物語の幕は上がらない(本編完結 番外編更新中)

わらびもち

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レオナルドを誑かす存在

 レオナルドの父、リンデン公爵は特に秀でたところも欠点らしい欠点もない、どこにでもいるような平凡な男だった。常識もあり、公爵家を継ぐのに支障はないと評される程度の及第点の人物である。
 高位貴族の出である夫人と結婚し、二人の子宝にも恵まれ、穏やかな暮らしを送って来た。
 そんな彼が人生において犯した最大の過ちが側妃に傾倒したことだ。それまで常識的だった彼の言動は誰もが眉を顰めるような非常識なものに変わっていく。

 第二王子の派閥形成の資金として側妃の望むままに公爵家の財を注ぎ込み、側妃の気を引く為に積極的に敵対する第一王子の悪い噂を社交界へと流す。その結果、リンデン家の名声は瞬く間に地に落ち、王太子となった第一王子には目の敵にされることとなる。

 どう考えても見えていた結末で、そうなるのも必然であった。
 もとより第二王子の王たる資質を見込んでのことではなく、側妃の色香に惑わされた者たちの集まりなど脆い。崩れるのも時間の問題だった。

 平凡で争いを好まない穏やかな男は、一人の女によって非常識で敵に回してはいけない者の区別もつかない愚かな獣以下の存在にまで堕ち、家名と家族を窮地に追いやってしまった。いまやリンデン公爵の名は愚か者の代名詞とまで言われているほどだ。もはや没落は目前――そんな時に、家の名誉を取り戻そうと奮闘したのが夫人だった。

 元凶である夫から権限を取り上げ、金策に励み、空になった財を立て直す。
 失った名誉を回復させるため、権威ある家──カレンデュラ家と息子との婚約を結ぶ。
 必死の努力によって没落こそ免れたものの、夫人はあの時の苦難と夫へのやるせなさを思い返すたびにはらわたが煮えくり返りそうだった。

 自分という妻がいながら他の女──しかもよりにもよって国王の妻側妃に現を抜かし、傾くはずのなかった家を没落寸前まで追い込んだ。この時の屈辱と、頭が沸騰しそうなまでの怒りは今も忘れない。特に、平凡だった夫を愚かな害悪にまで変えてしまった側妃への憎しみは今も健在だ。

 もし、あの時の夫のように、息子が誰かの影響で良くない方向へと変わってしまったのなら──そう考えた夫人は全身に煮えたぎるような怒りを覚えた。

「それは……レオナルドを誑かした存在がいるということ?」

「……断定は出来ませんが、その可能性はあるでしょう。あいつが父上に似て他人に影響されやすい性質だったとしたら、あそこまで愚かになるのも納得できます」

 長男がそう言うと、夫人はハンカチを静かに握りしめ、その布がくしゃりと音を立てた。

「まさか……クロエ様という婚約者がいながら、他の女に現を抜かしたというの……?」

 夫人の脳裏にあの時の夫の姿──側妃に鼻の下を伸ばす憎々しい姿が蘇る。
 息子にも側妃のように男をろくでもない道に落とす阿婆擦れが近づいていたのだとしたら、と考えるだけで殺意が湧いた。

「いえ、もしかすると男かもしれません。クロエ様の婿の座を狙うある令息が、レオナルドを貶めようと、わざと愛想をつかされるような非常識な振る舞いをするように仕向けた可能性は十分あります」

 この段階で既に二人の間では”レオナルドを誑かす存在”がと断定していた。
 あくまで想像に過ぎない――だが、勘は当たっている。実際にその人物は存在するのだから。

「その人物から引き離せば、元のレオナルドに戻るかもしれません」

「そうね……。そうなれば、もしかすると婚約破棄も免れるかもしれないし……」

 二人の頭にあるのはレオナルドに非常識な言動を吹き込んだ悪しき者を排除し、元の状態に戻すこと。
 成功の見込みは薄い案ではあるが、追い詰められた者にとってはたとえ現実味のない方法であっても縋るしかなかった。

「そうと決まればあいつに話を……」

「お待ちなさい。本人に問い質してもはぐらかされる可能性があります」

 あの時、いくら問い詰めても夫ははぐらかすばかりで、気づけば手遅れになっていた。その記憶を夫人は苦々しく思い出し、長男を止める。

「問い質すならば従者です。レオナルドの従者をここへお呼びなさい」

 常に行動を共にしている従者であればレオナルドの交友関係も把握しているはず。
 そして、はぐらかそうとしても従者ならば実力行使をしてでも吐かせることが出来る。

 夫人の涙が止まり、その瞳に決意の光が宿る。執事に向かって凛として声で命じた。

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