90 / 165
キアラの嫌味
しおりを挟む
主催者に挨拶するべく、会場内の招待者は続々と列に並び始める。
迎えに来た夫と共にキアラもそこへと向かった。暗黙の了解で身分の高い者から先に挨拶をするものなので、筆頭公爵家の嫡男夫妻である彼女達が必然的に一番前へと案内された。
ガーネット侯爵家も高位の家柄であるため、挨拶の順番は比較的早い。
高位の家柄の当主がアレだということは置いておいて、セシリアも挨拶の列に並ぶ為エリオットを探した。
挨拶の列など気づかず呑気に喋っているエリオットを見つけると、不意に殺意が湧いた。周囲がこれだけ動いているのになんでそんなに鈍いのかと。
「失礼します。エリオット様、ご挨拶の時間ですわ」
セシリアが声をかけると、エリオットと話していた男性が会釈をしてその場を離れた。
そこで初めて周囲の状況に気がついたエリオットは「え? ああ……」と持っていた飲み物をテーブルに置く。
セシリアをエスコートしようと手を差し出したが、その手を取ったのは近くにいたキャサリンだった。
「……なんのつもりかしら?」
急いでいるというのに、どういうつもりだとセシリアは鋭い視線をキャサリンへと向ける。
それに怯えてビクッと身を震わすキャサリンと、彼女を庇おうとしたエリオットが「そんな怖い顔をしなくとも……」と小声で告げた。
その悠長な態度がセシリアの怒りをさらに煽ることとなった。
こんなことをしていて挨拶に間に合わなかったらどうしてくれるのか。
順番が回ってきた際にその場にいないことが、どれほど礼を欠く行為か――二人にはそれがまるでわかっていない。
いつまで経っても家門の恥になることばかりしようとするエリオットと、教育の成果が全く現れないキャサリンにセシリアは怒りで眉を吊り上げた。
「おふざけも大概になさってください。使用人として参加したオニキス子爵令嬢が当主のエスコートを受けること自体が恥です。壁の方で控えていなさい」
厳しい口調にキャサリンは泣きそうになるも、セシリアの「……二度は言いません。私の拳を食らいたくなければ大人しく従いなさい」という言葉に喉をヒュッと鳴らす。
「わ、わかりました! 壁の方へ行ってます……」
ガタガタと震えながらキャサリンはエリオットの手を離し、足早にその場から去った。
呆気にとられたようにそれを眺めていたエリオットはセシリアの氷のように冷たい視線に気づき、ハッとする。
「え、えっと……ごめん」
「…………行きますよ。早くしてください」
そんな何に対して謝っているか分かっていない謝罪など聞くに気にもなれない。
セシリアはエリオットから目を背け、嫌々ながら彼のエスコートを受けた。
列に案内される際、セシリアはさりげなく後方に並ぶ人々の顔ぶれを確認する。
一通り見終えると彼女はわずかに息を吐き、安堵の色を浮かべた。
(よかった……。招待客の中にユリウスはいないみたい)
セシリアはこの夜会に初恋の相手──ユリウスが招待されているのではないかという不安をずっと抱えていた。
美しい彼が王女に見初められてしまったら……と思うと気が気でない。もう彼と人生が交わることはないにしても、目の前でそんな光景が繰り広げられたらと思うと嫌で仕方ない。
いまだ彼への思いを断ち切れずにいる自分がどうしようもなく情けない。
彼よりも家を選んだのは自分なのに、未練を感じるなんて──身勝手にもほどがある。
そんなことを考えていると、ふと、セシリアの耳にキアラと王妃の会話が聞こえて来た。
「あまりに急なご招待でしたので、せめて礼儀として顔を出さねばと思いましたの。急いで仕立て屋を呼び出し、昨年のドレスに今流行りの真珠を縫い付けるくらいしか出来ませんでしたけれど――栄えある王宮の夜会に相応しくない装いでなければよろしいのですが?」
「と、とんでもない……とてもお似合いよ、アレキサンドライト小公爵夫人」
「まあ、それは何より。実のところ、このような短い猶予で支度を整えるのは、わたくしには少々荷が重うございますの。予定を気まぐれに決められる立場ではありませんので……」
キアラの社交界特有の遠回しな非難……という名の嫌味に思わずそちらに視線を向けると、王妃笑みがわずかに凍りつく様子が目に映った。
「それにしても、今宵のご趣向――奇抜で新鮮ですこと。夜会というよりティーパーティーを彷彿させる内容ですね。上流階級の夜会でこんなにも自由奔放なお振る舞いを拝見できるとは、夢にも思いませんでした」
扇子を軽く振りながら、キアラは口角をあげる。
彼女の口から放たれる嫌味の応酬に王妃は悔しそうに視線を逸らした。
(ティーパーティーね、言い得て妙だこと……)
この夜会は一般的に催されるものと比べて色々と足りない部分が多数見受けられる。
特に、提供される料理や飲み物の品数が極端に少ないのだ。それこそまるでティーパーティーのように果実水や軽食しか卓上に用意されていない。酒類が置いていない夜会なんて初めてだ。
急な夜会だったため、料理も飲み物も十分に用意することが出来なかったのか、それともこの程度でいいだろうと思われているのかは分からない。しかし、そもそもが場を整えることも出来ないのに夜会を催すことがおかしいと、キアラはそこを非難しているのだ。
セシリアは心の中で「いいぞ、もっと言ってやれ」とキアラを応援するのだった。
迎えに来た夫と共にキアラもそこへと向かった。暗黙の了解で身分の高い者から先に挨拶をするものなので、筆頭公爵家の嫡男夫妻である彼女達が必然的に一番前へと案内された。
ガーネット侯爵家も高位の家柄であるため、挨拶の順番は比較的早い。
高位の家柄の当主がアレだということは置いておいて、セシリアも挨拶の列に並ぶ為エリオットを探した。
挨拶の列など気づかず呑気に喋っているエリオットを見つけると、不意に殺意が湧いた。周囲がこれだけ動いているのになんでそんなに鈍いのかと。
「失礼します。エリオット様、ご挨拶の時間ですわ」
セシリアが声をかけると、エリオットと話していた男性が会釈をしてその場を離れた。
そこで初めて周囲の状況に気がついたエリオットは「え? ああ……」と持っていた飲み物をテーブルに置く。
セシリアをエスコートしようと手を差し出したが、その手を取ったのは近くにいたキャサリンだった。
「……なんのつもりかしら?」
急いでいるというのに、どういうつもりだとセシリアは鋭い視線をキャサリンへと向ける。
それに怯えてビクッと身を震わすキャサリンと、彼女を庇おうとしたエリオットが「そんな怖い顔をしなくとも……」と小声で告げた。
その悠長な態度がセシリアの怒りをさらに煽ることとなった。
こんなことをしていて挨拶に間に合わなかったらどうしてくれるのか。
順番が回ってきた際にその場にいないことが、どれほど礼を欠く行為か――二人にはそれがまるでわかっていない。
いつまで経っても家門の恥になることばかりしようとするエリオットと、教育の成果が全く現れないキャサリンにセシリアは怒りで眉を吊り上げた。
「おふざけも大概になさってください。使用人として参加したオニキス子爵令嬢が当主のエスコートを受けること自体が恥です。壁の方で控えていなさい」
厳しい口調にキャサリンは泣きそうになるも、セシリアの「……二度は言いません。私の拳を食らいたくなければ大人しく従いなさい」という言葉に喉をヒュッと鳴らす。
「わ、わかりました! 壁の方へ行ってます……」
ガタガタと震えながらキャサリンはエリオットの手を離し、足早にその場から去った。
呆気にとられたようにそれを眺めていたエリオットはセシリアの氷のように冷たい視線に気づき、ハッとする。
「え、えっと……ごめん」
「…………行きますよ。早くしてください」
そんな何に対して謝っているか分かっていない謝罪など聞くに気にもなれない。
セシリアはエリオットから目を背け、嫌々ながら彼のエスコートを受けた。
列に案内される際、セシリアはさりげなく後方に並ぶ人々の顔ぶれを確認する。
一通り見終えると彼女はわずかに息を吐き、安堵の色を浮かべた。
(よかった……。招待客の中にユリウスはいないみたい)
セシリアはこの夜会に初恋の相手──ユリウスが招待されているのではないかという不安をずっと抱えていた。
美しい彼が王女に見初められてしまったら……と思うと気が気でない。もう彼と人生が交わることはないにしても、目の前でそんな光景が繰り広げられたらと思うと嫌で仕方ない。
いまだ彼への思いを断ち切れずにいる自分がどうしようもなく情けない。
彼よりも家を選んだのは自分なのに、未練を感じるなんて──身勝手にもほどがある。
そんなことを考えていると、ふと、セシリアの耳にキアラと王妃の会話が聞こえて来た。
「あまりに急なご招待でしたので、せめて礼儀として顔を出さねばと思いましたの。急いで仕立て屋を呼び出し、昨年のドレスに今流行りの真珠を縫い付けるくらいしか出来ませんでしたけれど――栄えある王宮の夜会に相応しくない装いでなければよろしいのですが?」
「と、とんでもない……とてもお似合いよ、アレキサンドライト小公爵夫人」
「まあ、それは何より。実のところ、このような短い猶予で支度を整えるのは、わたくしには少々荷が重うございますの。予定を気まぐれに決められる立場ではありませんので……」
キアラの社交界特有の遠回しな非難……という名の嫌味に思わずそちらに視線を向けると、王妃笑みがわずかに凍りつく様子が目に映った。
「それにしても、今宵のご趣向――奇抜で新鮮ですこと。夜会というよりティーパーティーを彷彿させる内容ですね。上流階級の夜会でこんなにも自由奔放なお振る舞いを拝見できるとは、夢にも思いませんでした」
扇子を軽く振りながら、キアラは口角をあげる。
彼女の口から放たれる嫌味の応酬に王妃は悔しそうに視線を逸らした。
(ティーパーティーね、言い得て妙だこと……)
この夜会は一般的に催されるものと比べて色々と足りない部分が多数見受けられる。
特に、提供される料理や飲み物の品数が極端に少ないのだ。それこそまるでティーパーティーのように果実水や軽食しか卓上に用意されていない。酒類が置いていない夜会なんて初めてだ。
急な夜会だったため、料理も飲み物も十分に用意することが出来なかったのか、それともこの程度でいいだろうと思われているのかは分からない。しかし、そもそもが場を整えることも出来ないのに夜会を催すことがおかしいと、キアラはそこを非難しているのだ。
セシリアは心の中で「いいぞ、もっと言ってやれ」とキアラを応援するのだった。
3,151
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 エール📣いいね❤️励みになります!
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる