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危険な招待状
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それからというもの、エリオットの姿も便りもぱたりと途絶えた。
公爵家の使いの者の話では、セシリアから一撃お見舞いされたことが余程堪えたのか、今は外に出ることもなく邸内に引きこもっているらしい。毎朝の散歩にすら出なくなったとか。
それを聞いても悪い事をしたとか可哀想だとかはまったく思わない。
むしろ好都合だ。これで、エリオットはもうあの王女と顔を合わせずに済む。
王女からの手紙は相変わらず届いていた。
だがセシリアはそれを真面目に取り合うこともなく、形だけの返事で済ませていた。
王女の手紙には「彼を解放して!」や「わかっていますわ、貴女が彼とわたくしを会わせないようにしているんでしょう?」という内容が丁寧に、そして遠回しに書かれている。セシリアはそれらすべてに丁寧に、そして皮肉を込めた返事を送った。
諦める気配を微塵も見せない様子からして彼女は焦っているのだろう。
帰国の日が刻一刻と近づいているのだから。
その日までは適当にあしらっていればいい。
その日さえ過ぎれば、厄介ごととも綺麗さっぱり縁が切れるのだから。
最近は厄介ごとに振り回されてばかりだったが、それを思えば多少は気も晴れるというものだ。
だというのに――王女の執念深さはセシリアの想像など軽々と踏み越えてきた。
「セシリア……これ、見てちょうだい」
とある日の午後、困惑の色を浮かべた義母イザベラがセシリアのもとを訪れてきた。
彼女の手には、一通の手紙が握られている。封蝋に刻まれた紋章にセシリアの目がわずかに細められた。
「お義母様……これは、まさか……」
この紋章、見間違えるはずもない――王女のものだ。ここ最近、何度目にしたことか。
「……中を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論よ」
恐る恐る中の文面に目を落とす。
そこには――王女主催のお茶会への招待状が丁寧な筆致で綴られていた。
『先代ガーネット侯爵ご令室
イザベラ 様
ご機嫌麗しくお過ごしのことと拝察申し上げます。
突然のご挨拶、無礼をお許しくださいませ。
このたびは、かねてより名高きガーネット侯爵家のご令室にお目通りを願いたく、僭越ながら筆を執らせていただきました。
貴家の歴史と品格に常より深い敬意を抱いております。ご面識を得る機会を得られればとの思い、このたびささやかな茶会を設けさせていただく次第です。
ご多忙のところ誠に恐縮ではございますが、もしご都合が許されますなら、下記のとおり王宮にて催されます茶会へご光臨賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。
敬白』
「……お義母様、おそらくこれは何らかの罠です。行ってはいけません」
「やっぱりそう思う? そうよね、会ったこともないわたくしをお茶会に招待するなんて、どう考えてもおかしいわ……。ただ……一国の王女の招待を一介の貴族夫人でしかないわたくしが断っていいものかしら?」
「それは……確かに不味いかもしれませんが、行けば、お義母様の身に危険が及ぶかもしれません」
どう考えても何か企んでいるとしか思えない。そうでなければ面識のないイザベラをお茶会に招待するなんて不自然極まりない。しかもどうして他国の王宮で我が物顔でお茶会が開けるのか。もう全体的におかしい。
「ええ、でも……王族からの誘いを断れば、我が家が社交界において立場を損なう恐れがあるでしょう? だから、わたくし、この招待を受けようと思うの」
「お義母様、そんな……」
家の評判を守るためにイザベラを危険にさらすなど、セシリアには到底納得できなかった。
王女が何を企んでいるかは知らないが、きっと碌な事ではない。そんなことにイザベラを巻き込むなど許しがたい。
「セシリア、わたくしが貴女を訪ねたのは、もしわたくしに何かあった時のことを託したくてよ」
その言葉にイザベラが危険を覚悟で王宮に行くつもりだったと知る。
そして自分の身に何かあった時、後のことをセシリアに託したくてここに来たのだと。
「……分かりました。お義母様の覚悟を無碍にするわけには参りません。私も共に参ります」
「ええ、それでわたくしの身に何かあった時は……ん、ちょっと待って、今、貴女も行くと言わなかった?」
「はい、言いました。お義母様と共にわたくしも王女様のお茶会に参ります」
「ええ!? いや、それは無理よ。招待されていない者が参加できるはずないじゃない!」
「大丈夫、私に考えがあります」
セシリアはおもむろにベルを鳴らし、使用人を呼んだ。
「お呼びでしょうか、奥様」
やってきた執事にセシリアは命じる。
「今から言うものを、急ぎ用意なさい」
有無を言わせぬ態度で命じるセシリアに、イザベラは呆気にとられた。
そんな彼女に向き直り、妖しい笑みを浮かべる。
「王族からのご招待ですもの。礼を尽くして、参りましょう。ええ、礼儀正しく、微笑みをたたえて──戦場に赴くのですから」
戦場という言葉に息を呑むイザベラを横目に、セシリアはてきぱきと準備を整えていくのであった。
公爵家の使いの者の話では、セシリアから一撃お見舞いされたことが余程堪えたのか、今は外に出ることもなく邸内に引きこもっているらしい。毎朝の散歩にすら出なくなったとか。
それを聞いても悪い事をしたとか可哀想だとかはまったく思わない。
むしろ好都合だ。これで、エリオットはもうあの王女と顔を合わせずに済む。
王女からの手紙は相変わらず届いていた。
だがセシリアはそれを真面目に取り合うこともなく、形だけの返事で済ませていた。
王女の手紙には「彼を解放して!」や「わかっていますわ、貴女が彼とわたくしを会わせないようにしているんでしょう?」という内容が丁寧に、そして遠回しに書かれている。セシリアはそれらすべてに丁寧に、そして皮肉を込めた返事を送った。
諦める気配を微塵も見せない様子からして彼女は焦っているのだろう。
帰国の日が刻一刻と近づいているのだから。
その日までは適当にあしらっていればいい。
その日さえ過ぎれば、厄介ごととも綺麗さっぱり縁が切れるのだから。
最近は厄介ごとに振り回されてばかりだったが、それを思えば多少は気も晴れるというものだ。
だというのに――王女の執念深さはセシリアの想像など軽々と踏み越えてきた。
「セシリア……これ、見てちょうだい」
とある日の午後、困惑の色を浮かべた義母イザベラがセシリアのもとを訪れてきた。
彼女の手には、一通の手紙が握られている。封蝋に刻まれた紋章にセシリアの目がわずかに細められた。
「お義母様……これは、まさか……」
この紋章、見間違えるはずもない――王女のものだ。ここ最近、何度目にしたことか。
「……中を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論よ」
恐る恐る中の文面に目を落とす。
そこには――王女主催のお茶会への招待状が丁寧な筆致で綴られていた。
『先代ガーネット侯爵ご令室
イザベラ 様
ご機嫌麗しくお過ごしのことと拝察申し上げます。
突然のご挨拶、無礼をお許しくださいませ。
このたびは、かねてより名高きガーネット侯爵家のご令室にお目通りを願いたく、僭越ながら筆を執らせていただきました。
貴家の歴史と品格に常より深い敬意を抱いております。ご面識を得る機会を得られればとの思い、このたびささやかな茶会を設けさせていただく次第です。
ご多忙のところ誠に恐縮ではございますが、もしご都合が許されますなら、下記のとおり王宮にて催されます茶会へご光臨賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。
敬白』
「……お義母様、おそらくこれは何らかの罠です。行ってはいけません」
「やっぱりそう思う? そうよね、会ったこともないわたくしをお茶会に招待するなんて、どう考えてもおかしいわ……。ただ……一国の王女の招待を一介の貴族夫人でしかないわたくしが断っていいものかしら?」
「それは……確かに不味いかもしれませんが、行けば、お義母様の身に危険が及ぶかもしれません」
どう考えても何か企んでいるとしか思えない。そうでなければ面識のないイザベラをお茶会に招待するなんて不自然極まりない。しかもどうして他国の王宮で我が物顔でお茶会が開けるのか。もう全体的におかしい。
「ええ、でも……王族からの誘いを断れば、我が家が社交界において立場を損なう恐れがあるでしょう? だから、わたくし、この招待を受けようと思うの」
「お義母様、そんな……」
家の評判を守るためにイザベラを危険にさらすなど、セシリアには到底納得できなかった。
王女が何を企んでいるかは知らないが、きっと碌な事ではない。そんなことにイザベラを巻き込むなど許しがたい。
「セシリア、わたくしが貴女を訪ねたのは、もしわたくしに何かあった時のことを託したくてよ」
その言葉にイザベラが危険を覚悟で王宮に行くつもりだったと知る。
そして自分の身に何かあった時、後のことをセシリアに託したくてここに来たのだと。
「……分かりました。お義母様の覚悟を無碍にするわけには参りません。私も共に参ります」
「ええ、それでわたくしの身に何かあった時は……ん、ちょっと待って、今、貴女も行くと言わなかった?」
「はい、言いました。お義母様と共にわたくしも王女様のお茶会に参ります」
「ええ!? いや、それは無理よ。招待されていない者が参加できるはずないじゃない!」
「大丈夫、私に考えがあります」
セシリアはおもむろにベルを鳴らし、使用人を呼んだ。
「お呼びでしょうか、奥様」
やってきた執事にセシリアは命じる。
「今から言うものを、急ぎ用意なさい」
有無を言わせぬ態度で命じるセシリアに、イザベラは呆気にとられた。
そんな彼女に向き直り、妖しい笑みを浮かべる。
「王族からのご招待ですもの。礼を尽くして、参りましょう。ええ、礼儀正しく、微笑みをたたえて──戦場に赴くのですから」
戦場という言葉に息を呑むイザベラを横目に、セシリアはてきぱきと準備を整えていくのであった。
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