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一年ぶりの夫
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「………………お久しぶりです、レイチェル様。新婚早々一年も放っておいたお飾りの夫に何か御用ですか?」
絶対零度の瞳で見据えられ、罪悪感に耐えられなくなった私は思わず目を逸らした。分かり切っていたことだが、夫は新婚早々に放置されたことを恨んでいる。
(そんなことをされたら私だってこんな態度をとるわ! でも、顔が綺麗なだけに怒った顔がすごく怖い……!)
前世の記憶を思い出した日、私は夫に今までのことを謝罪しようと行動に移した。
使用人を通して夫に面会の約束をとりつけ、こうして約一年ぶりに夫と顔を合わせたのである。
同じ邸に住んでいる夫婦なのに面会の約束をするなんておかしな話だが、そうせざるを得ない状況にしたのは前世の記憶を思い出す前の自分なのだ。致し方ない。
久しぶりに会った実物の夫は記憶よりも遥かに美しかった。
繊細で儚げな美貌、優雅な佇まい、色香を含んだ仕草。
流石はレイチェルに一目惚れをされるだけはある。
国を傾ける美貌というのは彼のような容姿を指すのかもしれない。
そんな傾国の美人の凄みときたらもう……こちらの気力を一瞬にして奪い、絶句させるほどの力がある。
だけどこのまま俯いて黙っているだけでは意味が無いと、勇気を振り絞って叫んだ。
「申し訳ございませんでした!!」
不祥事を起こした企業のトップの記者会見よりも声を張り上げ、頭を深々と下げる。気位が高い妻の低姿勢な謝罪に夫は目を丸くして驚いていた。
「は…………? え?」
妻の予想外の態度に面食らってしまったのか、夫は唖然としてこちらを見つめている。
そんな夫に私は矢継ぎ早に謝罪の言葉を告げる。
「せっかく当家に来て頂いたのに、新婚早々一年も放置して申し訳ございません! 謝っても許される問題ではないと分かっています。どうぞ離縁するなり何なりと……あ、きちんと慰謝料も支払わせていただきますので、貴方の望むようにしてくれて構いません!」
「ちょ……ちょっと待ってください! いきなりどうしたんですか?」
まさか妻の方から謝ってくるとは思わなかったのだろう。
夫は分かりやすいほど狼狽えている。
「本来でしたらもっと早く謝罪に来るべきでした。今更だというのはよーく分かっております。許してほしいなどと図々しい事は思っておりません!」
「レ、レイチェル様……? あの……」
「離縁の際の条件はそちらの要望を全て呑ませて頂きますので何なりとおっしゃってください! もちろん貴方の生家への支援は続けさせていただきますのでご安心を!」
「いえ、ですから……その……」
「あ、何でしたら婚姻自体を白紙撤回することも出来ますので……「僕は離縁などしたくありません!」…………え?」
夫がいきなり大きな声で離縁を拒否したので今度は私の方が驚いてしまった。
「はあ………………もう、新婚早々一年も放置したかと思えばいきなり低姿勢で謝ってきて、しかも離縁するなどと言い出すなんて勝手すぎます」
「そ、それは…………その通りです……」
「それで、顔以外取り柄のない男などもう用無しというわけですか?」
「え!? い、いや、違います! そうではなくて、こんな酷い事をしてしまった私とこのまま夫婦を続けるのは嫌でしょう? だからもう解放して差し上げなければと……」
「勝手に決めないでください! 僕は…………ん? 私……? 貴女は確かご自分のことをわたくしと呼んでいませんでしたか……?」
「へっ…………!? あ、いや……その…………」
驚いた。確かに記憶を思い出す前のレイチェルの一人称は“わたくし”だ。
だが、まさかレイチェルと結婚式の日にしか会話をしていないリヒャルトにそれを指摘されるとは思わなかった。
「気のせいではありませんこと……? 私の一人称はずっとこれでしたわ……」
「いいえ、貴女は初夜に『わたくしが貴方を愛することはありません!』とはっきり言いました。……この言葉は今でも忘れられません」
誤魔化そうとしたが駄目だった。
そうだよね。そんな強烈な台詞忘れられないよね。
レイチェルめ、余計な事を……!
「い、今はそんなこと、どうでもいいじゃありませんか! それよりも今後の事について話し合いましょうよ!」
そうだ、今は一人称なぞどうでもいい。
これからのことを……そう、離縁とか慰謝料とか、そういう実のある話をするべきじゃないか。
話を逸らそうとする私を夫はじっと見た。
こちらの心を見透かすようなペリドットの瞳に冷や汗が零れる。
絶対零度の瞳で見据えられ、罪悪感に耐えられなくなった私は思わず目を逸らした。分かり切っていたことだが、夫は新婚早々に放置されたことを恨んでいる。
(そんなことをされたら私だってこんな態度をとるわ! でも、顔が綺麗なだけに怒った顔がすごく怖い……!)
前世の記憶を思い出した日、私は夫に今までのことを謝罪しようと行動に移した。
使用人を通して夫に面会の約束をとりつけ、こうして約一年ぶりに夫と顔を合わせたのである。
同じ邸に住んでいる夫婦なのに面会の約束をするなんておかしな話だが、そうせざるを得ない状況にしたのは前世の記憶を思い出す前の自分なのだ。致し方ない。
久しぶりに会った実物の夫は記憶よりも遥かに美しかった。
繊細で儚げな美貌、優雅な佇まい、色香を含んだ仕草。
流石はレイチェルに一目惚れをされるだけはある。
国を傾ける美貌というのは彼のような容姿を指すのかもしれない。
そんな傾国の美人の凄みときたらもう……こちらの気力を一瞬にして奪い、絶句させるほどの力がある。
だけどこのまま俯いて黙っているだけでは意味が無いと、勇気を振り絞って叫んだ。
「申し訳ございませんでした!!」
不祥事を起こした企業のトップの記者会見よりも声を張り上げ、頭を深々と下げる。気位が高い妻の低姿勢な謝罪に夫は目を丸くして驚いていた。
「は…………? え?」
妻の予想外の態度に面食らってしまったのか、夫は唖然としてこちらを見つめている。
そんな夫に私は矢継ぎ早に謝罪の言葉を告げる。
「せっかく当家に来て頂いたのに、新婚早々一年も放置して申し訳ございません! 謝っても許される問題ではないと分かっています。どうぞ離縁するなり何なりと……あ、きちんと慰謝料も支払わせていただきますので、貴方の望むようにしてくれて構いません!」
「ちょ……ちょっと待ってください! いきなりどうしたんですか?」
まさか妻の方から謝ってくるとは思わなかったのだろう。
夫は分かりやすいほど狼狽えている。
「本来でしたらもっと早く謝罪に来るべきでした。今更だというのはよーく分かっております。許してほしいなどと図々しい事は思っておりません!」
「レ、レイチェル様……? あの……」
「離縁の際の条件はそちらの要望を全て呑ませて頂きますので何なりとおっしゃってください! もちろん貴方の生家への支援は続けさせていただきますのでご安心を!」
「いえ、ですから……その……」
「あ、何でしたら婚姻自体を白紙撤回することも出来ますので……「僕は離縁などしたくありません!」…………え?」
夫がいきなり大きな声で離縁を拒否したので今度は私の方が驚いてしまった。
「はあ………………もう、新婚早々一年も放置したかと思えばいきなり低姿勢で謝ってきて、しかも離縁するなどと言い出すなんて勝手すぎます」
「そ、それは…………その通りです……」
「それで、顔以外取り柄のない男などもう用無しというわけですか?」
「え!? い、いや、違います! そうではなくて、こんな酷い事をしてしまった私とこのまま夫婦を続けるのは嫌でしょう? だからもう解放して差し上げなければと……」
「勝手に決めないでください! 僕は…………ん? 私……? 貴女は確かご自分のことをわたくしと呼んでいませんでしたか……?」
「へっ…………!? あ、いや……その…………」
驚いた。確かに記憶を思い出す前のレイチェルの一人称は“わたくし”だ。
だが、まさかレイチェルと結婚式の日にしか会話をしていないリヒャルトにそれを指摘されるとは思わなかった。
「気のせいではありませんこと……? 私の一人称はずっとこれでしたわ……」
「いいえ、貴女は初夜に『わたくしが貴方を愛することはありません!』とはっきり言いました。……この言葉は今でも忘れられません」
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そうだよね。そんな強烈な台詞忘れられないよね。
レイチェルめ、余計な事を……!
「い、今はそんなこと、どうでもいいじゃありませんか! それよりも今後の事について話し合いましょうよ!」
そうだ、今は一人称なぞどうでもいい。
これからのことを……そう、離縁とか慰謝料とか、そういう実のある話をするべきじゃないか。
話を逸らそうとする私を夫はじっと見た。
こちらの心を見透かすようなペリドットの瞳に冷や汗が零れる。
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