64 / 99
忘れている世の中の常識
「なんなのよ、あの女……。婚約者に愛されない惨めな女が偉そうに!」
シェリーは帰路につく馬車の中で、先ほどのクロエの態度に腹を立てていた。
レオナルドに愛されていない惨めなお嬢様を嘲笑うためにわざわざ足を運んだというのに、相手は少しも動揺しなかった。淡々と正論をぶつけられ、挙げ句の果てには従者にナイフを突きつけられたのだ。これではただ嫌な思いをしに行っただけではないかとシェリーの胸中では恐怖とやるせない思いでいっぱいとなる。
「なんであんなに平然としてるのよ……。あの女はレオに心底惚れているんじゃなかったの? なんで動揺ひとつしないのよ……!」
クロエはレオナルドに心底惚れ抜いており、何をされても怒らない。シェリーはかつて彼からそう聞かされていた。それがどうだ、先程の彼女の反応を見る限りでは一欠けらの好意も抱いていないではないか。
強がりかもしれない――そうも思ったが、たぶん違う。あのときの彼女は本気でレオナルドに興味がなさそうな顔をしていた。
「惚れているとかいうのはレオの勘違いだったってこと……? それとも……レオが何かしたせいで気持ちが冷めたとか?」
その勘は当たっていた。レオナルドの不貞によりクロエの彼に対する気持ちは萎えてしまい、その後の度重なる不誠実な態度により愛情はもうすっかり枯渇していた。もう嫌いどころか興味がない域にまで達している。
「え……そうなったら結婚ってどうなるの? レオがクロエと結婚してカレンデュラ家に入ってくれなきゃ、わたしが将来公爵夫人になれないじゃん。それに”ヒロイン”も公爵令嬢になれないよね? そうなったらゲームの展開ってどうなるんだろう……」
この状況になってもシェリーはこの世界が乙女ゲームのシナリオ通りに進むと信じて疑っていなかった。
もう既にそんな場合ではないということに全く気づいていない。
「いや、まあ……なんとかなるか。”ヒロイン”が公爵家の令嬢にならないと、攻略対象たちとも出会えないんだし……それじゃゲームも始まらないし……。その辺は”強制力”が働くはずよ。うん」
おかしいと本人も気づいていたはずなのに、それでも彼女は“ゲームの強制力”なんて根拠のない概念を固く信じ込んでいる。ここで自分の状況に危機感を持ち、そして逃げ出していればよかったのだと、彼女が気づくのはそう遠くない未来の話。転生者ゆえに乙女ゲームのシナリオ通りに世界は動くだろうという不確かなものを信じた結果、彼女は、世の中の常識というものをすっかり忘れてしまっていた。平民が貴族を挑発するような真似をしてはいけない、というこの世界に住む人ならば誰もが知っている常識を完全に失念していた。
自分は”ヒロイン”の母だから、この世界に絶対に必要な存在だから。そんな根拠のない妄想染みた考えのもと、シェリーは踏み越えてはいけない一線を越えた。ただの町娘が公爵家を挑発するなど自殺行為も同然。貴族は名誉を穢されることを何より嫌う。ましてや平民から侮辱を受けたとなれば黙っているはずもない。報復されることは何らおかしいことではなく、むしろ当然といえる。
子供でも分かっているような、そんな常識をシェリーは忘れている。
その結果、まさに彼女に危機が迫っていた。
「ん……? あれ? 家の前に馬車が停まっている……」
窓の外に自宅の外観が見えてきたとき、そのすぐそばに小さな馬車が停まっているのが目に入った。
シェリーは帰路につく馬車の中で、先ほどのクロエの態度に腹を立てていた。
レオナルドに愛されていない惨めなお嬢様を嘲笑うためにわざわざ足を運んだというのに、相手は少しも動揺しなかった。淡々と正論をぶつけられ、挙げ句の果てには従者にナイフを突きつけられたのだ。これではただ嫌な思いをしに行っただけではないかとシェリーの胸中では恐怖とやるせない思いでいっぱいとなる。
「なんであんなに平然としてるのよ……。あの女はレオに心底惚れているんじゃなかったの? なんで動揺ひとつしないのよ……!」
クロエはレオナルドに心底惚れ抜いており、何をされても怒らない。シェリーはかつて彼からそう聞かされていた。それがどうだ、先程の彼女の反応を見る限りでは一欠けらの好意も抱いていないではないか。
強がりかもしれない――そうも思ったが、たぶん違う。あのときの彼女は本気でレオナルドに興味がなさそうな顔をしていた。
「惚れているとかいうのはレオの勘違いだったってこと……? それとも……レオが何かしたせいで気持ちが冷めたとか?」
その勘は当たっていた。レオナルドの不貞によりクロエの彼に対する気持ちは萎えてしまい、その後の度重なる不誠実な態度により愛情はもうすっかり枯渇していた。もう嫌いどころか興味がない域にまで達している。
「え……そうなったら結婚ってどうなるの? レオがクロエと結婚してカレンデュラ家に入ってくれなきゃ、わたしが将来公爵夫人になれないじゃん。それに”ヒロイン”も公爵令嬢になれないよね? そうなったらゲームの展開ってどうなるんだろう……」
この状況になってもシェリーはこの世界が乙女ゲームのシナリオ通りに進むと信じて疑っていなかった。
もう既にそんな場合ではないということに全く気づいていない。
「いや、まあ……なんとかなるか。”ヒロイン”が公爵家の令嬢にならないと、攻略対象たちとも出会えないんだし……それじゃゲームも始まらないし……。その辺は”強制力”が働くはずよ。うん」
おかしいと本人も気づいていたはずなのに、それでも彼女は“ゲームの強制力”なんて根拠のない概念を固く信じ込んでいる。ここで自分の状況に危機感を持ち、そして逃げ出していればよかったのだと、彼女が気づくのはそう遠くない未来の話。転生者ゆえに乙女ゲームのシナリオ通りに世界は動くだろうという不確かなものを信じた結果、彼女は、世の中の常識というものをすっかり忘れてしまっていた。平民が貴族を挑発するような真似をしてはいけない、というこの世界に住む人ならば誰もが知っている常識を完全に失念していた。
自分は”ヒロイン”の母だから、この世界に絶対に必要な存在だから。そんな根拠のない妄想染みた考えのもと、シェリーは踏み越えてはいけない一線を越えた。ただの町娘が公爵家を挑発するなど自殺行為も同然。貴族は名誉を穢されることを何より嫌う。ましてや平民から侮辱を受けたとなれば黙っているはずもない。報復されることは何らおかしいことではなく、むしろ当然といえる。
子供でも分かっているような、そんな常識をシェリーは忘れている。
その結果、まさに彼女に危機が迫っていた。
「ん……? あれ? 家の前に馬車が停まっている……」
窓の外に自宅の外観が見えてきたとき、そのすぐそばに小さな馬車が停まっているのが目に入った。
あなたにおすすめの小説
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。