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第三章 闇の蠢動(しゅんどう)
第八話 嵐の前
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十日後に復活の儀を控えたころとなっても、ギャラナは一向に歩こうとはせず相変わらず手押し車に腰を下ろしたまま館の中を見て回っている。
この日はキリフが供をしていた。
「ここからが私たちが暮らす区域となります」
黒灰色の石で作られた広大な館――チャザイたちは王宮と呼び、ギャラナは砦と称していた――は魔の山ラガーンダイの中腹へめり込むように建てられている。
外気から最も離れた最深部には玉座の間があり、その周囲をハザメたち闇の魔導士が居住する区域となっていた。ギャラナの部屋もその一角にある。
そして険しい岩山から突き出たような館の外周部に二人はいた。
「どこからか風が入ってくるのか? 冷気を感じるが」
「あぁ。それなら物干し場でございましょう。この先にあります」
廊下を右に曲がり突き当りの扉まで来ると、キリフの手を借りてギャラナは手押し車から立ち上がった。
そのまま扉を開けて外へと出る。
途端に肌を切るような鋭い風が頬に吹きつけた。
屋根もない二タルザン(約三メートル)四方ほどの石畳に、竿に掛けられた濡羽色のフードが十枚ほど並んでいる。手すりはところどころ積み石を抜いて透かし模様のような装飾を施してあった。
「久しぶりに外の空気を吸った気がする」
「外に出ることが出来るのはここだけですから」
「それにしても寒いな」
そう言いながらも左わきをキリフに抱えられながら、ギャラナは石積みの手すりへとゆっくり歩いて行った。
正面に視界を遮るものはなく、薄ねず色の空が続いている。
体を乗り出して覗き込んでも木々さえ見えず、八タルザン(約十二メートル)ほど下方にやっと岩肌が表れていた。そこから急こう配の岩々がさらに下へと伸びている。
「ここは崖の上へ張り出すように造られているそうです」
「どうあってもこの砦からは逃げ出せないぞということか」
「ここから身を投げて命を絶った者はいると聞いております」
キリフの言葉に振り返ったギャラナの背中へ、岩肌を吹き上げてきた風が絶え間なく打ちつける。束ねた栗色の髪が揺れていた。
*
その日まで七日ともなると、いくら秘密裏に事を進めていても隠し切れないものがある。
いつかはわからずとも何かが起こりそうな気配をみなが感じ取り、張り詰めた空気が館を満たし始めていた。
しかしギャラナだけはそれまでと変わらず、むしろ悠然とした落ち着きさえ見せていた。
この日も日課となった館内の散歩を終え、付き添いのダリエと共に部屋へと戻った。
「お召しになったままで結構です。すぐに縫い直しますから」
「お前が直すのか」
「私は仕立て屋でしたので」
廊下を手押し車で移動している際に、石壁へ引っ掛けて出来た部屋着のほつれをダリエが器用に縫っていく。
寝台に腰掛けたまま、その手先をギャラナが見つめる。
「うまいものだな」
「他の者のフードの直しなども部屋に持ち帰ってやらせて頂いているんですよ」
そう言ってダリエが顔を上げたときだった。
「痛っ」
油断して手元から目を離したせいか、ギャラナの腕を針で刺してしまった。
「あ、申し訳ございません!」
あわてて床に片膝をつき、両手を胸の前で組み合わせて許しを請うダリエ。
それを見たギャラナの左目が細められた。
「お前……クスゥライ正教の信者なのか?」
目の前のダリエは、ギャラナが遠い過去に捨てたクスゥライ正教において神に許しを請う祈りの姿だった。
「は、はい」
大切な客人に怪我をさせたことで叱責を覚悟していたダリエは、意外な問いかけに戸惑いを見せた。
針の痛みなど気にするそぶりを見せず、ギャラナが問いを続ける。
「クスゥライ正教のお前がなぜここに? なにか我欲があったのか?」
「望むことなどありません。ただ普通の暮らしをして、妻と子供とのささやかな幸せがあればそれで満足でした。でもここへ連れて来られたのも何か神の決めた理由があるはず。私がこれを受け入れることで残された者たちが救われるのならと」
クスゥライ正教が最も尊ぶのが自己犠牲の精神だった。自らは陰になろうとも誰かのためになればという教えこそ、ギャラナがどうしても受け入れることができなかったものだ。
しかしそれをおくびにも出さず言葉を継いだ。
「俺もクスゥライ正教の司祭だった」
「え、そうなのですか!」
「あぁ。司祭長ヴェルナーク様に仕えていた」
「そのお名前は存じませぬが……そうですか、司祭様でいらしたのですか……」
親しみを覚えたのか、嬉しそうに話しかけるダリエだが、この男が父である司祭長の命を奪ったことは知らない。
*
いよいよ復活の儀が三日後に迫った朝、マントを引きずりながらチャザイがギャラナのもとを訪れた。
食事を終えたばかりとみえて、空になった器をのせた盆が寝台の隅に置かれている。
「珍しいな、こんな朝早くから。陽が落ちてからがお前たちの時間ではなかったのか。まぁこの砦の中は昼間でも薄暗いからお前たちにとってはさほど変わりがないのかもしれんな」
「すっかりお顔の色もよくなりましたな。足の具合はいかがですか」
皮肉交じりのギャラナの言葉を受け流し、寝台へ近づきながら自らが最も気にしていることを探る。
「まだ思ったように動かせんのが、もどかしい」
座ったままそう言うと、真新しい部屋着から伸びている両足を見つめた。
古いものはダリエに持ち帰らせたため、生成りの生地がやけに白く見える。
「あとは気の持ちようかと。何と言いましたかな、あの魔導士――」
「ブリディフのことか?」
「そう、そのブリディフとやらを打ち負かすためにも早くお体をもどすよう努めてください」
「医者のようなことを言うではないか。そういえば、あの女医者はどうした? 最近は顔を見せないが」
「もうあなた様のお体は問題ないと判断したのでしょう。また自らの研究とやらで部屋にこもっているようです」
復活の儀がいつ行われるかを知っていながら、あえて先の話をするチャザイ。
ギャラナも特別な反応は見せず、間近に迫っているこのことに気づいているのかいないのか、うかがい知れない。
しかし、いつもならば邪険な扱いをするチャザイに対し、珍しくギャラナの方から切り出した。
「せっかくお前が来たのなら頼みがある」
「この手押し車というものも思った以上に骨が折れますな」
いくら車がついているとはいえ、小柄なチャザイにとってはギャラナを押して歩くことは重労働と言える作業だった。
「こんなことならばお断りすればよかった」
「まぁそう言うな。お前やハザメたちでなければあそこへは入れぬというではないか」
そんなやり取りをしているうちに二人は青銅製の扉の前へとたどり着いた。
閂の鍵をチャザイが外す。
扉を開けたままにしてからギャラナの後ろに回り、ため息をつきながら押し入った。
「ここがお望みの玉座の間でございます」
ギャラナは鍾乳石が点在している高い天井を見上げた。
視線を下ろしてくるときれいに切り出された石壁や奇妙な模様の彫刻、そして宝形に整えられた床が目に入る。
ひときわ目立つのが人の背丈ほどもあるさいころのような岩塊だった。側面や背面には紋様が刻まれている。
「あれがディレナークの玉座か」
そう言うと口を閉ざし、じっと岩塊を見つめる。
そんなギャラナの反応をチャザイは満足そうに眺めていた。
「眠りにつかれているディレナーク様をご覧になりますか」
「いや、いい。それよりもあの扉は何だ」
城門のような大きな木戸とは反対の壁に、他の部屋と同じような扉がある。
「あぁ、あれは……ま、今ならばいいでしょう。どうぞこちらへ」
チャザイの手を借り、ゆっくりとその扉の方へ向かう。
中に入ると、ギャラナが見たこともないものが壁一面に並んでいた。取手がついていたり、玉石のようなものもあれば大きな鏡に似たものもある。
「なんだこれは?」
「あなた様が知りたがっていた、怪しい術を行うためのもの」
「なにっ!」
ギャラナは思わずチャザイの肩から手を離し、一、二歩、壁へ近づいた。
「我々は神の遺産と呼んでいます」
「これがあれば離れた場所へ苦も無く移動できるというのか……」
悦に入った表情でうなずくチャザイ。
その両肩をギャラナが掴む。
「どのようにするのだ。教えてくれ!」
「それは出来ませぬなぁ」
もったいぶりながら瘤の下の小さな目を細める。
「神の遺産を扱えるのはハザメ様と我ら三導師のみですからな。ただし移動する側であれば誰でも構いませぬ。お元気になられたときにはブリディフのもとへお連れしましょう」
「そんなことも出来るのか」
「目の前に、ということは難儀ですがおおよその場所であれば。座標と呼ばれる数値を――いや、おしゃべりが過ぎましたな」
わざとらしく途中で言葉を切り勝ち誇った表情を浮かべると、そのまま扉へと進み無言で退出を促す。
そんなチャザイの後ろをそろりそろりといった歩みでついていくギャラナだったが、部屋を出る前に振り返り、じっと壁の方を見つめた。
まるでその目に神の遺産というものを焼き付けるかのように。
ギャラナが玉座の間を出るとチャザイの隣にミレイオが立っていた。
「あとは部屋までこの者に送らせますゆえ。どうぞ、ごゆるりとお休みください」
丁寧過ぎるほど深々と頭を下げるチャザイへちらと見て、無言のままギャラナは手押し車に腰を下ろした。
そのまま部屋に戻り寝台へ横になる。
ミレイオが部屋を出ていくのを確認すると、すっと立ち上がった。
素早く扉へ近寄り廊下の気配をうかがう。
「しばらくは誰も顔を出すまい」
ひとりごちると数回膝の曲げ伸ばしを行い、軽快な歩みで寝台へと近寄り腰を下ろした。
体を拭くために用意してあった布を足首に巻き、両端を手に持つ。自らがそれを引っ張りながら足の曲げ伸ばしを繰り返す。
右足を終え左足へと移るころには、ギャラナの額に汗が浮かんでいた。
この日はキリフが供をしていた。
「ここからが私たちが暮らす区域となります」
黒灰色の石で作られた広大な館――チャザイたちは王宮と呼び、ギャラナは砦と称していた――は魔の山ラガーンダイの中腹へめり込むように建てられている。
外気から最も離れた最深部には玉座の間があり、その周囲をハザメたち闇の魔導士が居住する区域となっていた。ギャラナの部屋もその一角にある。
そして険しい岩山から突き出たような館の外周部に二人はいた。
「どこからか風が入ってくるのか? 冷気を感じるが」
「あぁ。それなら物干し場でございましょう。この先にあります」
廊下を右に曲がり突き当りの扉まで来ると、キリフの手を借りてギャラナは手押し車から立ち上がった。
そのまま扉を開けて外へと出る。
途端に肌を切るような鋭い風が頬に吹きつけた。
屋根もない二タルザン(約三メートル)四方ほどの石畳に、竿に掛けられた濡羽色のフードが十枚ほど並んでいる。手すりはところどころ積み石を抜いて透かし模様のような装飾を施してあった。
「久しぶりに外の空気を吸った気がする」
「外に出ることが出来るのはここだけですから」
「それにしても寒いな」
そう言いながらも左わきをキリフに抱えられながら、ギャラナは石積みの手すりへとゆっくり歩いて行った。
正面に視界を遮るものはなく、薄ねず色の空が続いている。
体を乗り出して覗き込んでも木々さえ見えず、八タルザン(約十二メートル)ほど下方にやっと岩肌が表れていた。そこから急こう配の岩々がさらに下へと伸びている。
「ここは崖の上へ張り出すように造られているそうです」
「どうあってもこの砦からは逃げ出せないぞということか」
「ここから身を投げて命を絶った者はいると聞いております」
キリフの言葉に振り返ったギャラナの背中へ、岩肌を吹き上げてきた風が絶え間なく打ちつける。束ねた栗色の髪が揺れていた。
*
その日まで七日ともなると、いくら秘密裏に事を進めていても隠し切れないものがある。
いつかはわからずとも何かが起こりそうな気配をみなが感じ取り、張り詰めた空気が館を満たし始めていた。
しかしギャラナだけはそれまでと変わらず、むしろ悠然とした落ち着きさえ見せていた。
この日も日課となった館内の散歩を終え、付き添いのダリエと共に部屋へと戻った。
「お召しになったままで結構です。すぐに縫い直しますから」
「お前が直すのか」
「私は仕立て屋でしたので」
廊下を手押し車で移動している際に、石壁へ引っ掛けて出来た部屋着のほつれをダリエが器用に縫っていく。
寝台に腰掛けたまま、その手先をギャラナが見つめる。
「うまいものだな」
「他の者のフードの直しなども部屋に持ち帰ってやらせて頂いているんですよ」
そう言ってダリエが顔を上げたときだった。
「痛っ」
油断して手元から目を離したせいか、ギャラナの腕を針で刺してしまった。
「あ、申し訳ございません!」
あわてて床に片膝をつき、両手を胸の前で組み合わせて許しを請うダリエ。
それを見たギャラナの左目が細められた。
「お前……クスゥライ正教の信者なのか?」
目の前のダリエは、ギャラナが遠い過去に捨てたクスゥライ正教において神に許しを請う祈りの姿だった。
「は、はい」
大切な客人に怪我をさせたことで叱責を覚悟していたダリエは、意外な問いかけに戸惑いを見せた。
針の痛みなど気にするそぶりを見せず、ギャラナが問いを続ける。
「クスゥライ正教のお前がなぜここに? なにか我欲があったのか?」
「望むことなどありません。ただ普通の暮らしをして、妻と子供とのささやかな幸せがあればそれで満足でした。でもここへ連れて来られたのも何か神の決めた理由があるはず。私がこれを受け入れることで残された者たちが救われるのならと」
クスゥライ正教が最も尊ぶのが自己犠牲の精神だった。自らは陰になろうとも誰かのためになればという教えこそ、ギャラナがどうしても受け入れることができなかったものだ。
しかしそれをおくびにも出さず言葉を継いだ。
「俺もクスゥライ正教の司祭だった」
「え、そうなのですか!」
「あぁ。司祭長ヴェルナーク様に仕えていた」
「そのお名前は存じませぬが……そうですか、司祭様でいらしたのですか……」
親しみを覚えたのか、嬉しそうに話しかけるダリエだが、この男が父である司祭長の命を奪ったことは知らない。
*
いよいよ復活の儀が三日後に迫った朝、マントを引きずりながらチャザイがギャラナのもとを訪れた。
食事を終えたばかりとみえて、空になった器をのせた盆が寝台の隅に置かれている。
「珍しいな、こんな朝早くから。陽が落ちてからがお前たちの時間ではなかったのか。まぁこの砦の中は昼間でも薄暗いからお前たちにとってはさほど変わりがないのかもしれんな」
「すっかりお顔の色もよくなりましたな。足の具合はいかがですか」
皮肉交じりのギャラナの言葉を受け流し、寝台へ近づきながら自らが最も気にしていることを探る。
「まだ思ったように動かせんのが、もどかしい」
座ったままそう言うと、真新しい部屋着から伸びている両足を見つめた。
古いものはダリエに持ち帰らせたため、生成りの生地がやけに白く見える。
「あとは気の持ちようかと。何と言いましたかな、あの魔導士――」
「ブリディフのことか?」
「そう、そのブリディフとやらを打ち負かすためにも早くお体をもどすよう努めてください」
「医者のようなことを言うではないか。そういえば、あの女医者はどうした? 最近は顔を見せないが」
「もうあなた様のお体は問題ないと判断したのでしょう。また自らの研究とやらで部屋にこもっているようです」
復活の儀がいつ行われるかを知っていながら、あえて先の話をするチャザイ。
ギャラナも特別な反応は見せず、間近に迫っているこのことに気づいているのかいないのか、うかがい知れない。
しかし、いつもならば邪険な扱いをするチャザイに対し、珍しくギャラナの方から切り出した。
「せっかくお前が来たのなら頼みがある」
「この手押し車というものも思った以上に骨が折れますな」
いくら車がついているとはいえ、小柄なチャザイにとってはギャラナを押して歩くことは重労働と言える作業だった。
「こんなことならばお断りすればよかった」
「まぁそう言うな。お前やハザメたちでなければあそこへは入れぬというではないか」
そんなやり取りをしているうちに二人は青銅製の扉の前へとたどり着いた。
閂の鍵をチャザイが外す。
扉を開けたままにしてからギャラナの後ろに回り、ため息をつきながら押し入った。
「ここがお望みの玉座の間でございます」
ギャラナは鍾乳石が点在している高い天井を見上げた。
視線を下ろしてくるときれいに切り出された石壁や奇妙な模様の彫刻、そして宝形に整えられた床が目に入る。
ひときわ目立つのが人の背丈ほどもあるさいころのような岩塊だった。側面や背面には紋様が刻まれている。
「あれがディレナークの玉座か」
そう言うと口を閉ざし、じっと岩塊を見つめる。
そんなギャラナの反応をチャザイは満足そうに眺めていた。
「眠りにつかれているディレナーク様をご覧になりますか」
「いや、いい。それよりもあの扉は何だ」
城門のような大きな木戸とは反対の壁に、他の部屋と同じような扉がある。
「あぁ、あれは……ま、今ならばいいでしょう。どうぞこちらへ」
チャザイの手を借り、ゆっくりとその扉の方へ向かう。
中に入ると、ギャラナが見たこともないものが壁一面に並んでいた。取手がついていたり、玉石のようなものもあれば大きな鏡に似たものもある。
「なんだこれは?」
「あなた様が知りたがっていた、怪しい術を行うためのもの」
「なにっ!」
ギャラナは思わずチャザイの肩から手を離し、一、二歩、壁へ近づいた。
「我々は神の遺産と呼んでいます」
「これがあれば離れた場所へ苦も無く移動できるというのか……」
悦に入った表情でうなずくチャザイ。
その両肩をギャラナが掴む。
「どのようにするのだ。教えてくれ!」
「それは出来ませぬなぁ」
もったいぶりながら瘤の下の小さな目を細める。
「神の遺産を扱えるのはハザメ様と我ら三導師のみですからな。ただし移動する側であれば誰でも構いませぬ。お元気になられたときにはブリディフのもとへお連れしましょう」
「そんなことも出来るのか」
「目の前に、ということは難儀ですがおおよその場所であれば。座標と呼ばれる数値を――いや、おしゃべりが過ぎましたな」
わざとらしく途中で言葉を切り勝ち誇った表情を浮かべると、そのまま扉へと進み無言で退出を促す。
そんなチャザイの後ろをそろりそろりといった歩みでついていくギャラナだったが、部屋を出る前に振り返り、じっと壁の方を見つめた。
まるでその目に神の遺産というものを焼き付けるかのように。
ギャラナが玉座の間を出るとチャザイの隣にミレイオが立っていた。
「あとは部屋までこの者に送らせますゆえ。どうぞ、ごゆるりとお休みください」
丁寧過ぎるほど深々と頭を下げるチャザイへちらと見て、無言のままギャラナは手押し車に腰を下ろした。
そのまま部屋に戻り寝台へ横になる。
ミレイオが部屋を出ていくのを確認すると、すっと立ち上がった。
素早く扉へ近寄り廊下の気配をうかがう。
「しばらくは誰も顔を出すまい」
ひとりごちると数回膝の曲げ伸ばしを行い、軽快な歩みで寝台へと近寄り腰を下ろした。
体を拭くために用意してあった布を足首に巻き、両端を手に持つ。自らがそれを引っ張りながら足の曲げ伸ばしを繰り返す。
右足を終え左足へと移るころには、ギャラナの額に汗が浮かんでいた。
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