物語のようにはいかない

わらびもち

文字の大きさ
2 / 32

一年ぶりの夫

しおりを挟む
「………………お久しぶりです、レイチェル様。新婚早々一年も放っておいたお飾りの夫に何か御用ですか?」

 絶対零度の瞳で見据えられ、罪悪感に耐えられなくなった私は思わず目を逸らした。分かり切っていたことだが、夫は新婚早々に放置されたことを恨んでいる。

(そんなことをされたら私だってこんな態度をとるわ! でも、顔が綺麗なだけに怒った顔がすごく怖い……!)

 前世の記憶を思い出した日、私は夫に今までのことを謝罪しようと行動に移した。
 使用人を通して夫に面会の約束をとりつけ、こうして約一年ぶりに夫と顔を合わせたのである。

 同じ邸に住んでいる夫婦なのに面会の約束をするなんておかしな話だが、そうせざるを得ない状況にしたのは前世の記憶を思い出す前の自分なのだ。致し方ない。

 久しぶりに会った実物の夫は記憶よりも遥かに美しかった。
 繊細で儚げな美貌、優雅な佇まい、色香を含んだ仕草。
 流石はレイチェルに一目惚れをされるだけはある。
 国を傾ける美貌というのは彼のような容姿を指すのかもしれない。

 そんな傾国の美人の凄みときたらもう……こちらの気力を一瞬にして奪い、絶句させるほどの力がある。

 だけどこのまま俯いて黙っているだけでは意味が無いと、勇気を振り絞って叫んだ。

「申し訳ございませんでした!!」

 不祥事を起こした企業のトップの記者会見よりも声を張り上げ、頭を深々と下げる。気位が高い妻の低姿勢な謝罪に夫は目を丸くして驚いていた。

「は…………? え?」

 妻の予想外の態度に面食らってしまったのか、夫は唖然としてこちらを見つめている。
 そんな夫に私は矢継ぎ早に謝罪の言葉を告げる。

「せっかく当家に来て頂いたのに、新婚早々一年も放置して申し訳ございません! 謝っても許される問題ではないと分かっています。どうぞ離縁するなり何なりと……あ、きちんと慰謝料も支払わせていただきますので、貴方の望むようにしてくれて構いません!」

「ちょ……ちょっと待ってください! いきなりどうしたんですか?」

 まさか妻の方から謝ってくるとは思わなかったのだろう。
 夫は分かりやすいほど狼狽えている。

「本来でしたらもっと早く謝罪に来るべきでした。今更だというのはよーく分かっております。許してほしいなどと図々しい事は思っておりません!」

「レ、レイチェル様……? あの……」

「離縁の際の条件はそちらの要望を全て呑ませて頂きますので何なりとおっしゃってください! もちろん貴方の生家への支援は続けさせていただきますのでご安心を!」

「いえ、ですから……その……」

「あ、何でしたら婚姻自体を白紙撤回することも出来ますので……「僕は離縁などしたくありません!」…………え?」

 夫がいきなり大きな声で離縁を拒否したので今度は私の方が驚いてしまった。

「はあ………………もう、新婚早々一年も放置したかと思えばいきなり低姿勢で謝ってきて、しかも離縁するなどと言い出すなんて勝手すぎます」

「そ、それは…………その通りです……」

「それで、顔以外取り柄のない男などもう用無しというわけですか?」

「え!? い、いや、違います! そうではなくて、こんな酷い事をしてしまった私とこのまま夫婦を続けるのは嫌でしょう? だからもう解放して差し上げなければと……」

「勝手に決めないでください! 僕は…………ん? ……? 貴女は確かご自分のことをと呼んでいませんでしたか……?」

「へっ…………!? あ、いや……その…………」

 驚いた。確かに記憶を思い出す前のレイチェルの一人称は“わたくし”だ。
だが、まさかレイチェルと結婚式の日にしか会話をしていないリヒャルトにそれを指摘されるとは思わなかった。

「気のせいではありませんこと……? 私の一人称はずっとこれでしたわ……」

「いいえ、貴女は初夜に『が貴方を愛することはありません!』とはっきり言いました。……この言葉は今でも忘れられません」

 誤魔化そうとしたが駄目だった。
 そうだよね。そんな強烈な台詞忘れられないよね。
 レイチェルめ、余計な事を……!

「い、今はそんなこと、どうでもいいじゃありませんか! それよりも今後の事について話し合いましょうよ!」

 そうだ、今は一人称なぞどうでもいい。
 これからのことを……そう、離縁とか慰謝料とか、そういう実のある話をするべきじゃないか。

 話を逸らそうとする私を夫はじっと見た。
 こちらの心を見透かすようなペリドットの瞳に冷や汗が零れる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

処理中です...