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聖都スチューデリア編
第弍百肆拾玖章 再生の兆し
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墨汁で塗ったような漆黒の瞳から退こうとするも体が全く動いてくれない。
「貴方様のお母上が亡くなられた時、あなた様はまだ目も開いていない乳呑み児だった。つまりお母上が亡くなる瞬間も先代様が剣を振り下ろされる様も見る事など出来ないはずなんで御座ンすよゥ」
「そ、そんな莫迦な事など……では五十年経った今もなお鮮明に残っている記憶は何なのだ?! この光景は誰が見たものなのだ?!」
「それを知る為にあなた様は今まさに地獄巡りをされているのですよゥ」
おシンは下卑た笑みを消して云った。
睨まれたワケでもないのにグレゴールはおシンの真っ直ぐな目と合わせる事が出来ずにそらしてしまう。
「地獄巡り……」
「ローゼマリー、しっかり致せ。私が支えているぞ」
よろけるグレゴールの肩をローデリヒが支える。
その正体が舅であり帝室を憎む地母豊穣会の枢機卿がおぞましい儀式で若き乙女を犠牲にして生まれ変わったものと知ったが、それでも愛した女性だ。
気持ちの整理は未だについていないが、力を無くしているのであれば支えないという選択肢はありえなかった。
ましてや彼女の胎には我が子がいるのである。
聖都スチューデリアでは慈母豊穣会は禁教とされてはいるが、ローデリヒにはこの状況を打破する秘策があった。
「触るな! 憎き帝室の奴儕めが!」
グレゴールはローデリヒの手を振り払うと、さりげなく肩にかけられていたマントをも剥ぎ取って床に叩きつけてしまう。
しかしゲルダの冷たい視線に気付き、何とも云えない感情に支配される。
ゲルダの目は明らかに"餓鬼の癇癪”に対する呆れが見て取れたからだ。
「スエズンの酒場で初めて会うた時はまだ威厳があったぞ。これまで信じていたものが虚構であると知り、足場が消え失せたかのような心持ちとなって荒れる気持ちも分からぬではないがな。現状で唯一の味方にその態度はあるまいよ」
「味方? 何を莫迦な! こやつは! こやつ…は……」
グレゴールの言葉は徐々に勢いを無くし小さくなっていく。
原動力であった憎悪の根底が揺らいでしまったからだ。
シャラン。
錫杖の音に顔を上げれば、おシンは回廊の遙か先にいた。
グレゴールがいかに醜態を晒そうと関心が無いのである。
音を鳴らしてやっただけ有り難いと思えと云わんばかりだ。
「おシンは待ってはくれぬそうじゃ。事の真相を知りたくば自らの足で立って歩くしかないぞ。無論、ワシは先に行く。云っておくがな。おシンは遅れてきた者に同じ話をしてくれるほどお人好しではないぞ。聞き損ねたくなくば、さっさと立て」
ゲルダは冷然と云い置くと、本当にグレゴールを置き去りにしかねぬ早さでおシンの後を追ってしまう。
「行こう。あなたは、いや、そなたは真相を知りたいのであろう」
グレゴール、否、ローデリヒの意思を尊重するのであればローゼマリーと呼称すべきであろう。
ローゼマリーはローデリヒのマントを掴むと肩にかけて立ち上がった。
「云われるまでもない。だが私はグレゴール=ユルゲン=ヴァイアーシュトラス、もはやローゼマリーと呼んでも応えぬと思え」
「それでも良い。立ち上がってくれるのならな」
微笑むローデリヒにローゼマリーは鼻を鳴らすと差し出された手には目もくれずに歩み出した。
「しかしマントは借りておく。礼を云うつもりは無いがな」
「うむ、では急ぐとしよう。聖女殿達の姿は既に見えぬ」
「うむ」
ローゼマリーの歩みは廃墟に入る前よりもしっかりとしていた。
「貴方様のお母上が亡くなられた時、あなた様はまだ目も開いていない乳呑み児だった。つまりお母上が亡くなる瞬間も先代様が剣を振り下ろされる様も見る事など出来ないはずなんで御座ンすよゥ」
「そ、そんな莫迦な事など……では五十年経った今もなお鮮明に残っている記憶は何なのだ?! この光景は誰が見たものなのだ?!」
「それを知る為にあなた様は今まさに地獄巡りをされているのですよゥ」
おシンは下卑た笑みを消して云った。
睨まれたワケでもないのにグレゴールはおシンの真っ直ぐな目と合わせる事が出来ずにそらしてしまう。
「地獄巡り……」
「ローゼマリー、しっかり致せ。私が支えているぞ」
よろけるグレゴールの肩をローデリヒが支える。
その正体が舅であり帝室を憎む地母豊穣会の枢機卿がおぞましい儀式で若き乙女を犠牲にして生まれ変わったものと知ったが、それでも愛した女性だ。
気持ちの整理は未だについていないが、力を無くしているのであれば支えないという選択肢はありえなかった。
ましてや彼女の胎には我が子がいるのである。
聖都スチューデリアでは慈母豊穣会は禁教とされてはいるが、ローデリヒにはこの状況を打破する秘策があった。
「触るな! 憎き帝室の奴儕めが!」
グレゴールはローデリヒの手を振り払うと、さりげなく肩にかけられていたマントをも剥ぎ取って床に叩きつけてしまう。
しかしゲルダの冷たい視線に気付き、何とも云えない感情に支配される。
ゲルダの目は明らかに"餓鬼の癇癪”に対する呆れが見て取れたからだ。
「スエズンの酒場で初めて会うた時はまだ威厳があったぞ。これまで信じていたものが虚構であると知り、足場が消え失せたかのような心持ちとなって荒れる気持ちも分からぬではないがな。現状で唯一の味方にその態度はあるまいよ」
「味方? 何を莫迦な! こやつは! こやつ…は……」
グレゴールの言葉は徐々に勢いを無くし小さくなっていく。
原動力であった憎悪の根底が揺らいでしまったからだ。
シャラン。
錫杖の音に顔を上げれば、おシンは回廊の遙か先にいた。
グレゴールがいかに醜態を晒そうと関心が無いのである。
音を鳴らしてやっただけ有り難いと思えと云わんばかりだ。
「おシンは待ってはくれぬそうじゃ。事の真相を知りたくば自らの足で立って歩くしかないぞ。無論、ワシは先に行く。云っておくがな。おシンは遅れてきた者に同じ話をしてくれるほどお人好しではないぞ。聞き損ねたくなくば、さっさと立て」
ゲルダは冷然と云い置くと、本当にグレゴールを置き去りにしかねぬ早さでおシンの後を追ってしまう。
「行こう。あなたは、いや、そなたは真相を知りたいのであろう」
グレゴール、否、ローデリヒの意思を尊重するのであればローゼマリーと呼称すべきであろう。
ローゼマリーはローデリヒのマントを掴むと肩にかけて立ち上がった。
「云われるまでもない。だが私はグレゴール=ユルゲン=ヴァイアーシュトラス、もはやローゼマリーと呼んでも応えぬと思え」
「それでも良い。立ち上がってくれるのならな」
微笑むローデリヒにローゼマリーは鼻を鳴らすと差し出された手には目もくれずに歩み出した。
「しかしマントは借りておく。礼を云うつもりは無いがな」
「うむ、では急ぐとしよう。聖女殿達の姿は既に見えぬ」
「うむ」
ローゼマリーの歩みは廃墟に入る前よりもしっかりとしていた。
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