聖女と呼ばれておるが、ワシは剣客じゃよ? 乙女となった御隠居剣豪

若年寄

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聖都スチューデリア編

第弍百肆拾㯃章 地獄の釜

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「……ローゼマリー」

 ローデリヒが近付くが、皇子の憐れむような声に正体を取り戻したグレゴールは憎悪を込めた形相で漆黒の剣を見舞おうとする。
 しかし得物は抜け目無くゲルダに踏まれていてピクリとも動かない。

「くっ、全てはゲルダのたなごころの上か。我が復讐、もはや潰えたわ」

 剣を封じられては自害も出来ぬ。
 舌を噛み切った所でゲルダが立ち所に癒やしてしまうだろう。

「その復讐、潰えたと云うにはまだ早いぞい」

「何? スチューデリア、カイゼントーヤ間の戦争は阻まれ、腹の子も存在価値を失った。何より私が諦めたというのに終わっておらぬと申すか?」

「その通りじゃ。全くもって思い違いもはなはだしいわえ。お主の母親は生きておるぞ。加えてお主は聖帝の血筋ではない。お主がやってきた事は的外れも的外れ、大ハズレじゃよ」

 この言葉には憔悴していたグレゴールも怒りを覚えたものだ。
 覇気は衰えたままだが激昂して立ち上がるくらいには気力が戻っていた。

「何を云い出すかと思えば母上が生きておられるとな?! 愚弄するにも言葉を選べ!! その上、聖帝のたねではないとすれば私は誰の子なのだ?!」

「それを今から教えて進ぜようと云うのじゃ」

 ゲルダが廃墟と化した母親の実家に目を向けた。
 釣られてグレゴールも廃墟を見た瞬間、云いようもない怖気に襲われた。
 忌々しいどころではない。即刻、この場から逃げ出したい衝動に駆られてしまう。

「な、何故だ? 懐かしいはずの母上の家が、ヴァルプルギス家がどうしておぞましく見えるのだ?」

「その答えがこの屋敷の最奥にある。お主の母親が、否、この家が古来より何をしてきたのか。かつて聖都スチューデリアが太陽神に滅ぼされる寸前まで罰を受けておきながら何故、解体しなかったのか。星神教の闇をこれから思い知る事になるであろう」

 それを見聞きする勇気があるか――蒼銀の瞳に見据えられてグレゴールは凍えてしまったかのように身じろぎすら出来なかった。

「沈黙は了承と受け取るぞ」

「あ、相分かった。いや、望むところである。貴様が何を企んでいるのか知らぬが、敢えて虎穴に入り罠を噛み破るのも三池流の心意気というものである。受けて立ってやろうぞ」

「そうか、後戻りは出来ぬぞ」

 ゲルダは廃墟に向けて声をかける。

「では案内をしてやってくれ」

 どこかで金属が擦れ合う澄んだ音がした。

「承りやした。案内させて頂きやす」

 それは漆黒の塊であった。
 艶やかな髪は膝裏まで伸ばされ、毛先は綺麗に揃えられている。
 瞳は黒い。まるで墨のようにドス黒く、虹彩と瞳孔の境が分からぬ程だ。
 小袖も黒いが、蝶や花が鮮やかに染められており映えている。
 逆に肌は病的に白く、顔には葉脈のように青黒い筋が走っていた。
 歩を進めるたびに帯に挟んだ錫杖しゃくじょうが澄んだ音を鳴らす。


「何者だ? 聖女ならまだしも部外者が母上の屋敷を案内するとは如何なる仕儀であるか? ゲルダ、どういうつもりだ?」

「どうもこうも今回、否、千年以上前に地母神の信徒へ行われた虐殺から続く一連の出来事、それを紐解くのにこれ以上相応しいモノはおるまいて」

「そういう事でさ。やつがれの名はシン、渡世では『錫杖』のおシンと呼ばれておりやす。ご依頼によりここから先の案内を相勤めさせて頂きやす」

 『錫杖』のおシンと聞いてベアトリクスが複雑そうな表情を浮かべている。
 その名は教皇ミーケこと三池月弥から、全ての元凶であると聞かされていたからだ。
 思う所はあるようだが口を挟む事はなかった。

「グレゴール様、貴方様の御母上の元へご案内致しやす。どうぞ付いてきて下せェ。皇子様も聖女の皆々様もどうぞ」

 いつの間にか、おシンの手には破れ提灯があって蝋燭に火が灯されている。
 彼らを先導するようにおシンは廃墟の中を照らし出す。
 半世紀以上放置されていた事もあって、埃にまみれているかと思っていたが意外と中は綺麗であり、ベアトリクスとヴァレンティーヌが吐き気を催すようなものがあるとは思えなかった。

「中の掃除は行き届いておりやす。補修もしているので外見ほど朽ちちゃいやせんのでご安心を」

 おシンが“ヒヒヒ”と下卑た声で笑う。
 美人なのに色々と台無しだというのが彼らの共通した思いだった。
 聖女達はこの世の者には見えない案内人の後に続いて屋敷の中へと入っていく。

「さあ、地獄の釜へと続く愉しい愉しい旅路に御一行様、ご案な~い」

 背後で屋敷の扉が勢い良く閉まった。
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