初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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王宮へ

 重厚な鉄の門がゆっくりと開き、馬車が王宮の中庭へと滑り込む。警備兵たちが敬礼し、御者が馬車を止めるとすぐさま侍従が一人、金と白の制服に身を包み、恭しくドアを開けた。

「ご到着、感謝申し上げます、マダム・ガーネット。王女殿下がお待ちでございます。」

 馬車の中でイザベラは優雅に頷くと、手を差し出した。侍従がその手を取り、ゆっくりと馬車から降りる。
 心なしか侍従の目はイザベラに釘付けとなっていた。彼女が地面に降り立った瞬間、ふわりと裾が揺れ、香水の甘い香りが立ち上る。

「驚きました。まさか、先代侯爵閣下のご令室がこれほどまでに若く美しい方だとは……」

 イザベラの手を取ったまま「ほう」と見惚れる侍従。その隙間を縫うように、突如侍女がするりと体を滑り込ませた。

「いい加減に手をお放しになっては? 奥様に対して無礼が過ぎますよ」

 上流階級の婦人さながらの威圧感をまとった侍女が侍従に厳しい視線を向けて糾弾する。
 ガーネット侯爵家のお仕着せを身に纏い、分厚い眼鏡をかけたその侍女の圧にたじろいだ侍従は「大変失礼いたしました!」と慌ててイザベラの手を離した。

「結構。それでは案内していただけますか」

 一介の侍女とは思えないほどの堂々とした態度に侍従は呆気にとられた。
 反論しようにも、眼鏡の上からでも分かる歴戦の猛者を思わせる目に射すくめられて声が出ない。
 かなり上擦った声で「か、かしこまりました……」と言うのが精一杯だった。

、そんなに厳しく言わなくても……」

「何をおっしゃっているんです、お義母……いえ、奥様。女性に不用意に触れるなど、誠に無作法にございますわよ」

 イザベラはそっと眼鏡の侍女に耳打ちしたが、すぐさまきっぱりと言い返された。
 眼鏡をかけていても隠しきれないその端麗な容姿と、誰もが息を呑むほどの毅然たる態度。彼女の正体は侍女に身をやつしたガーネット侯爵夫人セシリアだった。

 昨日、王女のお茶会に参加すると言ったイザベラの身を案じたセシリアは、なんと自ら侍女に扮して同行すると言い出したのだ。邸の女主人にそんな真似はさせられないと止めたイザベラをよそに、セシリアは執事に命じて侍女のお仕着せから変装用のカツラ、分厚い眼鏡までをもあれよというまに準備させてしまったのである。
 
 そもそも、セシリアが一度こうと決めたらイザベラに止められるはずもない。反対しようにも、口の達者なセシリアにいつの間にか丸め込まれてしまうのだ。「侯爵夫人が侍女に扮しているだなんて、王女様に知られたらどうするつもり?」と言っても「別に、侯爵夫人が侍女に扮することは犯罪ではありませんから」堂々と反論させてしまう。
 実際、もし指摘されたとしてもセシリアなら涼しい顔で「それが何か?」と言いそうだ。

 
 しずしずと気品のある所作で後ろを歩くセシリアを横目に、イザベラは侍従に案内されるまま大理石の階段を上がり、宮廷内へと足を踏み入れる。天井高く、壁には王家の歴代の肖像画が睨むように並び、赤絨毯がまっすぐ奥へと導いていた。
 侍従はメインホールから外れた静かな廊下へと進む。そこは来賓の中でも特に選ばれた者のみが通される、貴賓室へと続く道だった。廊下の奥、重厚な木の扉の前で立ち止まると侍従は一礼し、扉をそっと開く。

「こちらでお待ちくださいませ。王女殿下はまもなくお見えになります。」

 その部屋は王宮の中にあってなお、どこか柔らかく親しみのある空間だった。白と水色を基調とした室内には上品な調度品が整然と並び、窓辺のレースカーテン越しに射す光が部屋の空気に静かな金色の粒子を浮かばせている。中央のテーブルにはすでに銀のティーセットが並べられ、花器には淡い色合いの花が活けられていた。

 イザベラは静かに腰を下ろすと、姿勢を整え、ひとつ息を吐いた。
 王女と向かい合うその時を、ただ穏やかに、しかし一分の隙もなく迎えるために。

 扉が閉じられてから、しばらくの静寂が室内を満たしていた。
 銀のティーポットから立ちのぼる香気は薄まり、窓辺の光が角度を変え始めた頃――

 不意に、扉が小さくノックされた。だが返事を待たず、ゆっくりと開いたその先に立っていたのはイザベラが予想していた人物ではなかった。

「お初にお目にかかりますわ、マダム・ガーネット。わたくしは王太子妃――レオノールと申します」

 若く、それでいてどこか落ち着いた佇まいの女性が菫色のドレスの裾を軽くつまんで一礼した。
 王族としての気高さと、白薔薇を思わせるような凛とした美貌。思わず息を呑むイザベラだが、すぐに立ち上がって礼を返す。

「王太子妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しくお過ごしのことと存じます。まさか私のような者にお時間をいただけるとは、身に余る光栄でございます。こうしてお目にかかれますこと、心から嬉しく存じます」

「ええ、わたくしも。けれど、あなたの名前はずっと以前から耳にしておりますのよ」

 王太子妃は穏やかに微笑みながら室内に入り、ゆっくりとイザベラの正面に腰を下ろした。
 まるで旧知の友人であるかのように自然な仕草だったが、その瞳の奥には確かな観察と慎重さが隠れている。

「貴女が王女様にお茶会に招待されたと聞いて……すぐに来なければと思ったの。少しだけ話をしてもいいかしら?」

 言葉の端々に礼儀を保ちつつも、どこか切迫した気配がにじんでいた。イザベラが黙って頷くと、王太子妃は言葉を選ぶように慎重に口を開いた。

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