247 / 542
聖都スチューデリア編
第弍百肆拾㯃章 地獄の釜
しおりを挟む
「……ローゼマリー」
ローデリヒが近付くが、皇子の憐れむような声に正体を取り戻したグレゴールは憎悪を込めた形相で漆黒の剣を見舞おうとする。
しかし得物は抜け目無くゲルダに踏まれていてピクリとも動かない。
「くっ、全てはゲルダの掌の上か。我が復讐、もはや潰えたわ」
剣を封じられては自害も出来ぬ。
舌を噛み切った所でゲルダが立ち所に癒やしてしまうだろう。
「その復讐、潰えたと云うにはまだ早いぞい」
「何? スチューデリア、カイゼントーヤ間の戦争は阻まれ、腹の子も存在価値を失った。何より私が諦めたというのに終わっておらぬと申すか?」
「その通りじゃ。全くもって思い違いも甚だしいわえ。お主の母親は生きておるぞ。加えてお主は聖帝の血筋ではない。お主がやってきた事は的外れも的外れ、大ハズレじゃよ」
この言葉には憔悴していたグレゴールも怒りを覚えたものだ。
覇気は衰えたままだが激昂して立ち上がるくらいには気力が戻っていた。
「何を云い出すかと思えば母上が生きておられるとな?! 愚弄するにも言葉を選べ!! その上、聖帝の胤ではないとすれば私は誰の子なのだ?!」
「それを今から教えて進ぜようと云うのじゃ」
ゲルダが廃墟と化した母親の実家に目を向けた。
釣られてグレゴールも廃墟を見た瞬間、云いようもない怖気に襲われた。
忌々しいどころではない。即刻、この場から逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
「な、何故だ? 懐かしいはずの母上の家が、ヴァルプルギス家がどうしておぞましく見えるのだ?」
「その答えがこの屋敷の最奥にある。お主の母親が、否、この家が古来より何をしてきたのか。かつて聖都スチューデリアが太陽神に滅ぼされる寸前まで罰を受けておきながら何故、解体しなかったのか。星神教の闇をこれから思い知る事になるであろう」
それを見聞きする勇気があるか――蒼銀の瞳に見据えられてグレゴールは凍えてしまったかのように身じろぎすら出来なかった。
「沈黙は了承と受け取るぞ」
「あ、相分かった。いや、望むところである。貴様が何を企んでいるのか知らぬが、敢えて虎穴に入り罠を噛み破るのも三池流の心意気というものである。受けて立ってやろうぞ」
「そうか、後戻りは出来ぬぞ」
ゲルダは廃墟に向けて声をかける。
「では案内をしてやってくれ」
どこかで金属が擦れ合う澄んだ音がした。
「承りやした。案内させて頂きやす」
それは漆黒の塊であった。
艶やかな髪は膝裏まで伸ばされ、毛先は綺麗に揃えられている。
瞳は黒い。まるで墨のようにドス黒く、虹彩と瞳孔の境が分からぬ程だ。
小袖も黒いが、蝶や花が鮮やかに染められており映えている。
逆に肌は病的に白く、顔には葉脈のように青黒い筋が走っていた。
歩を進めるたびに帯に挟んだ錫杖が澄んだ音を鳴らす。
「何者だ? 聖女ならまだしも部外者が母上の屋敷を案内するとは如何なる仕儀であるか? ゲルダ、どういうつもりだ?」
「どうもこうも今回、否、千年以上前に地母神の信徒へ行われた虐殺から続く一連の出来事、それを紐解くのにこれ以上相応しいモノはおるまいて」
「そういう事でさ。やつがれの名はシン、渡世では『錫杖』のおシンと呼ばれておりやす。ご依頼によりここから先の案内を相勤めさせて頂きやす」
『錫杖』のおシンと聞いてベアトリクスが複雑そうな表情を浮かべている。
その名は教皇ミーケこと三池月弥から、全ての元凶であると聞かされていたからだ。
思う所はあるようだが口を挟む事はなかった。
「グレゴール様、貴方様の御母上の元へご案内致しやす。どうぞ付いてきて下せェ。皇子様も聖女の皆々様もどうぞ」
いつの間にか、おシンの手には破れ提灯があって蝋燭に火が灯されている。
彼らを先導するようにおシンは廃墟の中を照らし出す。
半世紀以上放置されていた事もあって、埃にまみれているかと思っていたが意外と中は綺麗であり、ベアトリクスとヴァレンティーヌが吐き気を催すようなものがあるとは思えなかった。
「中の掃除は行き届いておりやす。補修もしているので外見ほど朽ちちゃいやせんのでご安心を」
おシンが“ヒヒヒ”と下卑た声で笑う。
美人なのに色々と台無しだというのが彼らの共通した思いだった。
聖女達はこの世の者には見えない案内人の後に続いて屋敷の中へと入っていく。
「さあ、地獄の釜へと続く愉しい愉しい旅路に御一行様、ご案な~い」
背後で屋敷の扉が勢い良く閉まった。
ローデリヒが近付くが、皇子の憐れむような声に正体を取り戻したグレゴールは憎悪を込めた形相で漆黒の剣を見舞おうとする。
しかし得物は抜け目無くゲルダに踏まれていてピクリとも動かない。
「くっ、全てはゲルダの掌の上か。我が復讐、もはや潰えたわ」
剣を封じられては自害も出来ぬ。
舌を噛み切った所でゲルダが立ち所に癒やしてしまうだろう。
「その復讐、潰えたと云うにはまだ早いぞい」
「何? スチューデリア、カイゼントーヤ間の戦争は阻まれ、腹の子も存在価値を失った。何より私が諦めたというのに終わっておらぬと申すか?」
「その通りじゃ。全くもって思い違いも甚だしいわえ。お主の母親は生きておるぞ。加えてお主は聖帝の血筋ではない。お主がやってきた事は的外れも的外れ、大ハズレじゃよ」
この言葉には憔悴していたグレゴールも怒りを覚えたものだ。
覇気は衰えたままだが激昂して立ち上がるくらいには気力が戻っていた。
「何を云い出すかと思えば母上が生きておられるとな?! 愚弄するにも言葉を選べ!! その上、聖帝の胤ではないとすれば私は誰の子なのだ?!」
「それを今から教えて進ぜようと云うのじゃ」
ゲルダが廃墟と化した母親の実家に目を向けた。
釣られてグレゴールも廃墟を見た瞬間、云いようもない怖気に襲われた。
忌々しいどころではない。即刻、この場から逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
「な、何故だ? 懐かしいはずの母上の家が、ヴァルプルギス家がどうしておぞましく見えるのだ?」
「その答えがこの屋敷の最奥にある。お主の母親が、否、この家が古来より何をしてきたのか。かつて聖都スチューデリアが太陽神に滅ぼされる寸前まで罰を受けておきながら何故、解体しなかったのか。星神教の闇をこれから思い知る事になるであろう」
それを見聞きする勇気があるか――蒼銀の瞳に見据えられてグレゴールは凍えてしまったかのように身じろぎすら出来なかった。
「沈黙は了承と受け取るぞ」
「あ、相分かった。いや、望むところである。貴様が何を企んでいるのか知らぬが、敢えて虎穴に入り罠を噛み破るのも三池流の心意気というものである。受けて立ってやろうぞ」
「そうか、後戻りは出来ぬぞ」
ゲルダは廃墟に向けて声をかける。
「では案内をしてやってくれ」
どこかで金属が擦れ合う澄んだ音がした。
「承りやした。案内させて頂きやす」
それは漆黒の塊であった。
艶やかな髪は膝裏まで伸ばされ、毛先は綺麗に揃えられている。
瞳は黒い。まるで墨のようにドス黒く、虹彩と瞳孔の境が分からぬ程だ。
小袖も黒いが、蝶や花が鮮やかに染められており映えている。
逆に肌は病的に白く、顔には葉脈のように青黒い筋が走っていた。
歩を進めるたびに帯に挟んだ錫杖が澄んだ音を鳴らす。
「何者だ? 聖女ならまだしも部外者が母上の屋敷を案内するとは如何なる仕儀であるか? ゲルダ、どういうつもりだ?」
「どうもこうも今回、否、千年以上前に地母神の信徒へ行われた虐殺から続く一連の出来事、それを紐解くのにこれ以上相応しいモノはおるまいて」
「そういう事でさ。やつがれの名はシン、渡世では『錫杖』のおシンと呼ばれておりやす。ご依頼によりここから先の案内を相勤めさせて頂きやす」
『錫杖』のおシンと聞いてベアトリクスが複雑そうな表情を浮かべている。
その名は教皇ミーケこと三池月弥から、全ての元凶であると聞かされていたからだ。
思う所はあるようだが口を挟む事はなかった。
「グレゴール様、貴方様の御母上の元へご案内致しやす。どうぞ付いてきて下せェ。皇子様も聖女の皆々様もどうぞ」
いつの間にか、おシンの手には破れ提灯があって蝋燭に火が灯されている。
彼らを先導するようにおシンは廃墟の中を照らし出す。
半世紀以上放置されていた事もあって、埃にまみれているかと思っていたが意外と中は綺麗であり、ベアトリクスとヴァレンティーヌが吐き気を催すようなものがあるとは思えなかった。
「中の掃除は行き届いておりやす。補修もしているので外見ほど朽ちちゃいやせんのでご安心を」
おシンが“ヒヒヒ”と下卑た声で笑う。
美人なのに色々と台無しだというのが彼らの共通した思いだった。
聖女達はこの世の者には見えない案内人の後に続いて屋敷の中へと入っていく。
「さあ、地獄の釜へと続く愉しい愉しい旅路に御一行様、ご案な~い」
背後で屋敷の扉が勢い良く閉まった。
10
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。
死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった!
呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
