だから言ったでしょう?

わらびもち

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生家に戻る

 ライアスに離別の言葉を告げたロザリンドは、彼と住んでいた邸を引き払い生家に戻った。
 約1年と短い結婚生活、それを父親に叱られるものと覚悟していたのに、実際かけられた言葉はとても優しいものであった。

「すまなかったロザリンド……。儂の見る目がなかったせいでお前に離婚歴をつけてしまった。不甲斐ない父をどうか許してくれ……」

「お父様? 何を仰るのですか、悪いのは妻として力不足であったこのわたくしです! わたくしがもっとライアス様を支えられていたならこんな事態にはならなかったのです……」

「いいや、お前は十分力を尽くした。自分一人ではどうにも出来ぬと分かった時点で儂に相談したであろう? 儂はそれに『東方師団長を頼れ』と返すのではなく、直接そちらに赴くべきだったな……」

「いえ、お父様は簡単に王都を離れられぬ身。ならばそのように返すことに何の悪いことがありましょうか? わたくしがお父様の立場でも同じ言葉を返すと思います」

 ライアスの危機管理能力のなさに頭を悩ませていたロザリンドはまず初めに父親に手紙で相談をした。
 それを受けた父親は立場上簡単に王都から離れられないので、まずは身近にいるライアスの上司である東方師団長に協力してもらうよう返事を出した。妻からの忠告は聞けなくとも、上司からの忠告であれば聞くだろうと。

「うむ……。最大の誤算は東方師団長までもがだったということだ。まさか一言も忠告することなく、静観するとは思いもしなかった。あんな能天気な男が東方を統べる長だったとは……。早いうちに知れたことは怪我の功名ではあるか……」

 ライアスの危機管理能力の低さを相談するため、父親からの書状を持参しロザリンドは何度か東方師団長を訪ねていた。
 
 数多の人間から羨望と共に恨みを抱く立場であるのに、全く危機感のない彼はこのままだと悪意に晒される。
 いくらロザリンドが気をつけていても職場までは目が届かない。
 ならその職場にいる一番権威のある人物に忠告してもらおうと。

 さすがに師団長の口から言われれば能天気なライアスとて気を引き締めるだろう。
 そう願い相談したにも関わらず、師団長の口から出たのは思いもよらない言葉であった。

『彼はまだ若いですからね。年を重ねるうちに警戒心を覚えていくでしょう。なに、夫婦というものはゆっくり時間をかけて関係を築くものですよ』

 あまりにも楽観的な考えにロザリンドはおろか付き添いの侍女までもが唖然としてしまった。

 年を重ねるうちに? それでは遅いからこうやって相談しているというのに……。

 どうやら師団長はロザリンドがと勘違いしていたようだ。
 そうではなく、危機管理能力の低いライアスがいつか重大な事件に巻き込まれることを懸念し、それを防ごうと協力を求めていることに全く気付いていない。

 これに呆れたロザリンドはハッキリと自分がを説明したが、能天気な師団長は理解しようともしなかった。考えすぎだ、と一笑に付して終わり。

 
 ここまで見当違いな対応をされたらもう期待するだけ無駄というもの。
 
 師団長が頼りにならないと分かったロザリンドはますます口煩くライアスに注意するようになり、だがそれを聞いてもらえないという悪循環に陥っていた。

「師団長閣下はご自分がライアス様を推薦なさったことを忘れてしまったのかしら? 推薦した以上は師団長閣下は後見人も同然ですのに……。ライアス様に何かあればご自分の立場が危うくなることをご理解しておられない」

 自分が後見人になる、と明言せずとも推薦人は自然とそう見なされる。
 
 なのでライアスが失態を犯せば師団長もそのをとらねばならない。
 普通であればそれを恐れ、推薦した人物が失敗せぬよう動くものだが、何を考えているのか師団長はそうしなかった。

 それどころか完全に他人事のよう。これにはロザリンドから師団長の対応を知らされた将軍も空いた口が塞がらなかった。
 
「全く……団を統べる者の対応とは思えんな。その甘さが此度の事件を招き、自身の首を絞めることになったと理解しているかどうか……」

 今回の毒殺未遂事件の責任をとり、東方師団長は左遷を言い渡された。

 自分が推薦したライアスとアニーの不適切ともいえる関係を知っておきながら何の対処もしない。その問題処理能力の低さと団内部の秩序を守ろうともしない無責任さ、それを団を統べる者として不適格の烙印を押されたからだ。

「上が無能だと組織は機能しない。あんな危機管理能力のない者を長にしたまま、もし戦が起きていたらと思うとゾッとするな……。早めに分かったことは不幸中の幸いだな」

 あの師団長では戦が起きた際にその采配を任せるなど恐ろしくて出来ない。
 団を統べる者として不適格と判断されればすぐにその座は挿げ替えられる。
 少しの油断が国を危機に陥れることは歴史上よくあることなのだから。

「ロザリンド、お前も今回のことでひどく心を痛めただろう。しばらくは再婚せずに生家でゆっくりしてはどうだ?」

「……いいえ、わたくしは将軍であるお父様の娘として、優れた軍人との縁を繋ぎませんと。それが当家に生まれた女としての役目ですので」

 優秀な軍人に娘を嫁がせ縁を繋ぎ、軍事力を強化していったロザリンドの生家。
 国王ですら一目置くほど力の強い家に生まれた娘として、ロザリンドは幼い頃から自分が手駒となることを理解していた。

 国の為、家の為に好きでもない男の元に嫁ぐことを覚悟していた彼女にとって、夫となった人を愛せたことは幸福でもあったのだ。その幸福は夫自身の手によって砕かれたのだが……。

「そうか……。立派な心構えだ。流石は儂の娘よ。そういうことならば、次は中央司令部内の軍人の中からお前の婿を決めるとしよう」

「あら? また東方師団の方を迎えるのではないのですか?」

「あのようなを使う者にお前を嫁がせたくない。いくらライアスを妬んだがゆえの犯行だとしても、あんな手段を取る輩は好きになれん。そんな奴がお前の夫になるなど考えただけで悍ましい」

「まあ、お父様……」

 今回の毒殺事件の黒幕はロザリンドの夫の座を狙っていたとも考えられる。
 邪魔なライアスを消してしまえばその後釜に自分がつけるであろうと画策したのだろうが、どこの父親が娘を毒殺魔に嫁がせたいというのか。

「今回の事件を防げなかったとはいえ、まんまと犯人の思惑に乗るなぞ冗談ではない。今度こそ、ちゃんとお前が幸せになれるように相手を吟味しよう」

「お父様……ありがとうございます」

 幸せに……という父の言葉にロザリンドはライアスとの結婚生活を思い返す。

 愛した男性との生活は甘く優しく、確かに幸せを感じていたはずなのだ。
 最初のうちだけは……。

(アニーさんが現れなければ……あのままライアス様と共に暮らせていたかしら……)

 ロザリンドの頭の中に一瞬だけそんな考えが浮かんでしまう。
 だが彼女は頭を横に振り、それを打ち消した。

 アニーが現れなくともいつかはこういう結果になっていた、それは確かなのだから。

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