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第十五話「茶臼で挽け!緑さん!」
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「レシピ本を盗んだ犯人ですよね…緑さん」
「…何を言ってるか、分からないわ。モモちゃん」
惚(とぼ)ける様子を見せる緑。二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「…」
「…」
「…まぁ、そうですよね」
「びっくりしたわ。どうしたの?急に」
「いえ…」
歯切れの悪い返事を飛ばしながら説明を受けた緑は次のように意見を纏(まと)めた。
「つまり…
鍵を盗んだ犯人が分からなくなって、誰も彼もを疑うようになってしまったのね」
「そうなんです」と肩を落としながら悲しそうに言葉を零す。
「何か作ろうか?」
「じ、じゃあ、ピーチティーを」
「はーい」と優しげな色を含んだ返事が返ってきた背中に問いかけた。
「緑さんは誰が犯人だと思いますか?」
「え…?」
突然の質問に沈黙する緑。
「私は…紅花だと思うんです」
「…」
ピーチティーを作る手が止まる。目だけを動かし、
「どうして?何か証拠でもあるの?」
「いえ…」
翌日 快慶門高校 一年二組 教室
「麦っ!」
「は、はい!?」
「いや…駄目だな…」
萌木(もえぎ)檸檬(れもん)は自分の席で友達である麦に話しかける練習をしていた。
昨日、父親から聞いた麦が二千万円を要求した話が原因で話しづらい状況下に置かれているのだ。
麦はまだ登校しておらず、二千万円のことを檸檬が知っているとは知らない。
「友達になったはずなのにどうして話しかけにくいんだろう…」
よくよく考えてみれば一千万円の大金を前に人格が変わってしまってもおかしくないのかもしれない。
しかし、ショックだったのだ。麦が受け取る…ましてや、さらに倍の金額を要求する人間だと思わなかったのだ。
「何だ…私もお金に拘(こだわ)る人間なのか…一千万円を前に入場を取る人間なんて少ないと言うのに…」
贅沢(ぜいたく)な暮らしをしていたためか一千万円に対する感覚が一般人と全く同じではない事は理解しているのだが、とは言っても…
「それほど停学のことを気にしていたって事なのかな…?」
心の内に泳ぎ回る不安が思わず口から飛び出てしまった。慌てて周囲を見渡すが、誰も聞いてもういなかったようだ。
「ふぅ…危なかった」
「何が危なかったの!?」
「…!?」
刹那(せつな)、背後から麦の声が心臓を貫(つらぬ)くように飛んできた。
「む、麦来てたんだ」
「うん」
大きめのスクールカバンを手にした、麦が椅子に座る檸檬を不思議そうに見下ろしている。
「い、いや…別に何でもない…」
「ふぅーん」
と、言葉を残し自分の席へ帰っていった。
檸檬は同じクラスに友達が麦(ひとり)しかいないが、彼女は違う。ほら、前の席に座る気弱そうなメガネ少女と仲良く話をしているのだ。
「はぁ…」
寂しげなため息自室の席の周りだけに広がる。しかし大丈夫かと声が飛んでくることもなく、教室は私語に包まれている。
(麦(かぎ)のことを誰かに言ったほうがいいのかなぁ…)
ふと、そんな言葉が勝手に口についてきた。
店長に行った方がいいのかな…いや、でも落ち込むだろうし…
緑さんに言ったほうがいいのか?…でも、最近疲れている様子だから頼りすぎのやめとこう…
紅花はなし…
と、五人に鍵(むぎ)のことをカミングアウトしたシーンを浮かべてみるが、どれを選んでもハッピーエンドにはならなそうだ。
(このまま喫茶店は終わっていくのかな…)
幼い頃から思い出いっぱいの大好きな喫茶店。
しかし、あの盗難事件をきっかけに喫茶店面々の関係性が薄れていきつつあるのは確かだ。
共に働くメンバーの中に誰か一人裏切り者がいるという認識は信頼関係に大きく影響している。
未だ誰かははっきりとしておらず、それぞれがそれぞれを不審に思う時間も多々あるだろう。
「よし、麦に言おう!」
言葉には出さなかったが、話すきっかけともなるため彼女の席へ向かった。
「ねぇ、ちょっといい?」
「ん?」
「話があるんだけど…廊下(そと)でいいかな?」
「分かった」
外で会話をすることに不自然さを感じつつも素直に一緒に出てくれた麦は肌寒い廊下に着いた途端(とたん)、口を開く。
「どうしたの?」
「…ねぇ…麦が鍵を盗んだの?」
「…」
「…」
場に緊張が走った。しかし、それは長くは続かなかった。
キーンコーンカーンコーン
タイミングがいいのか悪いのかチャイムが二人の大事な会話を途切れさせる。
「…え?なんで?」
信じられないと言う顔でこちらを見つめてくる麦。
いや、なんでもないの。ごめんと謝罪の言葉を口にしここはチャイムに従って、席に着くことにした。
そして、数時間後。
二人の間に気まずい壁が立ち始めた。
それも麦を感じているようで、いつもなら一緒にアルバイトもしくは自宅へと向かっているのだが今回は珍しく一人で帰っている。
「…」
一人なので沈黙を口にしながら、バスの中の子豪BGMに帰路を辿っていく。
途中、暇だったので近くの本屋に参考書を買いに行ったので帰りが遅いお手伝い(メイド)が心配しているだろう。
特に何もあることなくいつも通りを歩み、辿り着いた自宅の玄関。
オートロックの玄関を「ひらけごま!」…ではなく八桁のパスワードで開け、入る。すると、いつもとは違う何かに目を見開いた。
「誰か…来てるの?」
と、同じ快慶門高校の紋章が記された靴が一束丁寧に置かれていたのだ。
近くにいたメイドによると麦がここに来ているらしい。
「ど、どうして麦が!?」
「さ、さぁ…」
首を傾(かし)げるメイドを押しのけて、大樹に向かう先は父親柑橘(かんきつ)の書斎(しょさい)だ。
昨日父親から聞いた通り二人は面識がある。
罪悪感を感じて大金を返しに来たのか、はたまた別の要求をしに来たのか…真相を探るべく無駄に長い廊下を全速力で駆けて行く。
「お父様!麦!」
バダン!と吹っ飛んでしまいそうな程、扉を勢い良く開けたその先にはやはり麦と父親が書斎(しょさい)を挟んで対峙(たいじ)していた。
「檸檬ちゃんっ!?」
「檸檬!帰っていたのか…!」
二人ともほぼ同時に檸檬の名前を呼んだ。
「麦なんで家にいるの!」
檸檬が帰ってくるのは早かったのだろうか、硬直(こうちょく)した麦は動揺が隠し切れていない声でこう言った。
「私はお父様に話があったの」
すると、柑橘に向き直り、話を再開させた。
「私は誰にもいないって約束しましたよね」
「…疑っているようだが私は言っていないぞ」
「嘘だ。檸檬ちゃんが今朝言っていましたよ。私が鍵を渡した犯人だって」
今朝1時間目が始まる前の話を受けて檸檬亭(ここ)に来たのだろう。
「私は言いましたよね。二千万円を頂く代わりに喫茶店の鍵を渡したことは誰にも言わないで欲しいと」
すると、場に緊張が走った。
「お父様!嘘をつい…「違う!」
柑橘(かんきつ)の怒号(どごう)が覆(おお)い被さる。
その声に驚いたようで、目を瞑(つぶ)る麦。
麦には申し訳ないが、親子喧嘩を続けさせてもらう。
「嘘をついていたのね。どうして麦に手を煩(わず)わせようとすることを頼むの…」
「初めは謝罪の一千万円を渡すだけだったのだ!金で釣ったわけではない…しかし、彼女がもう少し欲しいと素振りを見せたから上乗せしてついでにお願いを…
「…麦。どうして大金が必要なの?」
今度は娘(れもん)が父親(かんきつ)の言葉を遮(さえぎ)った。
「…檸檬ちゃんは知ってる?喫茶店が営業困難だってこと」
「え?」
突然、告げられた現実(ことば)に言い返すには声が出ない。彼女はそこまで考えていたのか。
「だ、だから、大金を?」
「…それもそうだけど。店長にお金が必要な理由は…
店長のお祖母さんが大量の借金を背負って亡くなったからだよ」
「…」
え?も何で?もなく無言を決め込む檸檬。
決してモテはやされることはないが常連に愛される温かい喫茶店の印象が幼い頃からあったのだが、そんな過去(なやみ)があったとは…
自分よりたった一個上の高校生で店長をやる理由にも納得がいく。
無言をいいことに麦は言葉を紡いでいく。
「私がまだアルバイトをやる前…店長の学校まで交渉しに言った時…
学校の前に行ったんだ…と疑問が一瞬口の中から飛び出そうになったが、それよりも気になる質問に檸檬は相手の口を凝視(ぎょうし)し、次の言葉を待った。
「数十回後、店長に給料が払えないの。と言われました。私は何でも良かったので、無賃金でのアルバイトを承諾(しょうだく)しました」
「ず、ずっと、無賃金で働いていたの?!」
放たれた言葉に麦は動じることなく、小さく頷(うなづ)いた。
…とは言っても、未だ給料日となる月末まで働いてはいないのだが。
「だから、私には二千万円(たいきん)が必要なんです!…図々しく追加の料金を要求した事は申し訳なく思っています…」
「べ、別にそんなこといいの」
二千万円の持ち主ではない檸檬が父親の代わりに言葉をかけた。
「なら、私はここで失礼します!」
「え?もう帰るの?ちょっとお茶していきなよ」
「えっ?いいの?実は私、檸檬の家見学してみたかったんだー」
「お、おい!ちょっと待ちなさい!」と戸惑いを見せる父親に許可を取らず、話を進めていく二人。
檸檬はわざと聞こえないふりをして、麦の背中を押し、父親の部屋から出て行った。
バタン!と疎外感を感じさせる音が部屋中に響く。
すると、
「どうして…喫茶店を潰そうとするんですか?」
恐る恐る尋ねたのは麦でも緑でもない。側(そば)にいた美人秘書だ。
拳を握りしめ、黙り込む柑橘(かんきつ)を
「…それは…
「娘の世界征服と言う夢を応援するためだっ!」
「…」
「…」
ここで沈黙が場を満たす。二人以外の全ての音が消えていったようだ。
「柑橘様…檸檬お嬢様の世界征服は…
柔らかさが失われた声で恐れ多いながらも言葉を使って訂正する。
…かくかくしかじか…」
「な、なんだって!?檸檬(あの子)の夢は喫茶『ニシキノ』の珈琲(コーヒー)で世界を救うだと!?」
「…」
「…」
「そんなことができるのか?」
「さ、さぁ…」
「…」
「…」
同時刻
父親の部屋を出て行った檸檬はふと、疑問に思ったことを口にする。
「でも、店長は麦から渡しても私やお父様から渡しても二千万円は受け取らないんじゃない?」
言われてみればそうだ。無賃金で働いてくれているだけありがたい話であるのに、その上後輩から二千万円を貰うだなんて、店長(モモ)が受け取るとは考えにくい。しかし、麦には…
「大丈夫!ちゃんと作戦を考えてあるからっ!」
強めの語調で恰(あたか)も自分に言い聞かせるかのように言葉を紡ぐと同時に目を瞑(つむ)り、つい先日前のことを思い出していた。
「…」
麦は何も言わず自身の〝顔〟を剥(は)いだ。
そこには苦しい顔を浮かべる麦がいた。
「私は絶対喫茶店を守ってみせる…!」
喫茶「ニシキノ」
「おっはっよー…って、あれ?
元気よく喫茶店のドアチャイムを鳴らし入店してきたのはアルバイト紅花。
既に開店の時間であるため、鍵もかかっていなかったのだが、誰もいない喫茶店に違和感を覚える。
「もぉーせっかく数週間ぶりに紅花様が来てやったって言うのに…誰もいないのかよ」
「チェッ!」と舌打ちを口の端から零すと、ふと、鼓膜(こまく)に微(かす)かに届いた声に耳を傾ける。
「ん?誰かいるのか?来たんなら電気位付けろよ。根暗だなぁ…」
と、モモや緑らしき声のする休憩所のほうに足を運んだ。
「もぉー皆、いるなら返事し…
無反応を受けた寂しさを隠し、いつも通りのハイテンション全開で言葉を放つ…が、すぐに喉奥に引っ込めることになる。
それもそのはず、休憩所では怒涛(どとう)の口論が繰り広げられていたからだ。
「み、緑さん…本当のことを言ってください」
「?…どうしたの?」
休憩所…と言うより、今や更衣室と化しているため、つい先程着いたばかりである緑と穂乃果は質素(しっそ)な制服に着替えていたところだ。
腕を袖から抜き、白い肌が露(あらわ)になっていり。
裸身が脳裏を征服しようとするが、今は尋ねたいことがあるのだ。ある程度制服に身を包んだ段階で桃は口を開いた。
「今朝聞いたんです…盗難事件前日、緑さんが深夜に表玄関から入っているところを見たって話」
「…?どういうこと?表玄関(いりぐち)の鍵はモモちゃんが肌身離さず持っていたじゃない」
「じゃあ、これなんですか…」
発言主のモモも信じたくないのだろう。震える声でポケットから銀色の鍵を取り出す。
それは喫茶店の入口のものと酷似(こくじ)していた。
「モモのじゃなくて?」
「いや、昨日緑さんが働いている時、こっそり鞄(かばん)の中を確認させてもらったんです…もちろん緑さんだけではなく、全員の分を確認しました。麦も檸檬も紅花も…穂乃果も」
話によると、近所の人から聞いたのは「深夜に女子高生らしき人物が喫茶店に出入りしている」と言う証言のみ。暗闇のため、誰かは分からなかったらしい。
「…」
何かを察したのか表情を曇らせる穂乃果。言葉を話すため口を開こうとしたが、緑に先を起こされてしまった。
「私が盗むはずないじゃない…何年も一緒に働いてきたのよ。大切なモモちゃんを裏切れるわけないわ」
疑われるのがショックだったのかどこが寂しげな笑みを浮かべる。
「で、でも…あなたは…」
「お願い。信じて、私はそんなことは絶対にしない」
「…は、はい」
涙を浮かべながら作られた微笑みに負けたモモは小さく頷き、口を結んだ。子供が親に叱(しか)られた時のようだ。しかし、
「…盗んだのね」
「違う!やめてちょうだい!」
ここで喫茶店内の空気がぐっと重くなった。絶妙な空気が流れ、口を開くのを制されているようだ。
沈黙が数分続いた。
「店長…盗んだみたい」
沈黙の長さから答えを導き出し、自分の答えを口にする。
違う!と似合わず否定し続ける緑を無視しモモに視線を預(あず)け、小さな口から言葉を零した。
「緑さん…何で」
語尾に?を多めにつけ言葉を投げつけた。
勢いをつけるわけでもなく、二、三回バウンドした後、緑の前にそっと落ちる。
しかし、その言葉を拾うわけではなく、自身と似た顔をする穂乃果に別の言葉を投げたのだった。
「穂乃果(姉さん)…裏切ったのね」
「緑…これは…」
妹に向かって何か言いたそうにしている穂乃果を遮(さえぎ)って言葉を投げかける。
「姉さんのために…した事なのに」
「…何を言ってるか、分からないわ。モモちゃん」
惚(とぼ)ける様子を見せる緑。二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「…」
「…」
「…まぁ、そうですよね」
「びっくりしたわ。どうしたの?急に」
「いえ…」
歯切れの悪い返事を飛ばしながら説明を受けた緑は次のように意見を纏(まと)めた。
「つまり…
鍵を盗んだ犯人が分からなくなって、誰も彼もを疑うようになってしまったのね」
「そうなんです」と肩を落としながら悲しそうに言葉を零す。
「何か作ろうか?」
「じ、じゃあ、ピーチティーを」
「はーい」と優しげな色を含んだ返事が返ってきた背中に問いかけた。
「緑さんは誰が犯人だと思いますか?」
「え…?」
突然の質問に沈黙する緑。
「私は…紅花だと思うんです」
「…」
ピーチティーを作る手が止まる。目だけを動かし、
「どうして?何か証拠でもあるの?」
「いえ…」
翌日 快慶門高校 一年二組 教室
「麦っ!」
「は、はい!?」
「いや…駄目だな…」
萌木(もえぎ)檸檬(れもん)は自分の席で友達である麦に話しかける練習をしていた。
昨日、父親から聞いた麦が二千万円を要求した話が原因で話しづらい状況下に置かれているのだ。
麦はまだ登校しておらず、二千万円のことを檸檬が知っているとは知らない。
「友達になったはずなのにどうして話しかけにくいんだろう…」
よくよく考えてみれば一千万円の大金を前に人格が変わってしまってもおかしくないのかもしれない。
しかし、ショックだったのだ。麦が受け取る…ましてや、さらに倍の金額を要求する人間だと思わなかったのだ。
「何だ…私もお金に拘(こだわ)る人間なのか…一千万円を前に入場を取る人間なんて少ないと言うのに…」
贅沢(ぜいたく)な暮らしをしていたためか一千万円に対する感覚が一般人と全く同じではない事は理解しているのだが、とは言っても…
「それほど停学のことを気にしていたって事なのかな…?」
心の内に泳ぎ回る不安が思わず口から飛び出てしまった。慌てて周囲を見渡すが、誰も聞いてもういなかったようだ。
「ふぅ…危なかった」
「何が危なかったの!?」
「…!?」
刹那(せつな)、背後から麦の声が心臓を貫(つらぬ)くように飛んできた。
「む、麦来てたんだ」
「うん」
大きめのスクールカバンを手にした、麦が椅子に座る檸檬を不思議そうに見下ろしている。
「い、いや…別に何でもない…」
「ふぅーん」
と、言葉を残し自分の席へ帰っていった。
檸檬は同じクラスに友達が麦(ひとり)しかいないが、彼女は違う。ほら、前の席に座る気弱そうなメガネ少女と仲良く話をしているのだ。
「はぁ…」
寂しげなため息自室の席の周りだけに広がる。しかし大丈夫かと声が飛んでくることもなく、教室は私語に包まれている。
(麦(かぎ)のことを誰かに言ったほうがいいのかなぁ…)
ふと、そんな言葉が勝手に口についてきた。
店長に行った方がいいのかな…いや、でも落ち込むだろうし…
緑さんに言ったほうがいいのか?…でも、最近疲れている様子だから頼りすぎのやめとこう…
紅花はなし…
と、五人に鍵(むぎ)のことをカミングアウトしたシーンを浮かべてみるが、どれを選んでもハッピーエンドにはならなそうだ。
(このまま喫茶店は終わっていくのかな…)
幼い頃から思い出いっぱいの大好きな喫茶店。
しかし、あの盗難事件をきっかけに喫茶店面々の関係性が薄れていきつつあるのは確かだ。
共に働くメンバーの中に誰か一人裏切り者がいるという認識は信頼関係に大きく影響している。
未だ誰かははっきりとしておらず、それぞれがそれぞれを不審に思う時間も多々あるだろう。
「よし、麦に言おう!」
言葉には出さなかったが、話すきっかけともなるため彼女の席へ向かった。
「ねぇ、ちょっといい?」
「ん?」
「話があるんだけど…廊下(そと)でいいかな?」
「分かった」
外で会話をすることに不自然さを感じつつも素直に一緒に出てくれた麦は肌寒い廊下に着いた途端(とたん)、口を開く。
「どうしたの?」
「…ねぇ…麦が鍵を盗んだの?」
「…」
「…」
場に緊張が走った。しかし、それは長くは続かなかった。
キーンコーンカーンコーン
タイミングがいいのか悪いのかチャイムが二人の大事な会話を途切れさせる。
「…え?なんで?」
信じられないと言う顔でこちらを見つめてくる麦。
いや、なんでもないの。ごめんと謝罪の言葉を口にしここはチャイムに従って、席に着くことにした。
そして、数時間後。
二人の間に気まずい壁が立ち始めた。
それも麦を感じているようで、いつもなら一緒にアルバイトもしくは自宅へと向かっているのだが今回は珍しく一人で帰っている。
「…」
一人なので沈黙を口にしながら、バスの中の子豪BGMに帰路を辿っていく。
途中、暇だったので近くの本屋に参考書を買いに行ったので帰りが遅いお手伝い(メイド)が心配しているだろう。
特に何もあることなくいつも通りを歩み、辿り着いた自宅の玄関。
オートロックの玄関を「ひらけごま!」…ではなく八桁のパスワードで開け、入る。すると、いつもとは違う何かに目を見開いた。
「誰か…来てるの?」
と、同じ快慶門高校の紋章が記された靴が一束丁寧に置かれていたのだ。
近くにいたメイドによると麦がここに来ているらしい。
「ど、どうして麦が!?」
「さ、さぁ…」
首を傾(かし)げるメイドを押しのけて、大樹に向かう先は父親柑橘(かんきつ)の書斎(しょさい)だ。
昨日父親から聞いた通り二人は面識がある。
罪悪感を感じて大金を返しに来たのか、はたまた別の要求をしに来たのか…真相を探るべく無駄に長い廊下を全速力で駆けて行く。
「お父様!麦!」
バダン!と吹っ飛んでしまいそうな程、扉を勢い良く開けたその先にはやはり麦と父親が書斎(しょさい)を挟んで対峙(たいじ)していた。
「檸檬ちゃんっ!?」
「檸檬!帰っていたのか…!」
二人ともほぼ同時に檸檬の名前を呼んだ。
「麦なんで家にいるの!」
檸檬が帰ってくるのは早かったのだろうか、硬直(こうちょく)した麦は動揺が隠し切れていない声でこう言った。
「私はお父様に話があったの」
すると、柑橘に向き直り、話を再開させた。
「私は誰にもいないって約束しましたよね」
「…疑っているようだが私は言っていないぞ」
「嘘だ。檸檬ちゃんが今朝言っていましたよ。私が鍵を渡した犯人だって」
今朝1時間目が始まる前の話を受けて檸檬亭(ここ)に来たのだろう。
「私は言いましたよね。二千万円を頂く代わりに喫茶店の鍵を渡したことは誰にも言わないで欲しいと」
すると、場に緊張が走った。
「お父様!嘘をつい…「違う!」
柑橘(かんきつ)の怒号(どごう)が覆(おお)い被さる。
その声に驚いたようで、目を瞑(つぶ)る麦。
麦には申し訳ないが、親子喧嘩を続けさせてもらう。
「嘘をついていたのね。どうして麦に手を煩(わず)わせようとすることを頼むの…」
「初めは謝罪の一千万円を渡すだけだったのだ!金で釣ったわけではない…しかし、彼女がもう少し欲しいと素振りを見せたから上乗せしてついでにお願いを…
「…麦。どうして大金が必要なの?」
今度は娘(れもん)が父親(かんきつ)の言葉を遮(さえぎ)った。
「…檸檬ちゃんは知ってる?喫茶店が営業困難だってこと」
「え?」
突然、告げられた現実(ことば)に言い返すには声が出ない。彼女はそこまで考えていたのか。
「だ、だから、大金を?」
「…それもそうだけど。店長にお金が必要な理由は…
店長のお祖母さんが大量の借金を背負って亡くなったからだよ」
「…」
え?も何で?もなく無言を決め込む檸檬。
決してモテはやされることはないが常連に愛される温かい喫茶店の印象が幼い頃からあったのだが、そんな過去(なやみ)があったとは…
自分よりたった一個上の高校生で店長をやる理由にも納得がいく。
無言をいいことに麦は言葉を紡いでいく。
「私がまだアルバイトをやる前…店長の学校まで交渉しに言った時…
学校の前に行ったんだ…と疑問が一瞬口の中から飛び出そうになったが、それよりも気になる質問に檸檬は相手の口を凝視(ぎょうし)し、次の言葉を待った。
「数十回後、店長に給料が払えないの。と言われました。私は何でも良かったので、無賃金でのアルバイトを承諾(しょうだく)しました」
「ず、ずっと、無賃金で働いていたの?!」
放たれた言葉に麦は動じることなく、小さく頷(うなづ)いた。
…とは言っても、未だ給料日となる月末まで働いてはいないのだが。
「だから、私には二千万円(たいきん)が必要なんです!…図々しく追加の料金を要求した事は申し訳なく思っています…」
「べ、別にそんなこといいの」
二千万円の持ち主ではない檸檬が父親の代わりに言葉をかけた。
「なら、私はここで失礼します!」
「え?もう帰るの?ちょっとお茶していきなよ」
「えっ?いいの?実は私、檸檬の家見学してみたかったんだー」
「お、おい!ちょっと待ちなさい!」と戸惑いを見せる父親に許可を取らず、話を進めていく二人。
檸檬はわざと聞こえないふりをして、麦の背中を押し、父親の部屋から出て行った。
バタン!と疎外感を感じさせる音が部屋中に響く。
すると、
「どうして…喫茶店を潰そうとするんですか?」
恐る恐る尋ねたのは麦でも緑でもない。側(そば)にいた美人秘書だ。
拳を握りしめ、黙り込む柑橘(かんきつ)を
「…それは…
「娘の世界征服と言う夢を応援するためだっ!」
「…」
「…」
ここで沈黙が場を満たす。二人以外の全ての音が消えていったようだ。
「柑橘様…檸檬お嬢様の世界征服は…
柔らかさが失われた声で恐れ多いながらも言葉を使って訂正する。
…かくかくしかじか…」
「な、なんだって!?檸檬(あの子)の夢は喫茶『ニシキノ』の珈琲(コーヒー)で世界を救うだと!?」
「…」
「…」
「そんなことができるのか?」
「さ、さぁ…」
「…」
「…」
同時刻
父親の部屋を出て行った檸檬はふと、疑問に思ったことを口にする。
「でも、店長は麦から渡しても私やお父様から渡しても二千万円は受け取らないんじゃない?」
言われてみればそうだ。無賃金で働いてくれているだけありがたい話であるのに、その上後輩から二千万円を貰うだなんて、店長(モモ)が受け取るとは考えにくい。しかし、麦には…
「大丈夫!ちゃんと作戦を考えてあるからっ!」
強めの語調で恰(あたか)も自分に言い聞かせるかのように言葉を紡ぐと同時に目を瞑(つむ)り、つい先日前のことを思い出していた。
「…」
麦は何も言わず自身の〝顔〟を剥(は)いだ。
そこには苦しい顔を浮かべる麦がいた。
「私は絶対喫茶店を守ってみせる…!」
喫茶「ニシキノ」
「おっはっよー…って、あれ?
元気よく喫茶店のドアチャイムを鳴らし入店してきたのはアルバイト紅花。
既に開店の時間であるため、鍵もかかっていなかったのだが、誰もいない喫茶店に違和感を覚える。
「もぉーせっかく数週間ぶりに紅花様が来てやったって言うのに…誰もいないのかよ」
「チェッ!」と舌打ちを口の端から零すと、ふと、鼓膜(こまく)に微(かす)かに届いた声に耳を傾ける。
「ん?誰かいるのか?来たんなら電気位付けろよ。根暗だなぁ…」
と、モモや緑らしき声のする休憩所のほうに足を運んだ。
「もぉー皆、いるなら返事し…
無反応を受けた寂しさを隠し、いつも通りのハイテンション全開で言葉を放つ…が、すぐに喉奥に引っ込めることになる。
それもそのはず、休憩所では怒涛(どとう)の口論が繰り広げられていたからだ。
「み、緑さん…本当のことを言ってください」
「?…どうしたの?」
休憩所…と言うより、今や更衣室と化しているため、つい先程着いたばかりである緑と穂乃果は質素(しっそ)な制服に着替えていたところだ。
腕を袖から抜き、白い肌が露(あらわ)になっていり。
裸身が脳裏を征服しようとするが、今は尋ねたいことがあるのだ。ある程度制服に身を包んだ段階で桃は口を開いた。
「今朝聞いたんです…盗難事件前日、緑さんが深夜に表玄関から入っているところを見たって話」
「…?どういうこと?表玄関(いりぐち)の鍵はモモちゃんが肌身離さず持っていたじゃない」
「じゃあ、これなんですか…」
発言主のモモも信じたくないのだろう。震える声でポケットから銀色の鍵を取り出す。
それは喫茶店の入口のものと酷似(こくじ)していた。
「モモのじゃなくて?」
「いや、昨日緑さんが働いている時、こっそり鞄(かばん)の中を確認させてもらったんです…もちろん緑さんだけではなく、全員の分を確認しました。麦も檸檬も紅花も…穂乃果も」
話によると、近所の人から聞いたのは「深夜に女子高生らしき人物が喫茶店に出入りしている」と言う証言のみ。暗闇のため、誰かは分からなかったらしい。
「…」
何かを察したのか表情を曇らせる穂乃果。言葉を話すため口を開こうとしたが、緑に先を起こされてしまった。
「私が盗むはずないじゃない…何年も一緒に働いてきたのよ。大切なモモちゃんを裏切れるわけないわ」
疑われるのがショックだったのかどこが寂しげな笑みを浮かべる。
「で、でも…あなたは…」
「お願い。信じて、私はそんなことは絶対にしない」
「…は、はい」
涙を浮かべながら作られた微笑みに負けたモモは小さく頷き、口を結んだ。子供が親に叱(しか)られた時のようだ。しかし、
「…盗んだのね」
「違う!やめてちょうだい!」
ここで喫茶店内の空気がぐっと重くなった。絶妙な空気が流れ、口を開くのを制されているようだ。
沈黙が数分続いた。
「店長…盗んだみたい」
沈黙の長さから答えを導き出し、自分の答えを口にする。
違う!と似合わず否定し続ける緑を無視しモモに視線を預(あず)け、小さな口から言葉を零した。
「緑さん…何で」
語尾に?を多めにつけ言葉を投げつけた。
勢いをつけるわけでもなく、二、三回バウンドした後、緑の前にそっと落ちる。
しかし、その言葉を拾うわけではなく、自身と似た顔をする穂乃果に別の言葉を投げたのだった。
「穂乃果(姉さん)…裏切ったのね」
「緑…これは…」
妹に向かって何か言いたそうにしている穂乃果を遮(さえぎ)って言葉を投げかける。
「姉さんのために…した事なのに」
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