物語の幕は上がらない

わらびもち

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嘆いてばかりはいられない

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 婚約の決定権があるのは当主である父だ。父を納得させる理由がない限りは婚約を破棄することは難しい。
 仮に「婚約者には恋人がいる」と言ったところで、相手は平民だ。いい意味でも悪い意味でも貴族らしい父は平民を同じ人間とは見ていない。レオナルドに平民の恋人がいると騒いだところで「平民など畜生と何ら変わらぬ。犬猫を可愛がるようなものだ。嘆く方が馬鹿げておる」とまともに取り合ってもらえないだろう。

 想像上ではあるが、父の言い分は間違ってはいない。
 ただそれは相手が血と責務を理解しているという前提があってこその正しさだ。正妻となるクロエを立て、恋人はあくまで愛でる存在であり一線を越えさせないという前提がなくばその言い分は成り立たない。犬猫のように愛玩するのであればクロエに害は及ばないだろうが、レオナルドはシェリーと添い遂げたいと思っているのだ。よりにもよって、このカレンデュラ家で。

 父はレオナルドが将来クロエを殺害し、屋敷に恋人とその間に出来た娘を連れ込んでお家を乗っ取るつもりであることを知らない。これはまだ確証は得ていないので予想でしかないから口にするわけにもいかない。下手をすると気が触れていると思われて隔離されかねない。

「あら……ちょっと待って、これ……もしかしなくとも、カレンデュラ家の危機ではなくて?」

 婚約者の裏切りと乙女ゲームの展開を辿っているという人知を超えた状況に恐怖をなして忘れていた。
 ゲームでクロエの娘、カレンデュラ家の正統な後継者がに行ってしまうということを。

 ありがちだがクロエの娘はヒロインを虐めた罪で王子によって修道院へ送られてしまう。
 生涯を神に捧げる修道女となり己の罪と向き合え、とかなんとか言われて。

「いやいやいや……なに勝手に我が家の後継者を出家させてるの? 王家とはいえ我が家の次期当主の身柄をどうこうできる権利なんてあるわけないでしょう……。しかも、王子に他家の人間を裁く権利ないわよ。舐めてんの? それもヒロインを虐めた罪ってなに? それを言うなら娘を虐めたレオナルドはなんで裁かれないのよ、おかしいでしょう……」

 ツッコミどころが満載だが、それはひとまず置いておく。キリが無いから。
 それよりもカレンデュラ家の正当な後継者が修道院送りにされることの方が問題だ。家を継ぐ者がいなくなってしまう。そういえばゲームのエンディングで『カレンデュラ家はお取り潰しのうえ、領地は王家に返還されることとなった』みたいな文章が流れていた気がする。

「家がお取り潰し? 領地を王家が没収? なにそれ……ふざけないでよ」

 ゲームの世界の話といえども、あまりにも理不尽な展開に発狂しそうなほどの怒りが込み上げる。
 勝手な罪で、勝手に後継者を罰して、建国以来受け継がれてきた家を潰し、民と共に守り抜いてきた領地を奪う。
 そんな蛮行を許してなるものか。

 もはや自分の命が危ぶまれるだけの問題ではない。どうにかして未来を変えない限り、将来ヒロインに骨抜きにされた馬鹿な王子によってカレンデュラ家が潰されてしまうかもしれない。
 そんな荒唐無稽なことは有り得ない、と流してしまいたいが、レオナルドがヒロインの母親となるシェリーと恋仲になっている時点で真実味が湧いてきた。

「この家をお取り潰しになんてされてたまるものですか……。それを防ぐにはなんとしてもわたくしは生き延びないと……」

 仮に、王子に難癖付けられてクロエの娘が修道院に送られるなんていう未来が現実のものとなったとしても、クロエさえ生きていたらどうとでもなる。なんなら母の生家の帝国の力を借りて王家ごと潰すことだって可能だ。自分が正義だと言わんばかりの青臭い王子や、それを擁護する王家などカレンデュラ家の敵ではない。

 本格的に対策を練るためにクロエは再び報告書に目を落とし、ページをめくる。
 読み進めるたびに彼女の表情が僅かに動いた。

 窓の外では庭師が秋薔薇の剪定をしている。もうすぐ初霜が降りるだろう。
 季節は確実に巡り、未来へと進んでいく。嘆いている場合ではない。クロエは必死に打開策を探し続けた。
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