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世紀末のジャーナリスト
17.スイーツプラネタリウム
しおりを挟むラジオから声が流れている。
『おはよう生存者、くたばれ略奪者、そして……おやすみ死人たち、永遠にね。さて、今日も死者のはびこる世界から、水星みきちゃんの生ラジオがはっじまるよー!
みんな覚えてる? 一年ほど前に世界が変わっちゃったこと。あの日、映画から飛び出してきたゾンビたちが世界を支配した。でも、まだまだ私たちは生きてる、人類は滅んだりしない! 今日を生き抜けば、それは未来に繋がるよ。
さーて、高層マンションで生きる過去にしがみつくブルジョワたちに、要塞化したショッピングモールのサバイバー、それに遊牧民の皆さまへ、このラジオをお届けします。文明に戻りたければ、ときどき自衛隊のヘリが来るから手を振ってみなよ。幸いにも、伊豆諸島や小笠原諸島はゾンビたちの被害が少なかったみたいだから、受け入れてくれるかもよ。私はラジオ一筋なので、遠慮するけど。
それでは、今日の曲いってみよー! わたしの独断と偏見と趣味で選んだセットリストをどうぞ!』
○
「ハンバーガー」
「ハンバーガー……ええっ、いけそうですけど?」
「どうやってだよ。肉とパンと新鮮な野菜、それにソース」
「じゃあ……ザッハトルテ!」
「なんだよそれ? 魔法の呪文か?」
「ケーキですよ! チョコレートケーキの王様です。橘くんはもうちょっとスイーツの教養を深めてください」
「知るかよ。なら……クレープ」
「クレープ……ああ、無理ですね。この世界じゃ甘いお菓子は遠い夢のまた夢……ホイップはきっと腐ってますし……」
透と真穂は拠点のソファ寝転がりながら、あるゲームに興じていた。この世界で再現できない、二度と食べれそうにない食べ物を、どちらがより多くあげれるかというゲームだ。こんなことをしても、何の意味もないことは二人とも承知の上だった。暇つぶしのために満たされるのは、虚しさのみ。
「ああっ……シュークリーム! ロールケーキ! フロランタン! エクレア! プリン! ゴゴリッモゴリッ!」
「ちょっと待て、最後なんて言った?」
「ゴゴリッモゴリッですか?」
「ゴゴ……なんだよそれ」
「ミルクセーキです。ああ……カキ氷に甘納豆、ババロアにパンケーキ、それにタピオカミルクティー! 全部過去の遺産なんですね、橘くん……」
真穂は残念そうに呟くと杖を天井に向けた。そして魔法でスイーツの絵を描き始めた。まるで星座のように次々と真穂の食べたいものが天井に完成していく。ケーキ座、シュークリーム座、カキ氷座、やがて天井は甘いお菓子のイラストで埋め尽くされた。
「……やめましょうか」
「そうだな」
再びボーッとする時間が増えていく。透も食料を探しにいく気力はなかった。一応備蓄としては半日分はあるが心もとない。
ドアを開けっ放しにした部屋の外では、死者たちが見えない壁に四苦八苦していた。透たちを見つけて歩いてくるものの、結界に頭をぶつけては押し返され、その繰り返し。目の前に好物の肉があるのに生殺しに近いだろうな、と透は思った。
「橘くん」
不意に真穂が呼んでくる。
「そろそろこの土地も無くなりそうです」
「魔力か?」
「はい。とりあえず杖と箒に保存します」
透は仕方なく身体を起こした。
魔力切れ。そうなれば、もうここにいる意味はない。
真穂によれば、土地に眠っている魔力を使わせてもらうことで魔法が使用できるらしい。その貯蔵がなくなれば、ほとんどの魔法は使えなくなる。ガス欠と同じだ。そうなれば結界も作れず、魔力の宿ってない土地で一夜を明かすとなると、死者が侵入できないように、バリケードを築くしかない。
「とりあえずなんか探してくる」
「了解です。終わったら暗くなる前に出発しましょう」
探索してないエリアはまだあるが、物資が見つかるかどうかは運次第になる。真穂の仕事が済むまではその辺をぶらついて、今後の旅の備えを確保しておかなければならない。
透は立ち上がると、ほとんど空のバックパックとバットを持って探索の準備を開始した。
「なにか魔法かけましょうか?」
「視認拒否だけでいい。バットはまだ強化されてるし。あと、無線機の電源入れるなよ」
「はい……あっ、もし向こうからこっちに来たら?」
「無視しろ。つーか、あげれる食料がねえことわかってるか?」
「それは盲点でした」
真穂は笑う。笑い事ではないんだが、と思いながら、透は結界の外に集まる死者たちをぶっ飛ばしていった。
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