初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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荒ぶる王女と、突如沸き上がった違和感

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「あ、あの女? 悪女……? まさか、それは当家の女主人、セシリアのことを言っているのですか?」

「ええ、そうよ! あの、”赤いドレス”の悪女はこのわたくしに向かって暴言を吐いたの! 王女たるわたくしに、一介の貴族夫人風情が! あんな恐ろしい女は侯爵に相応しくなくてよ!」

 エリオットのことを根掘り葉掘り聞いてきたと思ったら、今度はセシリア悪し様に罵り始めた王女。
 王女の言葉は次々と主旨を変え、感情も一定しない。その混乱ぶりにイザベラはただ戸惑うばかりだった。

「侯爵──エリオット様も家庭が息苦しいとおっしゃっていたわ! 奥方はいつも正論ばかりで気が休まらないって! 可哀想だと思わない?」

「いえ……それはすべてエリオットが当主として未熟だからでございます。彼女の言っていることは至極真っ当であります。それを”息苦しい”と一言で断じてしまう、その姿勢こそ問題なのですわ」

 同意してくれないばかりか、はっきりと反論されて王女は驚いて目を見開く。
 それまで困惑してたとは思えないほど毅然としたイザベラの態度に王女のみならず、背後に控えていたセシリアまでもが息を呑んだ。

「なっ……! はあの女のお味方をするのですか!?」

「……王女殿下、わたくしを”お義母様”と呼ぶのはお控えください。あらぬ誤解を招く恐れがございますので」

 いくら王女とはいえ、無関係の他人にそう呼ばれるのはいい気がしない。
 それに、その呼び方をされるのはセシリア以外ではどうにも落ち着かない。
 顔を赤らめ感情を露わにする王女に対し、イザベラは一歩も引かず毅然と声を上げた。

「先程、セシリアエリオットに相応しくないとおっしゃいましたが、それは違います。セシリアエリオットは相応しくないのです。聡明さと強い責任感を持ち、人の上に立つ資質に恵まれた彼女に比べて義息子は面倒事からすぐに逃げ出す器の小さな男ですから」

 義理の息子を評価せず、嫁ばかりを賞賛するイザベラの態度に王女は驚きを隠せなかった。
 そして怒りに唇を震わせ、キッと鋭く睨みつける。

「お義母様はあの悪女に騙されておいでですわ! あれは人の心を傷つけるだけの存在よ!」

「それは聞き捨てなりません。殿下は何故、そこまでしてセシリアを貶めようとなさるのですか? 彼女は多くの領民に慕われる、ガーネット侯爵家に無くてはならない存在ですよ」

 王族を前にしても微塵も退かぬイザベラの胆力に驚いたのは王女だけではない。
 背後に控えるセシリアも、王太子妃の命で遣わされた女官もまた、その凛とした強さに息を呑んだ。

(お義母様…………)

 涼しげな面持ちで佇んでいたセシリアの表情が、ふと緩む。
 「ご覧なさい、私の義母は素晴らしい方でしょう?」とでも言いたげな面持ちで誇らしげに微笑んだ。
 彼女のこんな顔、イザベラが見ていたら「そんな顔をするんじゃないわよ!」と窘めていたかもしれない。

「おお、嫌だ! 醜い本性を隠して“賢い女”を演じている悪女に皆騙されているのですわ。わたくしには分かる、あれは弱い者をいたぶる卑怯な女よ。そっくり……!」

「……え? 殿下の、お母君……?」

「そうよ! わたくしを散々見下した母そっくり! 正論ばかりで優しさも思いやりもない、嫌な女よ!」

 いきなり話が思わぬ方向に逸れたことに、イザベラは唖然とした表情で固まってしまった。
 そんな彼女の様子などおかまいなしに王女は興奮気味で捲し立てる。

「子供の頃からずっと母に小言を言われ続けて、褒められたことなんて一度たりともなかった! わたくしのことを『不出来』だとか『王家の恥』だとか……嫌なことばかりを言い続けてきた母にあの女はそっくりよ! 夜会で初めてあの女を見た瞬間、母と同じ赤いドレスを着ている姿に背筋が凍りつくほどの衝撃を受けたわ。母が蘇って再びわくしの前に姿を現したのかと錯覚するほどに……!」

 顔を青白くし、鬼気迫る様子でそう語る王女とは反対にイザベラは呆けたように「は、はあ……」としか返せなかった。脈絡もなくいきなり身の上話をされても困る。こちらはどう返していいか分からない。
 
 そんな二人を見つめるセシリアは、一人「ああ、そういうことか」と納得したような顔をしていた。
 以前、公爵が夜会で着ていくようにと贈ってくれたドレスにはこういう意図があったと今になって分かったのだ。
 あれは、王女を牽制するためにわざわざ用意してくれたのだと。

「本当に恐ろしかったわ……。あの街角で出会った愛しの君に再び出会えた喜びも打ち消すほどにね!」

「は、はあ……さようでございますか」

 芝居がかったように身振り手振りで悲しみを表現する王女にイザベラは引いていた。
 いったい何の話をしているのか、当事者ではない彼女は理解出来ず困惑するばかりだ。
 反対にセシリアは、公爵がなぜ自分をエリオットの妻に選んだのか、その隠された意図に、今になって初めて思い至った。

(公爵様はから、エリオット様の妻に選んだのね……)

 王女の母君の人となりは知らないが、話を聞く限りでは厳格な方だと察せられる。
 もしかすると容姿もセシリアに似ているのかもしれない。そして、赤いドレスを好んで着ていたのだろう。
 それゆえ、王女は古びた赤いドレスを纏うセシリアを見て、過剰とも言えるほどに怯えていた。
 恐れていた母親の姿とセシリアが重なったのだ──。

 侯爵邸に突然現れ、無礼な振る舞いをしたことでセシリアに厳しく叱責された際も王女は異様に怖がっていた。
 そういえば「母様」と口にしていたかもしれない。

(でも、どうして公爵様はそこまでしてこの王女様を近づかせないようにしたのかしら……?)

 わざわざ王女が恐れる母親に似たセシリアを甥の妻にと選び、さらにはその母親が着ていたドレスと似た品まで用意するほど、王女を避けようとしていたのは何故だろう。
 
 それに……よく考えてみれば、公爵は王女のことをあまりにも詳しく知りすぎている。
 それほど我が国と親しいわけでもなく、地理的にも遠く離れた南国の王家の姫について、なぜ公爵はそこまで詳しいのだろう。

 不意に浮かんだ疑問にセシリアは静かに首をひねる――心の奥に小さな違和感を抱えながら。
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