36 / 41
副ギルド長の場合、再び
第拾弍章 温泉宿での攻防
しおりを挟む
盗賊ギルド・暗殺部門に所属している殺し屋・猿のアッフェは温泉に浸かりながら獲物が来るのを待ち構えていた。
盗賊ギルドにて首領の秘書・蝮のヴィーパーにより召集された殺し屋は四人、アッフェは先遣隊として『世界の境界』と呼ばれるダンジョンがあるとされるイービルマウンテンという如何にもな名前の山の麓にある村へ一人潜り込んでいた。
魔王を信仰する悪魔崇拝者の村という事もあって星神教によってイービルヴィレッジと名付けられてはいるが、蓋を開けてみれば善良な人々が穏やかに生活していて拍子抜けさせられたものである。
宿屋の主人にそれとなく“星神教に目を付けられて生きづらくないのか”と訪ねてみたところ五十年前までは確かにでっち上げに近い容疑をかけられて討伐隊を送り込まれてきたそうだが、その悉くを返り討ちにし、大神殿の前に裸で吊し上げる事を繰り返していたという。
「若い娘を裸にするのは少し残酷な気がしましたがね。神の代弁者を気取って、こちらの云い分を聞かずに攻撃してきたのですから自業自得ですな。生きているだけありがたいと思え、こうなりたくなければあの村に近づくなと仲間に伝えろと諭したのですよ」
それでも討伐隊はやって来たので業を煮やした村人達は有ろう事か当時の大僧正を攫い、大神殿の屋根の上に飾られている十字架に裸に剥いて張り付けにしたそうな。
初めこそ“天罰が下るぞ”と騒いでいたが、腹に刺青を入れ始めると次第に宥めるような口調になっていき、慈母豊穣会が信仰する地母神の姿を見事に彫りあげると顔面を蒼白させてしまう。星神教にとって地母神は最も忌避すべき存在であったからだ。
千年前、隆盛を極めていた星神教は驕り昂ぶり、地母神が治めていた土地を奪う為に彼女を淫魔へと貶め、信徒を殺戮したという暗黒の歴史があった。
だが彼らはその悪行により自らの最高神・太陽神アポスドルファによって天罰を下されて滅亡寸前まで追い込まれたのだそうな。
星神教徒ではない宿屋の主人とアッフェには彼らがどうやって許され、再び隆盛を取り戻したのかは知るところではないが、以来、慈母豊穣会と事を構える事は禁忌とされ、互いの勧誘活動がバッティングした際には星神教の方が引き下がるように指導されているという。
その地母神の姿を彫られるという事は大僧正にとっては死に勝る屈辱であり、恐怖であったのだ。その後、救出された彼は隠居を表明し、スチューデリアの片田舎にて引き籠もったというのであるから効果は覿面であったのだろう。
その結果、星神教はイービルヴィレッジから手を引いたのである。
そもそも討伐隊も負ければ殺されはしないものの裸に剥かれて晒されるという恥辱を味わわされるとあって士気は既にがたがたであったのもあるだろう。
「星神教を凹ますとは聞く分には小気味の良い話だが、ここの村人は神殿騎士を返り討ちにするほど強いのかね?」
「お客人も旅をしているのならミーケ将軍の悪名は耳にした事はあるでしょう」
「噂じゃ大層強いそうだね。そればかりか実に卑怯な事もするとか」
「あの人が正々堂々と戦った方が相手は危ないですよ。卑怯というのもダンジョンに仕掛けられた罠がミーケ将軍のお手製だってだけの話です」
「それで村人の強さとミーケ将軍の強さがどう繋がるのだね?」
「村人の殆どがミーケ将軍の薫陶を受けていると云う事ですよ」
なるほど、神殿騎士如きでは相手にならない訳だ。
子供ですらミーケ将軍に鍛えられているような村を襲う方がどうかしている。
「しかし星神教に勝ったんだ。村の名を変えようとは思わなかったのかい?」
「変えるも何もこの村の名前は初めからゲッティンと云うのですよ。星神教が勝手にイービルヴィレッジという呼び名を広めてしまったのです。今や完全に定着してしまったので訂正のしようが無いのですな。そのクセ、住所はゲッティンのままでして、イービルヴィレッジ宛てに手紙を出しても永遠に届くことはないでしょうね」
「道理でこの村宛てに手紙を出しても返されてしまう訳だ。ゲッティンという村の名、覚えておこうよ」
「ほう、この村に何か用事がお有りで?」
「風の噂で相当潤っている村を聞いていたのでね。商売をしようと思っていたのだよ」
小間物屋という触れ込みで村に潜入していたアッフェは商品を並べて見せた。
「これは…お客人、客層をお間違えではありませんか? 確かにこの村は余所と比べれば裕福ではありますがね。例えばこの口紅などお貴族様が使うような高級品でしょう。流石に分不相応かと思いますよ」
「い、いや、今時はこれくらいの品は庶民でも手が届く価格となっているものでござるよ。これなど拙者の妻も愛用してましてな。オススメですぞ!」
宿屋の主人は咄嗟に出てしまったアッフェの言葉遣いやどう考えても庶民が買えるようなレベルの物ではない化粧品や装飾品の数々に元は騎士か貴族の出ではないかと推察する。勿論、商人ではないのは明白だ。ここが裕福な村という噂を聞きつけたと云ってはいたが、それでも品揃えが高級すぎる。決して庶民に手が出せるような品ではないのだ。そんな事も分からない商人がいるはずがない。
もしかしたら盗品であるのかも知れない。まっとうに仕入れたのならば血の臭いがするはずがなかろう。
目的は何だ? 宿屋の主人が懸念しているのはその一点だ。
盗品を売りに来た? 否、盗品を買い取る故買屋なる者がいるのに態々辺鄙な村に売り付けに来る意味がない。
この村へ盗みに来た? 否、確かに村人の多くは小金を貯めているが、それだってここへ来るだけでも命懸けだったはず。態々遠征するなんて間尺が合わないにも程がある。だったら手持ちの盗品を金にする方が先だろう。
では本当の目的は何だ? アッフェの身の熟し、隙の無さ過ぎる足運び、そして何より盗品以上に醸し出される血の臭い。それは当人も自覚があるのか、香水を大量に吹き付けており、却って余計な異臭となって鼻を突いたものだ。
刺客か? では誰を狙っている?
村人の誰か? 否、人から怨みを買うような者はこの村には一人もいない。
ではミーケ将軍か? 否、数々の冒険者達が返り討ちに遭っている強者相手に一人というのは考えにくい。後で仲間が合流するにしても商人を名乗ってこの村へ訪れるというのも不可解だ。普通に冒険者を名乗った方が都合が良い。
ん? いや、むしろ冒険者では都合が悪いのか?
この村と縁があって冒険者を騙っては都合の悪い相手とくれば…クーアか!
つまり、このアッフェという男は盗賊ギルドの殺し屋に違いない。
世界中に“目”を持つ盗賊ギルドはクーアがこの村に逗留している事を掴み、刺客を放ったのだろう。
話は聞いている。星神教の神像強奪事件にクーアも絡んでおり、その際に盗賊ギルドの幹部、フォッグとミストを斃していた。その復讐か。
だがアッフェは長年対立してきた遺恨からか、冒険者と名乗ってもクーアならばすぐに見破ってしまうと考えたからか、商人に扮するという失態を犯していた。
斬るか、とも思ったが、仲間がいるのなら泳がせた方が良いと思い直す。
「そ、それでは私は温泉にでも入って来ようかね」
これ以上ここにいてはボロが出ると思ったのか、アッフェはそそくさとその場から逃げるようにして去った。
アッフェが温泉に入ったのは宿屋の主人からの追求を避ける為でもあったが、実はクーアの行動パターンを掴んでおり、この時間帯にクーアが湯に入ると分かっていたのだ。
ここの露天風呂はミーケ将軍が経営しているだけあって趣向を凝らしており、特に中央に設置した大岩はオブジェとしてだけではなく、他の客からの死角を作り出して各々好きな真似が出来るように計算されていた。
猿のアッフェにとってこの岩はお誂え向きであり、クーアの様子を伺える上にこの程度の岩は一足で跳び越えられるので奇襲をかけるのに持って来いなのである。
まさに猿の異名は伊達では無いという事だ。
「夏場の温泉も良いもんだよね」
「まあ、温めだし上気せる事もねェからな」
二人か…厄介だな。今日は取り止めるか?
いや、何が悪かったのか、宿の主には疑いの目を向けられているし、今日で決着をつけた方が良いだろう。
耳を澄ませば体を洗っている様子だ。ここの温泉はルールに厳しく、まず洗い場で体を洗ってからでないと温泉に浸かってはいけないそうな。
面倒なと思ったが、それで宿を追い出されては本末転倒だとアッフェは律儀に従っていたものだ。
「さあ、綺麗になったし温泉に入ろうか」
よし、入ったか。何やらガシャガシャ五月蠅いのは気になるが、顔を出して見つかってしまっては元も子もない。
アッフェはじっとクーアの気配を探る。
「それにしても君、まだ剥けないんだ? 僕はもうとっくに剥けてるよ?」
「五月蠅ェな。皮が上手く剥がれねェンだから仕方ねェだろ?」
「ほら、僕に任せて。綺麗に剥いてあげるから」
「よせって! 自分で出来るよ!」
「良いから、良いから…ほら、綺麗に剥けたよ。艶々でぷにぷにしてて可愛い」
「つつくな、つまむな、人の物を」
「ほら、口を開けて…美味しいかい?」
「ああ、とろとろで美味しいよ」
こいつは驚いた。
蝮の兄貴が“オカマ野郎”と云っていたが男同士で乳繰り合ってやがる。
今なら殺れるか? 如何にクーアといえどもヤってる時は無防備だろう。
もう一人は可哀想だが殺しの現場を見てしまっては口を封じるしかない。
アッフェは覚悟を決めると、左腕の皮膚の下に隠していた千枚通しにも似ている凶器を引き出した。
死んで貰うぜ、クーア。蝮の兄貴が窃盗部門の統括に昇進すれば、俺も殺し屋なんて汚れ仕事をしなくても良くなるんだ。これで俺も盗賊として華々しくデビュー出来るってもんだ。
アッフェはほくそ笑むと、一足に大岩の上に跳び乗った。
死ね! クーア!!
躍り懸かった瞬間、何かで体を巻取られて、恐ろしい力で締めつけられてしまう。
「マジで引っ掛かりやがった。こんな見え見えの罠に飛び込むか、普通?」
『意外とね、情事にふけっていると思い込ませると殺し屋も油断するみたいだね』
「何が情事だ。温泉玉子を食ってただけじゃねェか」
『けど、じっとこちらを窺っていた誰かさんはそう信じたみたいだよ』
何だ? 何が起こった?
理解出来たのは暗殺に失敗した事と骨が折れんばかりに締めつけられている事だ。
『覚えておくんだね。裸になっても無防備になるどころか、むしろ危険になる存在もこの世にはいるって事をね』
「クーア……なの…か?」
間違いなく手配書に描かれている女の子のような柔和な童顔がそこにあった。
しかし、そこにいたのは異形としか云えないモノである。
まず頭にあった二本の髪飾りが伸びて蜈蚣の触角のようになっていた。
腕に蜈蚣の甲羅を思わせる意匠の手甲が装着されていると報告にあったが、それはガントレットどことか肩まで覆っていたのだ。
更に腹周りを黒くて堅いものに覆われているが防具とは思えない。明らかに昆虫の外骨格のようにしか見えない。
下半身は最早、人ではなく、無数の節足が並んだ巨大な蜈蚣のようで、それがアッフェの体を締めつけていたのだ。
分かりやすく云えば、巨大な蜈蚣の頭部の代わりに外骨格に覆われた人間の上半身、正確には鼠蹊部から上の部分が繋がっていた。
しかも生身の人間の部分は頭部と胸部のみという有り様である。
『ここは“見ーたーなー?!”って云うところかな?』
「じゃあ、僕は“はーなーせー”って云うよ」
『却下』
「何でだよ?!」
クーアにお姫様抱っこにされているミーケ将軍が彼の頭を叩いているのを、アッフェは呆気に取られて見詰めるしかなかった。
『さあて、僕の記憶違いじゃなければ、盗賊ギルド御抱えの殺し屋・猿のアッフェ君? 誰に雇われたか教えて貰おうか』
名前を云い当てられて愕然としているアッフェに対してクーアは今まで見せた事の無いニンマリとした笑みを浮かべて、更に彼の胴を締め上げるのだった。
盗賊ギルドにて首領の秘書・蝮のヴィーパーにより召集された殺し屋は四人、アッフェは先遣隊として『世界の境界』と呼ばれるダンジョンがあるとされるイービルマウンテンという如何にもな名前の山の麓にある村へ一人潜り込んでいた。
魔王を信仰する悪魔崇拝者の村という事もあって星神教によってイービルヴィレッジと名付けられてはいるが、蓋を開けてみれば善良な人々が穏やかに生活していて拍子抜けさせられたものである。
宿屋の主人にそれとなく“星神教に目を付けられて生きづらくないのか”と訪ねてみたところ五十年前までは確かにでっち上げに近い容疑をかけられて討伐隊を送り込まれてきたそうだが、その悉くを返り討ちにし、大神殿の前に裸で吊し上げる事を繰り返していたという。
「若い娘を裸にするのは少し残酷な気がしましたがね。神の代弁者を気取って、こちらの云い分を聞かずに攻撃してきたのですから自業自得ですな。生きているだけありがたいと思え、こうなりたくなければあの村に近づくなと仲間に伝えろと諭したのですよ」
それでも討伐隊はやって来たので業を煮やした村人達は有ろう事か当時の大僧正を攫い、大神殿の屋根の上に飾られている十字架に裸に剥いて張り付けにしたそうな。
初めこそ“天罰が下るぞ”と騒いでいたが、腹に刺青を入れ始めると次第に宥めるような口調になっていき、慈母豊穣会が信仰する地母神の姿を見事に彫りあげると顔面を蒼白させてしまう。星神教にとって地母神は最も忌避すべき存在であったからだ。
千年前、隆盛を極めていた星神教は驕り昂ぶり、地母神が治めていた土地を奪う為に彼女を淫魔へと貶め、信徒を殺戮したという暗黒の歴史があった。
だが彼らはその悪行により自らの最高神・太陽神アポスドルファによって天罰を下されて滅亡寸前まで追い込まれたのだそうな。
星神教徒ではない宿屋の主人とアッフェには彼らがどうやって許され、再び隆盛を取り戻したのかは知るところではないが、以来、慈母豊穣会と事を構える事は禁忌とされ、互いの勧誘活動がバッティングした際には星神教の方が引き下がるように指導されているという。
その地母神の姿を彫られるという事は大僧正にとっては死に勝る屈辱であり、恐怖であったのだ。その後、救出された彼は隠居を表明し、スチューデリアの片田舎にて引き籠もったというのであるから効果は覿面であったのだろう。
その結果、星神教はイービルヴィレッジから手を引いたのである。
そもそも討伐隊も負ければ殺されはしないものの裸に剥かれて晒されるという恥辱を味わわされるとあって士気は既にがたがたであったのもあるだろう。
「星神教を凹ますとは聞く分には小気味の良い話だが、ここの村人は神殿騎士を返り討ちにするほど強いのかね?」
「お客人も旅をしているのならミーケ将軍の悪名は耳にした事はあるでしょう」
「噂じゃ大層強いそうだね。そればかりか実に卑怯な事もするとか」
「あの人が正々堂々と戦った方が相手は危ないですよ。卑怯というのもダンジョンに仕掛けられた罠がミーケ将軍のお手製だってだけの話です」
「それで村人の強さとミーケ将軍の強さがどう繋がるのだね?」
「村人の殆どがミーケ将軍の薫陶を受けていると云う事ですよ」
なるほど、神殿騎士如きでは相手にならない訳だ。
子供ですらミーケ将軍に鍛えられているような村を襲う方がどうかしている。
「しかし星神教に勝ったんだ。村の名を変えようとは思わなかったのかい?」
「変えるも何もこの村の名前は初めからゲッティンと云うのですよ。星神教が勝手にイービルヴィレッジという呼び名を広めてしまったのです。今や完全に定着してしまったので訂正のしようが無いのですな。そのクセ、住所はゲッティンのままでして、イービルヴィレッジ宛てに手紙を出しても永遠に届くことはないでしょうね」
「道理でこの村宛てに手紙を出しても返されてしまう訳だ。ゲッティンという村の名、覚えておこうよ」
「ほう、この村に何か用事がお有りで?」
「風の噂で相当潤っている村を聞いていたのでね。商売をしようと思っていたのだよ」
小間物屋という触れ込みで村に潜入していたアッフェは商品を並べて見せた。
「これは…お客人、客層をお間違えではありませんか? 確かにこの村は余所と比べれば裕福ではありますがね。例えばこの口紅などお貴族様が使うような高級品でしょう。流石に分不相応かと思いますよ」
「い、いや、今時はこれくらいの品は庶民でも手が届く価格となっているものでござるよ。これなど拙者の妻も愛用してましてな。オススメですぞ!」
宿屋の主人は咄嗟に出てしまったアッフェの言葉遣いやどう考えても庶民が買えるようなレベルの物ではない化粧品や装飾品の数々に元は騎士か貴族の出ではないかと推察する。勿論、商人ではないのは明白だ。ここが裕福な村という噂を聞きつけたと云ってはいたが、それでも品揃えが高級すぎる。決して庶民に手が出せるような品ではないのだ。そんな事も分からない商人がいるはずがない。
もしかしたら盗品であるのかも知れない。まっとうに仕入れたのならば血の臭いがするはずがなかろう。
目的は何だ? 宿屋の主人が懸念しているのはその一点だ。
盗品を売りに来た? 否、盗品を買い取る故買屋なる者がいるのに態々辺鄙な村に売り付けに来る意味がない。
この村へ盗みに来た? 否、確かに村人の多くは小金を貯めているが、それだってここへ来るだけでも命懸けだったはず。態々遠征するなんて間尺が合わないにも程がある。だったら手持ちの盗品を金にする方が先だろう。
では本当の目的は何だ? アッフェの身の熟し、隙の無さ過ぎる足運び、そして何より盗品以上に醸し出される血の臭い。それは当人も自覚があるのか、香水を大量に吹き付けており、却って余計な異臭となって鼻を突いたものだ。
刺客か? では誰を狙っている?
村人の誰か? 否、人から怨みを買うような者はこの村には一人もいない。
ではミーケ将軍か? 否、数々の冒険者達が返り討ちに遭っている強者相手に一人というのは考えにくい。後で仲間が合流するにしても商人を名乗ってこの村へ訪れるというのも不可解だ。普通に冒険者を名乗った方が都合が良い。
ん? いや、むしろ冒険者では都合が悪いのか?
この村と縁があって冒険者を騙っては都合の悪い相手とくれば…クーアか!
つまり、このアッフェという男は盗賊ギルドの殺し屋に違いない。
世界中に“目”を持つ盗賊ギルドはクーアがこの村に逗留している事を掴み、刺客を放ったのだろう。
話は聞いている。星神教の神像強奪事件にクーアも絡んでおり、その際に盗賊ギルドの幹部、フォッグとミストを斃していた。その復讐か。
だがアッフェは長年対立してきた遺恨からか、冒険者と名乗ってもクーアならばすぐに見破ってしまうと考えたからか、商人に扮するという失態を犯していた。
斬るか、とも思ったが、仲間がいるのなら泳がせた方が良いと思い直す。
「そ、それでは私は温泉にでも入って来ようかね」
これ以上ここにいてはボロが出ると思ったのか、アッフェはそそくさとその場から逃げるようにして去った。
アッフェが温泉に入ったのは宿屋の主人からの追求を避ける為でもあったが、実はクーアの行動パターンを掴んでおり、この時間帯にクーアが湯に入ると分かっていたのだ。
ここの露天風呂はミーケ将軍が経営しているだけあって趣向を凝らしており、特に中央に設置した大岩はオブジェとしてだけではなく、他の客からの死角を作り出して各々好きな真似が出来るように計算されていた。
猿のアッフェにとってこの岩はお誂え向きであり、クーアの様子を伺える上にこの程度の岩は一足で跳び越えられるので奇襲をかけるのに持って来いなのである。
まさに猿の異名は伊達では無いという事だ。
「夏場の温泉も良いもんだよね」
「まあ、温めだし上気せる事もねェからな」
二人か…厄介だな。今日は取り止めるか?
いや、何が悪かったのか、宿の主には疑いの目を向けられているし、今日で決着をつけた方が良いだろう。
耳を澄ませば体を洗っている様子だ。ここの温泉はルールに厳しく、まず洗い場で体を洗ってからでないと温泉に浸かってはいけないそうな。
面倒なと思ったが、それで宿を追い出されては本末転倒だとアッフェは律儀に従っていたものだ。
「さあ、綺麗になったし温泉に入ろうか」
よし、入ったか。何やらガシャガシャ五月蠅いのは気になるが、顔を出して見つかってしまっては元も子もない。
アッフェはじっとクーアの気配を探る。
「それにしても君、まだ剥けないんだ? 僕はもうとっくに剥けてるよ?」
「五月蠅ェな。皮が上手く剥がれねェンだから仕方ねェだろ?」
「ほら、僕に任せて。綺麗に剥いてあげるから」
「よせって! 自分で出来るよ!」
「良いから、良いから…ほら、綺麗に剥けたよ。艶々でぷにぷにしてて可愛い」
「つつくな、つまむな、人の物を」
「ほら、口を開けて…美味しいかい?」
「ああ、とろとろで美味しいよ」
こいつは驚いた。
蝮の兄貴が“オカマ野郎”と云っていたが男同士で乳繰り合ってやがる。
今なら殺れるか? 如何にクーアといえどもヤってる時は無防備だろう。
もう一人は可哀想だが殺しの現場を見てしまっては口を封じるしかない。
アッフェは覚悟を決めると、左腕の皮膚の下に隠していた千枚通しにも似ている凶器を引き出した。
死んで貰うぜ、クーア。蝮の兄貴が窃盗部門の統括に昇進すれば、俺も殺し屋なんて汚れ仕事をしなくても良くなるんだ。これで俺も盗賊として華々しくデビュー出来るってもんだ。
アッフェはほくそ笑むと、一足に大岩の上に跳び乗った。
死ね! クーア!!
躍り懸かった瞬間、何かで体を巻取られて、恐ろしい力で締めつけられてしまう。
「マジで引っ掛かりやがった。こんな見え見えの罠に飛び込むか、普通?」
『意外とね、情事にふけっていると思い込ませると殺し屋も油断するみたいだね』
「何が情事だ。温泉玉子を食ってただけじゃねェか」
『けど、じっとこちらを窺っていた誰かさんはそう信じたみたいだよ』
何だ? 何が起こった?
理解出来たのは暗殺に失敗した事と骨が折れんばかりに締めつけられている事だ。
『覚えておくんだね。裸になっても無防備になるどころか、むしろ危険になる存在もこの世にはいるって事をね』
「クーア……なの…か?」
間違いなく手配書に描かれている女の子のような柔和な童顔がそこにあった。
しかし、そこにいたのは異形としか云えないモノである。
まず頭にあった二本の髪飾りが伸びて蜈蚣の触角のようになっていた。
腕に蜈蚣の甲羅を思わせる意匠の手甲が装着されていると報告にあったが、それはガントレットどことか肩まで覆っていたのだ。
更に腹周りを黒くて堅いものに覆われているが防具とは思えない。明らかに昆虫の外骨格のようにしか見えない。
下半身は最早、人ではなく、無数の節足が並んだ巨大な蜈蚣のようで、それがアッフェの体を締めつけていたのだ。
分かりやすく云えば、巨大な蜈蚣の頭部の代わりに外骨格に覆われた人間の上半身、正確には鼠蹊部から上の部分が繋がっていた。
しかも生身の人間の部分は頭部と胸部のみという有り様である。
『ここは“見ーたーなー?!”って云うところかな?』
「じゃあ、僕は“はーなーせー”って云うよ」
『却下』
「何でだよ?!」
クーアにお姫様抱っこにされているミーケ将軍が彼の頭を叩いているのを、アッフェは呆気に取られて見詰めるしかなかった。
『さあて、僕の記憶違いじゃなければ、盗賊ギルド御抱えの殺し屋・猿のアッフェ君? 誰に雇われたか教えて貰おうか』
名前を云い当てられて愕然としているアッフェに対してクーアは今まで見せた事の無いニンマリとした笑みを浮かべて、更に彼の胴を締め上げるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで魔物の大陸を生き抜いていく〜
西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」
主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。
生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。
その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。
だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。
しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。
そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。
これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。
※かなり冗長です。
説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~
於田縫紀
ファンタジー
交通事故で死んだ筈の私は、地球ではない星の一室にいた。ここは地球からみて異世界で、人口不足の為に他世界から移民を求めており、私も移民として転移させられたらしい。ただし移民だから言葉は通じないし生活習慣も違う。だから正式居住までの1年間、寮がある施設で勉強することになるようだ。
突然何もかも変わって、身体まで若返ってしまった私の、異世界居住の為の日々が始まった。
チートなし、戦闘なし、魔物無し、貴族や国王なし、恋愛たぶんなしというお話です。魔法だけはありますが、ファンタジーという意味では微妙な存在だったりします。基本的に異世界での日常生活+α程度のお話です。
なお、カクヨムでも同じタイトルで投稿しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる