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自宅にいたのは
家の前に停まっている馬車に気づき、シェリーはそっと胸を高鳴らせた。
もしかしたらレオナルドが来てくれたのかもしれない、と目を輝かせる。
馬車から降り立ったシェリーはスカートの裾を押さえながら小走りで自宅へと急いだ。
「レオ! 来てくれたのね…………え?」
馬車へ駆け寄り、窓の中をのぞき込んだシェリーは息をのんだ。そこにいたのは彼女が望んだ相手──愛しい恋人のレオナルドではなかった。
「……久しぶりだな、愚弟の愛人。愚弟でなくて、さぞがっかりしただろう」
扉を開けて姿を現したのは氷のように冷たい眼差しをしたレオナルドの兄、リンデン小公爵だった。
「な、なんでお兄さんがここに? レオはどうしたの?」
「貴様に”兄”と呼ばれる筋合いはない。それと、愚弟ならもうここには来ない」
「は? どういうこと?」
シェリーが戸惑った声で問うと、小公爵は心底どうでもよさそうに吐き捨てた。
そのこちらを馬鹿にしたような態度に腹が立ったシェリーは小公爵へと食ってかかる。
「いきなり来て何勝手なこと言ってんのよ! レオがもう来ないって何!? 意味分かんない!」
シェリーの態度に小公爵は小さくため息をもらし、そのまま彼女を気にも留めず家の中へと入っていった。
「あ、ちょっと! 勝手に人の家に入らないでよ!」
「……ここはレオナルドが金を出して借りた家だ。一銭も払っていないお前に何の所有権もない。ついでに言えばその金は婚約者に使う目的で与えられた予算だ。愛人を囲う為の金ではない。領民の血税をこんなくだらない女に浪費するとは嘆かわしい……」
「はあ!? 何それ酷い! わたしはレオの恋人よ? 愛されてもいない婚約者よりも、愛されているわたしにお金を使う方がレオだって嬉しいはずよ!」
「貴様とは根本的に価値観が合わないようだ。それと、外で騒ぐな。中で話せ」
そう言い捨ててさっさと足を進める小公爵の後をシェリーは文句を言いながら追いかける。
すると中にはレオナルドの従者であるトマスがおり、小公爵を見るなり深々と頭を下げる。
「若様、ご命令どおり、お茶の準備は整っております」
「うむ」
シェリーは無視してやり取りする二人に憤り、指をさして怒鳴りつけた。他人の家にずかずか上がり込み、勝手な真似をするなど非常識だと罵る。しかし、トマスはそれを無視して勝手にお茶を淹れ初め、小公爵も勝手に椅子へと座った。
「先ほども言ったが、ここはリンデン家の資金で契約された借家だ。貴様などただの居候にすぎん。わきまえろ」
「な……なんですって!? ふざけんじゃないわよ! ここはレオがわたしの為にと用意してくれた、二人の愛の巣なの! 資金がどうとか知らないわよ! お金を払っているのはレオなんだから、部外者が偉そうに言わないで!!」
シェリーが暮らす家は、レオナルドが彼女のために借りたものだ。それまでパン屋で寝泊まりしていた彼女はこの家を与えられたことで生活が一変し、ここはふたりの密やかな逢瀬の場ともなった。だから彼女にとってこの家は愛する人との大切な場所で、そこに土足で踏み入る小公爵に怒りを露わに抗議した。
だが、小公爵としてはレオナルドが借りたといっても、それはリンデン家の資金によって契約されたもの。しかもそれは婚約者に使われる目的で渡したものであり、愛人に使うなど横領のようなものだった。横領された金で借りた家に平然と住みついている女。小公爵にはシェリーがまさにそう映っていた。一銭も払っていない分際で家の所有権を主張するなど図々しい、と彼はシェリーを睨みつける。
「な、なによ、その目……」
小公爵に睨まれ、びくりと震えたシェリーは先ほどまでの勢いをすっかり失って怯えてしまった。
震える彼女の前にトマスはそっと温かい紅茶を差し出す。
「どうぞ、お召し上がりください。シェリー様のお好きな蜂蜜とミルクのたっぷり入った紅茶です」
「………………」
こんな状況で平然とお茶を淹れるトマスにシェリーは不快感を募らせた。
確かに、彼はレオナルドとともに何度もこの家を訪れ、鍵も預かっている。だから家に入ること自体は不思議ではない。しかし――レオナルド抜きで、しかもこんな男をシェリーの許可なく家に入れたことに、彼女はどうしても苛立ちを抑えられなかった。
「トマス、あんたはレオの家来なのよね? なんでこんな男と一緒にいるの? しかも勝手に人の家に入ってさあ……そういうの、どうかと思うよ」
文句を言うと一瞬トマスの顔が真顔に戻る。それを見たシェリーは不気味さにビクッと身震いした。
「……それについては申し訳ございません。なれど、先程若様も申しました通り、ここはリンデン家の資金で借りている家なので、ご嫡男である若様が入るのは当然のことかと」
「はあ? あんたまで何言ってんの!? 女の家に勝手に入ることが問題だって言ってんのよ! なんで分かんないの?」
いつもと違うトマスの態度にますます不快感が募る。その苛立ちのままシェリーは乱暴にカップをとり、音を立てて中身を飲み始めた。その様子を小公爵とトマスは静かにじっと見つめていた。
二人の視線が冷静な観察者のそれだったことに、シェリーは気づかない。
もしかしたらレオナルドが来てくれたのかもしれない、と目を輝かせる。
馬車から降り立ったシェリーはスカートの裾を押さえながら小走りで自宅へと急いだ。
「レオ! 来てくれたのね…………え?」
馬車へ駆け寄り、窓の中をのぞき込んだシェリーは息をのんだ。そこにいたのは彼女が望んだ相手──愛しい恋人のレオナルドではなかった。
「……久しぶりだな、愚弟の愛人。愚弟でなくて、さぞがっかりしただろう」
扉を開けて姿を現したのは氷のように冷たい眼差しをしたレオナルドの兄、リンデン小公爵だった。
「な、なんでお兄さんがここに? レオはどうしたの?」
「貴様に”兄”と呼ばれる筋合いはない。それと、愚弟ならもうここには来ない」
「は? どういうこと?」
シェリーが戸惑った声で問うと、小公爵は心底どうでもよさそうに吐き捨てた。
そのこちらを馬鹿にしたような態度に腹が立ったシェリーは小公爵へと食ってかかる。
「いきなり来て何勝手なこと言ってんのよ! レオがもう来ないって何!? 意味分かんない!」
シェリーの態度に小公爵は小さくため息をもらし、そのまま彼女を気にも留めず家の中へと入っていった。
「あ、ちょっと! 勝手に人の家に入らないでよ!」
「……ここはレオナルドが金を出して借りた家だ。一銭も払っていないお前に何の所有権もない。ついでに言えばその金は婚約者に使う目的で与えられた予算だ。愛人を囲う為の金ではない。領民の血税をこんなくだらない女に浪費するとは嘆かわしい……」
「はあ!? 何それ酷い! わたしはレオの恋人よ? 愛されてもいない婚約者よりも、愛されているわたしにお金を使う方がレオだって嬉しいはずよ!」
「貴様とは根本的に価値観が合わないようだ。それと、外で騒ぐな。中で話せ」
そう言い捨ててさっさと足を進める小公爵の後をシェリーは文句を言いながら追いかける。
すると中にはレオナルドの従者であるトマスがおり、小公爵を見るなり深々と頭を下げる。
「若様、ご命令どおり、お茶の準備は整っております」
「うむ」
シェリーは無視してやり取りする二人に憤り、指をさして怒鳴りつけた。他人の家にずかずか上がり込み、勝手な真似をするなど非常識だと罵る。しかし、トマスはそれを無視して勝手にお茶を淹れ初め、小公爵も勝手に椅子へと座った。
「先ほども言ったが、ここはリンデン家の資金で契約された借家だ。貴様などただの居候にすぎん。わきまえろ」
「な……なんですって!? ふざけんじゃないわよ! ここはレオがわたしの為にと用意してくれた、二人の愛の巣なの! 資金がどうとか知らないわよ! お金を払っているのはレオなんだから、部外者が偉そうに言わないで!!」
シェリーが暮らす家は、レオナルドが彼女のために借りたものだ。それまでパン屋で寝泊まりしていた彼女はこの家を与えられたことで生活が一変し、ここはふたりの密やかな逢瀬の場ともなった。だから彼女にとってこの家は愛する人との大切な場所で、そこに土足で踏み入る小公爵に怒りを露わに抗議した。
だが、小公爵としてはレオナルドが借りたといっても、それはリンデン家の資金によって契約されたもの。しかもそれは婚約者に使われる目的で渡したものであり、愛人に使うなど横領のようなものだった。横領された金で借りた家に平然と住みついている女。小公爵にはシェリーがまさにそう映っていた。一銭も払っていない分際で家の所有権を主張するなど図々しい、と彼はシェリーを睨みつける。
「な、なによ、その目……」
小公爵に睨まれ、びくりと震えたシェリーは先ほどまでの勢いをすっかり失って怯えてしまった。
震える彼女の前にトマスはそっと温かい紅茶を差し出す。
「どうぞ、お召し上がりください。シェリー様のお好きな蜂蜜とミルクのたっぷり入った紅茶です」
「………………」
こんな状況で平然とお茶を淹れるトマスにシェリーは不快感を募らせた。
確かに、彼はレオナルドとともに何度もこの家を訪れ、鍵も預かっている。だから家に入ること自体は不思議ではない。しかし――レオナルド抜きで、しかもこんな男をシェリーの許可なく家に入れたことに、彼女はどうしても苛立ちを抑えられなかった。
「トマス、あんたはレオの家来なのよね? なんでこんな男と一緒にいるの? しかも勝手に人の家に入ってさあ……そういうの、どうかと思うよ」
文句を言うと一瞬トマスの顔が真顔に戻る。それを見たシェリーは不気味さにビクッと身震いした。
「……それについては申し訳ございません。なれど、先程若様も申しました通り、ここはリンデン家の資金で借りている家なので、ご嫡男である若様が入るのは当然のことかと」
「はあ? あんたまで何言ってんの!? 女の家に勝手に入ることが問題だって言ってんのよ! なんで分かんないの?」
いつもと違うトマスの態度にますます不快感が募る。その苛立ちのままシェリーは乱暴にカップをとり、音を立てて中身を飲み始めた。その様子を小公爵とトマスは静かにじっと見つめていた。
二人の視線が冷静な観察者のそれだったことに、シェリーは気づかない。
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