最上恋愛

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第60話「ハルと光瑠」

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「トモくんきっと疲れてるんでしょ?呼ばなくて良いよ。私、ハルくんがいるならハルくんとお話がしたいな」

ふんわりと柔らかく笑う優しい子だった。
晴也は光瑠にそれを誰とも聞かなかったが、その病的な目を見て優しく微笑み返した。

(ユキが付き合ってた子かな)

馴れ馴れしい呼び方にも、態度にも何とも思わず、晴也は2人を家にあげてリビングのL字のソファに座らせた。
昨日作っておいた麦茶を出すと、彼女は楽しそうにそう言ったのだ。

「そう?ごめんね、寝てるんだ」
「何でハルくんが謝るの?全然困らないよ。後で私が起こしに行くもの」
「ん?そうなの?」

光瑠は気まずそうに、麦茶に手をつけずただ「黙ってくれ」と願うように俯いて手を組んで肩を震わせている。

「んーと、ごめん。俺に、用事なの?」

晴也はテーブルを挟んでソファの向かい、ラグの上に座った。
2人を見上げている。
日が暮れ始めていた。

「そうなの。あのね、この家から出て行ってほしいの」

あまりにも丁寧な、そして放つ言葉全てがどこかにふわふわと飛んでいってしまいそうな、よく分からない喋り方をされる。

「あ、そうなんだ。どうして?」

何となく、晴也は彼女に違和感を覚えた。

「だってここはトモくんのお家でしょ?どうしてハルくんが我が物顔でいるの?」

そこでチラリと光瑠を見たが、彼は黙り込んでいる。
前に光瑠が智幸の家に来た事があったから彼がここを知っているのは分かるとして、きっとこの目の前の気が狂ったような女に連れて行けと言われたんだろうなと察した。
晴也はテーブルに頬杖を付き、面倒そうに唸った。

「どうしてって言われても、、ユキにいろって言われてるし、ユキの親にも許可取ってるし」

食費の事もあり、晴也は彼の母親に同居すると決めた日の内に連絡をしてしまっている。

「トモくんはハルくんにここにいろなんて言ってないと思う。私、ずっと連絡取ってるんだけど、ハルくんが家に居座ってて迷惑って言ってたよ」
「原田、もういいだろ、なあ」

そこまできてやっと光瑠が口を開いた。
無論、彼女が連絡を取っていると言う智幸が本当にそんな事を言ったのであれば、今日はまもなく空から槍が降るだろう。
それだけありえない事をサラサラと言って退けていく原田に、晴也は哀れみにも似た優しい表情を浮かべた。

「あのね、ハルくん」

怯まず、原田は続ける。

「私のお腹にはトモくんの赤ちゃんがいるの。トモくんは私の旦那さんになるし、この子のパパになるの。だからハルくんは邪魔なの。分かるかな?」

へっこみ切った平らな腹を撫でながら、彼女は恍惚とした顔をした。

「原田!!」
「ハルくん。トモくんのストーカーも、私のストーカーもやめて?私、ちゃと準備して赤ちゃん生みたいの。だから、」
「原田やめろって!!」

光瑠が隣にいる原田の肩を掴み、グッと揺さぶる。
けれど彼女は晴也から視線を外す事なく、麦茶も飲まず、瞬きすら忘れて彼を凝視している。
夏の夕方、そこには異様な空気を纏った少女が出来上がってしまっていた。

(まあ、俺とユキのせいなんだろうなあ)

あの日のちゃんと話し合って来たと言う言葉に偽りはなかったのだから、きっと智幸は今の彼女の状態を分かっていない。
晴也は段々と見えてきた背景に一度ため息を付き、原田の白いワンピースを纏った腹を眺めた。

(光瑠くんの反応的に、妊娠も嘘だろうし)

だからと言ってただ追い返したとしても彼女は帰らないだろうし、これは収まらないだろう。
よくよく考えれば、どうして自分をこんなにも敵対視しているのかと考えた。
あくまで男の晴也を。

(ユキのやつ、口滑らせたんだろうなあ)

彼女がそこまで察しがいいとも思えず、晴也はすぐさま智幸の顔を思い浮かべた。
ぼんやりしているところがあるから仕方ないかとも思ったが、後でお説教はしようと思う。
また面倒そうなか弱そうな、そして精神的に脆そうな子を捕まえたものだなと呆れた。

「原田さん、でいいのかな」
「うん」
「ウシくんごめん、コイツ今、」
「光瑠くん、いいよ。大丈夫だよ」

冷や汗をかいている光瑠に笑って返すと、彼は眉根を下げて狼狽えている。
晴也は原田に罪悪感は感じないが、少し責任は感じた。
初めから自分を選ぶだろう智幸と自分のいざこざに巻き込み、一時的に彼と付き合い、支えてくれたのだろう彼女に感謝すらしている。

「ちゃんと話すのははじめてだよね。こんにちは、原田さん」
「こんにちは、ハルくん。初めてなんて言うけど、ずっと私のことつけてたよね?トモくんのこともストーカーしてる。私知ってるの」
「うん、してないけど、何でそう思っちゃったのかな?」

心が壊れている。
完全にそうかと言うと、そうではなさそうだな、と晴也は胸の奥で思った。

(元々はそうとう真面目でまともな女の子なんだろうな)

一見、言っている事もやっている事もストーカーじみていて、どこかもう現実を受け止められないと言う気の狂った様な雰囲気は纏っているものの、時折り微かに指が震えている。
優雅に見せていても脚に力が入っていて、先程、持ち上げていたかかとを床に落としている途中に膝が震えたのが見えた。

(この子は自分が何を言ってて、今、どんなことをしてるかまで頭に入ってて、それでも止められないんだ)

晴也は頬杖をつきながらぼんやりと原田を眺め続ける。

「何でそう思ったって、事実だもの」

薄く化粧された顔は美しいけれど、最近の子に追いついているかと言われれば微妙だ。
慣れていない、と言う感じする。

「事実じゃないよ」
「ハルくんがそう思いたいだけでしょ」

埒があかない。
このままでは自分の家での夕食の時間に遅れるな、とチラリとキッチンのカウンターの上に置かれた時計を見た。
16時半を回った。

(ユキも、夕飯前に起こしておっぱい吸わせないとまたぶーたれそうだし)

授乳は、寝る前と起きてすぐは最早身に染み付いてきた。

「大体、男の人なのにトモくんに色眼鏡使うなんて気持ち悪い」

彼女のそんな言葉に、また「うーん」と唸る。

「、、、俺とユキはずーっとお互いのこと好きだったから、もう男同士とか気にしてる暇ないんだよね。初恋同士だろうし、、俺以外に恋するって、アイツはもうその感覚も分からないと思うよ」

ピク、と光瑠の肩が揺れた。

「光瑠くん」
「ぁ、」

どこか、その話を聞くのが申し訳ないとでも言う様に、眉毛はハの字に垂れ下がっていた。
晴也は光瑠を見つめて、ニコ、と微笑んだ。

「俺とユキはそう言う関係なんだけど、それでも俺とユキの友達でいてくれる?」
「、、もちろ、」

バンッ!!

「っ、、原田?」

震える程力を込めて握られた小さな拳が、テーブルに叩きつけられた音だった。

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