初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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不安を実現する男

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「そ……それでも構わないわ! 私はエリオットが何者であろうと、好きな気持ちに変わりはないの! たとえ貧しくても彼がいればそれで幸せよ……!!」

 一瞬躊躇したキャサリンだったが、すぐにハッと我に返りエリオットをどれだけ愛しているかを語り始めた。
 しかしその視線は定まらず、どこか落ち着きがない。エリオットを愛しているのは紛れもない事実だが、彼が平民となることは受け入れがたいようだ。

 だが、どこかエリオットに甘い公爵が彼から当主の座を剥奪したとしても平民にまで落とすだろうか。
 何か別の爵位を与え、かろうじて貴族の身分に留めるかもしれない。
 
 それはそうとして、身分を失ってもついていくと言ってくれる相手がいるなんてエリオットはつくづく幸せ者だ。
 侯爵でなくなるのならば、妻となる女性には本当に自分を愛してくれる人が相応しいのではないかと思う。
 それにもともとエリオットの妻には彼女がなるはずだったのだから。

(そういえば……私がエリオット様の妻に選ばれた理由である、南の国の王女はいつこの国に留学してくるのかしら……?)

 今度留学してくるという暴力的な南の国の王女からエリオットを守る為というただそれだけの理由でセシリアは彼の妻に選ばれた。思い返してみればつくdくくだらないし、こちらを馬鹿にするにも程がある。
 そんな理由で好きな人と別れた挙句、あんなどうしようもない最低男と結婚させられたと考えると腹立たしい。
 しかもあの男はこちらを妻として尊重するどころか全力で蔑ろにしてくるようなとんでもない奴だ。

(キャサリン様では王女に太刀打ちできないと公爵様はおっしゃっていたわね。まあでも……別に王女の留学前に当主でなくなれば別に彼が目をつけられることもないわ。王族か高位貴族しか対象にならないと言っていたし……)

 セシリアはそんなことをぼんやりと考えていた。ただ、なぜか胸の奥でかすかなざわめきを感じてならない。
 顔だけはいいエリオットが身分関係なく王女に見初められてしまったら……もしかすると公爵から離婚を思いとどまるよう説得されかねない。そうしたらかなり厄介だ。

 胸に言いようのない不安を抱えるセシリアのその予感は、かくして彼女の知らぬところで実現しつつあった……。


 朝の街はまだ静かに目を覚ましたばかりだった。
 石畳の路地に差し込む陽光は柔らかく、露を含んだ空気が冷たい風と共に肌を撫でる。
 パン屋の香ばしい匂い、早起きの商人たちの掛け声、そして時折響く馬車の車輪の音。すべてが、まだ完全には目覚めていない都市の鼓動だった。

 エリオットは気づまりな教育の息抜きとして朝の街を散歩することが日課となっていた。
 本来なら馬車で行動する身分だが、このひとときの散策が彼には心地よかった。

 朝の新鮮な空気を肌で感じていたその時──

「きゃっ!」

 突如、路地の角で誰かとぶつかった。
 とっさに手を伸ばし、細い身体を支える。

「おっと、大丈夫ですか?」

 彼女が顔を上げた瞬間、エリオットの目に映ったのは陽を受けて輝く金の髪と、戸惑いを浮かべた青い瞳だった。
 フードを深く被っていたが、その顔立ちは上品でどこか気品がある。

「あ……あの、すみません。わたくしの不注意で……」

「いいえ、私の方が前を見ていなかった」

 言いながら、彼女の手を軽く取って立たせる。彼女は顔を赤らめて目を伏せた。

(どこかの貴族令嬢か? いや、それにしては服装が質素だな……)

 矛盾する印象に一瞬だけ引っかかるものを感じたが、それもすぐに消える。
 彼には興味を向ける理由がなかった。

「怪我はありませんか?」

「ええ……大丈夫です。本当に、ありがとうございました」

 彼女は礼儀正しく頭を下げた。身分を聞いても、「ただの旅の者です」とだけ。
 エリオットは、「そうですか」とだけ返し、軽く街の見どころを教えて、その場を立ち去ろうとした。

 だが──

「また……お会いできるでしょうか?」

 その小さな声が、背中越しに届いた。
 振り返らずに歩きながら、彼は静かに思った。

(何故、また会う必要が……? おかしなことを言う人だな)

 空は青く、午前の光が王都を照らしていた。
 
 その女性の想いなど、彼はまだ知る由もない……。
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