

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 魔道闘技会も強者たちベスト8が決まり、残すところ三日となった。
 誰が栄冠を勝ち取るのか、人が顔を合わせればその話でもちきりとなり、街の盛り上がりも頂点に達しようとしている。
 そして、闘技好きの間で『最も興味深い試マチェルプラ合』と呼ばれるのが四日目の今日に行われる四闘技だ。
 相応の実力者が繰り広げる魔道の応酬は、人々に興奮と驚きを与え、勝者にはさらなる期待が、敗者には惜しみない拍手が送られる。

 その組み合わせ抽選へと臨むブリディフは、いつになく緊張をしていた。
 あのギャラナと当たる可能性は七つに一つ。
 出場する面々が集まる中、二番目にくじを引いた彼は第一闘技となった。
 三番目、四番目と順々に枠が決まっていく。
 六番目に引いたギャラナは――第四闘技だった。
 思わず息を深く吸い込んだブリディフへちらと目をやり、緋色のローブを翻す。
 その背中を彼はじっと見つめていた。



「大空にありし蒼き摂理よ、過流をなし我が声に応えよ!
 サイクロン!」

 風が四方から集まり、流れを生む。
 それは竜巻となり、地煙を巻き上げながら襲い掛かる。

けがれなき炎熱の障壁よ、汝の気高き意志を示せ!
 ファイアーウォール!」

 大地から何本もの火柱が噴き上がる。
 二タルザン(約三メートル)の石壁をも超える高さの炎壁がブリディフを護るように立ちはだかった。

 炎壁を弾き飛ばそうと、竜巻が唸りを増す。
 轟々と燃え上がる炎の壁へ、砂塵を巻き込んだはやての渦が音を立ててぶつかり合った。
 押し合う様もわずかな間だけ。
 炎が勢いを増したかと思うと竜巻は縦に細長く伸びはじめ、やがて大空へと散っていった。

「参りました」
 渾身の技を防がれ、相手との力量差を実感したようだ。

「勝者、ブリディフ!」
 審判の高らかな声が響き渡った。


 闘技場の出口にはヤーフムとカリナが待ち構えていた。

「おじさん、すごいね!」
「おめでとうございます、ブリディフ様」
「お父様の具合はいかがかな」
「おかげさまで顔色も良くなってきたし、もう心配いらないとお医者様もおっしゃっていました」
「そうか。それは何より」

 三人が言葉を交わす後ろから近づく男の姿があった。


「見事な勝利だったな、ブリディフ」

 その声に驚いて振り向く。

「お師匠!? なぜ、ここに」
「そなたの闘技を見に来たに決まっておるではないか!」

 豪放な笑いを見せた男は、ブリディフが魔道の教えを乞うた師、クワァラドだった。

「しかし、西方へ向かうと仰っていたではありませぬか」
「まぁ色々とあってな。それに、今日が何の日かそなたは覚えておるのか?」

 カリナの父、ヴァリダンと年は同じころか。
 日に焼けた顔が白い僧衣プレトーとの対比を見せている。

 首をかしげるブリディフの肩を叩きながら嬉しそうに言った。

「そなたが俺の元で魔道を学び始めたのが三年前のこの日だ。忘れたのか?」
「そうでしたか? 全く覚えておりませんでした」
「そなたは細かなようでいて、こういったところは無頓着だからな」

 背負った袋から真新しい僧衣を取り出して、彼に差し出す。

「これは?」
 怪訝そうな彼へ笑顔のまま真剣なまなざしで告げた。

「記念の品として、そなたへ寺院からの贈り物だ。特別な魔力を込めてある。あの男と闘うためにな」
 はっと顔を上げたブリディフは、ヤーフム達へ先に帰るように言ったが、二人は再び観覧席へと走って行く。
 それを見やり、クワァラドと共に近くの食堂へと向かった。

 この時間はみんな闘技場が気になっていて、客もまばらだ。
 隅の席へ腰を下ろすと、ブリディフが切り出した。

「あの男とはギャラナのことでしょうか」
 口を一文字に結んだままクワァラドがうなづく。
「このためにわざわざお見えになったのですね」
「あぁ。間に合って良かったよ」

 先程までとは打って変わって、笑顔もなくクワァラドは続けた。

「昼前にこちらへ着いたのだが、もしそなたの相手が彼奴であったなら、観客席から投げ込んででもこれを渡さねばと心していた」
「寺院もかかわって来るとは……。あの男はいったい何者なのですか?」
「わからん。ただ、俺の師から以前こんな話を聞いたことがある」

 その昔、クスゥライ正教の次期司祭長だった男が父である司祭長を殺し、古の魔導書を奪って姿を消したこと、その男の名がギャラナということが語られた。

「もう五十年も前の話らしい」
「しかし、ここにいる男はまだ若く――」
「だから、わからんと言ったのだ。背格好や風貌は伝え聞くとおり、そしてギャラナは常に緋色のローブをまとっていたそうだ」
「なんと……」

「高僧たちは闇の魔道に取り込まれたのではないかと仰っている」
 その言葉を聞き、ブリディフが思わずうなずいた。

「やはり、そうでしたか」
「そなたは既に当たりをつけていたのか?」

 彼の思わぬ反応に、クワァラドは驚きを見せながらも言葉をつづけた。

「それともう一つ。暗黒神、蠍王ディレナークが関わってるやもしれん」
「何ですって!」
 この言葉にはブリディフも大きな声をあげてしまった。
 思わず辺りを見回すが、幸い誰も気づいた様子はない。

「どういうことでしょうか。あの伝説の蠍王が関わっているとは」
 声を潜めて師に問う。

「これは本当に分からない。蠍王を崇める者どもが関わっているのではないか、という情報が入ったそうだ。引き続き、寺院でも調べている」
「そうですか……子どもたちを帰しておいてよかった。蠍王と聞けば、さぞかし怖がったでしょうから」
「いずれにしろ、彼奴は勝ちあがってくるだろうな」

 その頃、魔闘技場では――。

      *

 言葉にならない悲鳴が観客席のあちこちから上がる。
 カリナが両手を口に当て、ヤーフムは拳をぐっと握りしめる。
 魔闘技場は異様なざわめきに包まれていた。
 闘技場の中央では、雷の刃に切り裂かれた男が血の海に倒れている。
 審判だけでなく、医者も男の元へ駆け寄った。

「すでに魔道を放った後だったもので、止めることは出来ませんでした」
 そう言い放つとギャラナは背を向けて歩き出した。

      *

「クワァラド様! お久しぶりです」
「トニーゾも元気そうじゃないか」

 突然の来訪だったにもかかわらず、宿に泊めさせるわけにはいかぬとクワァラドもこの家で世話になることとなった。
 夕食の席では昨夜にも増して、ヤーフムがギャラナへの怒りをぶちまける。
 彼をなだめながらも、ブリディフの中にも静かな怒りと使命感が生まれていた。
 自分が止めねばならぬと。

 その夜も師匠を伴って湖畔へと赴き、新たな技の修練に時を費やした。


 明けて五日目。
 抽選では先にギャラナが第一闘技を引いた。
 ブリディフの引いたのも第一闘技。
 それを見て片笑みを浮かべるギャラナ。
 いよいよ二人が相まみえることとなった。

 いつにも増して、観客席は多くの人で埋まっていた。
 ここにいる誰もが昨日の闘技を知っている。
 緋色のローブを纏ったギャラナが闘技場へ現れると、異様な雰囲気に包まれた。
 師匠から受け取った僧衣に身を包んだブリディフも姿を見せる。

「おじさん、がんばれ!」

 ヤーフムの叫び声は、彼の耳に届いているのか。
 両者が闘技場の中央へ歩み出る。

「始めっ!」
 審判の声が場内に響き渡った。
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