七人の魔導士 ― 魔国ガルフバーン物語 ―

流々(るる)

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第三章 闇の蠢動(しゅんどう)

第六話 探り合い

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「あ、お目覚めになられましたか」

 壁に掲げられた蝋燭の取り換えを終えた男が寝台へと歩み寄る。
 深く被ったフードは青黒い光沢をもち、不吉な鳥と言われているガーを思わせた。
 寝台に横たわったギャラナがまとっている生成りの部屋着とは対照的だ。

「見ぬ顔だな。四人のうちの一人か」
「キリフと申します」

 男はうやうやしく頭を下げた。

「あの女医者はどうした」
「リゼイラ様なら後でお見えになると思いますが。何か御用ならばお呼びして参りましょうか」
「それには及ばぬ」

 目覚めと仮死のときとを繰り返しながら、少しずつギャラナの顔色も良くなっているように見えた。

「ところで、このまえ俺が目覚めてから幾日たったのか分かるか」
「ダリエが当番の日でしたから三日ほどかと」

 聞こえているのかいないのか、横になったまま何も応えずに胸の前で両手を組み合わせ目を閉じている。
 その様子を見てキリフは静かに戸口へと向かった。

「待て。一つ聞きたいことがある」

 男が立ち止まった気配を感じたのか、目を開けずに言葉を続ける。

「ここはラガーンダイだそうだな。お前たちはどうやってここへ来たのだ」

 一瞬の間があってから低い声が返ってきた。

「わかりません」
「わからぬ? どういうことだ」
「誰かに襲われて気を失い、目覚めたときにはここにいました。ほかもみな同じ、無理やり連れて来られてきた者ばかりです」
「では、ここへ行き来する道は――」
「お体の加減はいかがですか、ギャラナ様」

 話へ割り込むように、小柄な男が濡羽色のマントを引きずりながら入ってきた。
 左の額にある大きな瘤の下で小さな目が異様に輝いている。

「お前か。随分とうれしそうだな。何の用だ」

 声を聴いただけで誰だかが分かったのか、ギャラナは目を開けようともしない。

「あなた様が元気になられることは、このチャザイにとっても何よりの喜び。通りかかりましたらキリフの声が聞こえてきたので、お目覚めになったのかと」

 当のキリフは役目が済んだとばかりに既にいなくなっていた。
 ギャラナが寝台の上でゆっくりと上半身を起こし、チャザイへと顔を向ける。

「俺が元気になって、お前が得することでもあるのか?」
「また我らのお手伝いをして頂かなくてはなりませぬから。いかがですかな、お体の具合は?」

 お互いの探るような視線が絡み合う。
 先に目を逸らしたのはギャラナだった。
 起きているとつらいのか、しんどそうに再び横になった。

「なぜラガーンここダイへ連れてきたのだ。あのモスタデ王都ィアにある館でもよかったではないか」
「あれだけの傷を負っていては、いかに仮死の術を身につけているあなた様といえども医者の手当てが必要です。ここなら信頼できる医者がおりましたゆえ」
「お前が信頼できると言うなど珍しい。あのリゼイラという女もお前たちがさらってきたのだろうが」
「我らはやみくもに連れてきているわけではありませぬ。心に闇の種を持つ者たちを選んでいるのです。あの者はここでの生活に最も順応しているひとりです」
「なるほど……。俺も闇の種を持っていた、というわけだな」

 最後の問いかけには応えずにチャザイは軽く頭を下げた。

「ところで俺のローブはどうなった。ここにはないようだが」
「いくつかほころびがありましたゆえ、王都の魔道衣店へ繕いに出しました。もう戻ってきているはずかと」
「ほぉ、たまには気の利いたことをするのだな。礼を言う。それにしてもわざわざモスタディアまで行くのも難儀ではないか。やはり、あの怪しい術を使うのか?」
「ローブはここへお持ちしておきましょう。あなた様には大切なものでしょうから」

 平然とはぐらかしたチャザイへ鋭い視線を送ったギャラナだが、すぐに目を閉じ「そうしてくれ」と答えた。

「またお休みになられますか」
「あぁ」
「ではまた。次にお目覚めになるのは明後日ごろでしょうか」

 そう言いながら頭を下げ、チャザイが出て行く。
 残されたギャラナは左目を開け、天井を見据えながら険しい表情を浮かべていた。
 仮死の術を使う様子は――ない。



 長い年月を経たことを感じさせる、やにでつやの出た木戸をリゼイラが三度、軽く叩いた。
 押し開けて中へ入ると、すでにハザメの他に三人が座している。

「お呼びでしょうか」
「そなたに尋ねることと言えば彼奴きゃつのことに決まっておろう。チャザイが申すにはかなり回復しているのではないかということだが、そなたから見てどうなのだ」

 珍しく苛つきを表にしたハザメに対し、立ったまま深くフードをかぶった顔を上げずにリゼイラが話し出す。

「仮死のときの術はもう使わずともよいほどには回復しております。時折、ブリディフという名を口にされていますが、その者への強い思いのおかげで日に日に気がみなぎってきております。それがギャラナ様のお体には良い影響を与えているかと存じます。一方、長きにわたり仮死の刻を使われたせいで体の力がおとろえており、おひとりで歩くこともままなりません。今は手押し車でこの館内を移動しており、それを使わずともよくなるまでにはあとひと月ほどかかるかと」
「ひと月か。もう下がってよい」

 頭を下げたリゼイラが出ていくと、高い鉤鼻の男がハザメに向き直った。
 頬骨が浮き出ているせいで燭台の炎が男の顔に深い影を作っている。

「いかがなされますか、ハザメ様。ここはあやつの完全なる回復を待たずとも決断されてよいのでは」
「いや待て、ビヤリム。ここまで待ったのだ。ギャラナの体力が回復し、魔力が十分にみなぎってからの方がもたらすものも大きい」
「ルバンニの言うことも分かるが、いつ我等に歯向かうかもわからぬあやつの存在は諸刃の剣だ」

 異様なほどに痩せているビヤリムとはうって変わり、ルバンニはふくよかな体つきに浅黒い肌をしていた。当然のように濡羽色のマントを羽織り、この辺りでは珍しい黒髪がフードからのぞいている。

「たとえギャラナが歯向かってこようとも、ここにはハザメ様をはじめ我ら三導師ティガランジャがおるではないか。案ずるに及ばんよ、のぉチャザイ」
「おぬしの言うとおり、もしもの場合に我らが後れを取ることはないであろう。ただビヤリムの疑念もよく分かる。どうも最近のギャラナ様は何かをいぶかしんでおられる。ここで不要な戦いの場が起き、傷などつけて貴重な血を失いたくはない」

 瘤の下で小さな目が他の三人の顔色をうかがう。
 歯茎を見せ笑っているルバンニ、口をへの字に結んでいるビヤリム、そしていつもと変わらず、遠くを見つめているかのようなハザメ。
 チャザイの視線は、他の者が知らぬ禁忌の密約を交わしている相手、ハザメにとまった。 
 ビヤリムもルバンニも口を閉ざし、領袖りょうしゅうげんっている。

「では、これより二十日のちに我らの偉大なる神、蠍王ディレナークさまの復活の儀を執り行うものとする。となる彼奴に気取られるようにな。余計な血を流さぬよう、彼奴にはくれぐれも魔道杖を与えることがないように」

 表情を変えないハザメの言葉を聞き、おぉっ、と口の中で小さく声にしたのはルバンニだったか。
 三人がハザメに向かい頭を下げる。
 顔を下に向けたまま、チャザイは下卑た笑みを浮かべた。
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