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109 俺の姫プレイと解散 side サヨ
しおりを挟む「あれ? サヨひとり?」
炎都の酒場の個室で、のんびり茶を啜っていた妾の前に、トモヤが突然現れた。
「珍しい時間にログインしてきたのぉ。マサトなら出かけておるぞ」
「そっか。マサトいないんだ」
トモヤはそう言うと、妾の前に座った。
正面からトモヤの顔を見て、ドキリと心臓が跳ねる。
妾はそれを誤魔化すように目を逸らし、また茶をコクリと飲んだ。
(……ん?)
おかしい。いつものトモヤではない……?
そう思い、一度逸らした目をトモヤの顔に戻した。
「トモヤ……どうしたのじゃ? ログインしてきたばかりなのに、なぜそのような憂いを帯びた顔をしておるのじゃ」
「……サヨには敵わないなぁ。すぐ分かっちゃうんだ?」
隠してたつもりだったのにと呟いて、眉を下げて笑う。
トモヤは耳に着けていた装備を取り外し始めた。右耳、左耳と外す。
そしてそれを妾の前に、コトリと置いた。
「……赤竜のピアス?」
「うん。これサヨが預かってくれないかな?」
「なぜじゃ? なぜ──」
『ピロン』
通知音と共に、妾の目の前にウインドウが表示された。
その内容に妾は目を見開く。
『──チームリーダーに任命されました』
「……トモヤ。これはどういうことじゃ?」
「うん。実は……僕、<暁>を抜けようと思ってるんだ」
驚きのあまり、手から湯呑を滑らせ、落とすところだった。
落とさずに済んでほっとした後で、トモヤの言葉を反芻する。
今なんと言ったか……?
「<暁>を抜けると申したか?」
「うん。そうだね」
「それは何故と問うても良いのか?」
目の前のトモヤは眉を下げて、微笑む。
それは聞いてくれるなという顔だった。
「……そうか。うつけと、なにかあったんじゃな?」
「なにか……と言われれば、まぁ、うん」
トモヤはまた複雑そうな顔を浮かべる。
妾は、はぁとため息をついた。
「妾は『仲直りしろ』と言うておったのに」
「そうだったね。ごめんね」
妾はウインドウを開いて、チームリーダーの権限をトモヤに戻す。
リーダー権限が戻ったことにトモヤが驚いて、妾を見た。
「サヨ……どうして?」
「妾とマサトだけが<暁>に残って何になるというのじゃ? お主が抜けると言うのであれば、いっそのこと解散するが良い」
「解散って……」
「そのほうが、うつけには効果があるのではないか? ケンカか何かは知らぬが、やるのであれば、徹底的にやれば良い」
「……でも」
「マサトには妾から言っておく。これも預かっておこう」
テーブルに置かれたピアスを手に取った。
トモヤは少し迷ったようだった。
顎に手を当て、考え込んだ後、ウインドウを開いて画面をタップする。
妾とトモヤの目の前に通知が届く。
『──チーム<暁>を解散しました』
妾は手を伸ばし、その通知ウインドウを閉じた。
トモヤは席を立つと、個室のドアへ向かって歩き出す。妾もその後を追った。
「トモヤ。これで会えぬ、というわけでは、ないのであろう?」
「うん。そうだね。ただ少し……時間はかかるかもしれないけど」
「左様か。うつけに何か伝えておくことはあるか?」
「なにも。サヨに渡したそれで、気づいてくれるんじゃないかなぁ」
妾の手に握られた赤竜のピアスがチャリッと音を立てる。
「……そうか。ゲームは続けるのであろうな?」
「うん。辞めるつもりは今のところないかな。もし、やめるのなら何も言わずに消えるよ」
トモヤはドアを開けた。
後ろを振り返り、妾の顔をじっと見つめる。
「じゃあ、サヨ。またね」
「……達者でな」
トモヤは笑って去って行った。
妾はうまく笑えていただろうか?
「ほんに……まっこと……お主はチヒロのことばかりよのぉ……」
***
──約六年前。
<暁>に入ったばかりの頃のトモヤは、少々オドオドとしており、こやつは<暁>でやっていけるのかと心配になったほどだった。
しかし、チヒロが誘ったプレイヤーの実力は本物で、その心配はすぐに消えた。
妾やマサトが何をしたいのか、チヒロが何をしたいのか、それを察して先回りする。
妾達をサポートする力が強いプレイヤーが、トモヤだった。
一ヵ月も一緒に遊べば、<暁>に入ったばかりの頃のオドオドとした姿は消えていた。
<暁>は、互いの足りない所を上手く補えるチームだった。
それゆえ、これ以上、人を増やす必要性を感じない。
<暁>はこの四人でやっていく。
特に話し合ってそう決めた訳ではないが、自然とそれは共通認識となっていた。
この判断は正解だったようで、トモヤが加入して半年後、<暁>がランキングに上がると、チヒロの『信者』と呼ばれるプレイヤー達が徐々に増えだした。彼らはときに、チヒロの弊害にもなっていく。
そんな彼らからチヒロを守る<番犬>となったのもトモヤ。
チヒロの知らぬところで、睨みをきかせ、<暁の番犬>なんて呼ばれ方もしていたものだ。
──ある日、チヒロがチームからもフレンドからも消えた。
そのときの衝撃は、妾も覚えている。
なにが起きたのかと驚いた。
トモヤは真っ青な顔をしたと思ったら、ふらふらと街を彷徨いだした。
あてもなく、探して、探して、探して……妾やマサトも毎日7chの海の中で情報を探す。
箸にも棒にも掛からぬ日々が過ぎ、妾は正直、半ば諦めていた。
生気のない顔をしながらも、毎日毎日チヒロを探すトモヤを横で見て、妾はいつの間にかそのように想ってもらえるチヒロが羨ましいと思った。
そんな風に誰かに想ってもらえたら、幸せだろうと思ったのだ。
(……このまま、うつけが見つからぬときは、トモヤは妾のことを見てはくれぬだろうか)
──諦めてはどうじゃ?
そんな言葉が喉から出そうになる。
妾が決めることではないと、頭を振って、嫌な考えを追い出した。
**
トモヤがチヒロを見つけた。
そう気づいたのは週末のレイドボス。
トモヤから至急調べてほしいことがあると連絡が入ったときだった。
あやつがレイドボスに参加していることも驚いたが、これはもしや……という予感がした。
『昼レイド討伐完了した』
『紅の剣で戦ってるヤツが誰か分からない』
『<エクソダス>のレンが最後決めた!』
『<暁>のトモヤかっけぇ!』
レイドボス討伐が終わり、マサトと一緒に7chで情報を探っていると、次から次へと増えていく書き込みを見て確信する。
(トモヤは、うつけを見つけたか)
ほっと安心したような、少し残念なような、安堵と落胆を含んだものが妾の心を包んだ。
すぐに頭をふるふると振って、それを追い出す。
(<暁>が揃った。それで良いではないか)
半年ぶりに再会したチヒロは、女子になっておった。
そして久々に見るトモヤの笑顔は、妾の心を強く締め付ける。
自分の中に芽生えたものの正体を、そこでハッキリと自覚した。
***
──チャリッ
いつの間にか、手の中にある赤竜のピアスを強く握りしめていたようだ。
耳に届いた音にハッとする。
手を開いて、赤竜のピアスを見た。
ふと良からぬ考えが頭に浮かぶ。
ただのゲームのアイテムだ。
性能も何も変わらないただのアイテム。
ならば、トモヤの赤竜のピアスと妾のものを入れ替えてもいいのでは……?
「……そんなことをして何になると言うのじゃ? そのようなことをしても、トモヤが置いていったものは手に入らぬ。妾もまだまだ阿呆よのぉ」
頭をふるふると横に振って、トモヤの赤竜のピアスをマジックバッグにしまい込んだ。
『ピロン』
マサトからメッセージが届いた。
慌てた内容を見て、妾はホホホと笑う。
「今からマサトが飛んできて……そろそろ、うつけもログインする頃か? さて、うつけをしばく練習でもしておくかのぉ」
マジックバッグからハリセンを取り出して、シュッシュッと素振りをする。
予想通り、マサトは飛んできた。
何も知らないうつけは「おっすー」と個室のドアを開ける。
妾はうつけの頭を狙って、ハリセンをお見舞いした。
「このぉ! うつけー!!」
スパーンと良い音が、個室の中に響く。
目を白黒させているうつけの顔を見ながら、妾はふんぞり返った。
「ッてーな! 突然、なにすんだよサヨ!」
「うつけ、心して聞くがよい」
「──……えっ?」
妾は、<暁>の解散とトモヤの消失を二人に告げたのだった。
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