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諫めるイザベラ
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違和感にとらわれて思案に沈むセシリアをよそに、王女の激しい感情は収まる気配を見せなかった。
「ちょっと自分の常識から外れたくらいで”不作法”だのなんだのと騒いで馬鹿みたい! そういうところが母様そっくり。礼儀や作法ばかり気にしている、つまらない女だから夫に愛されないのよ! エリオット様も頭でっかちのキツイ女より、わたくしのように素直で慎ましい女の方が好ましいと言ってくださったわ! 愛されていないのに、妻の座にしがみついて馬鹿みたい!」
「殿下……どうかご冷静に。わたくしには何のことをおっしゃっているのか理解しかねます……」
イザベラは困惑の表情を浮かべたまま遠慮がちに王女を諫めた。
正直、もう王女が何を言ってるのかちっとも分からない。ただ、セシリアを目の敵にしてるってことだけは伝わってくる。
「エリオットが貴女様に何か申し上げたのでしょうか? もしそうでございましたら、義理とはいえ母として深くお詫び申し上げます」
話を早々に終わらせて席を立とうと考えたイザベラは礼を尽くすように謝罪の言葉を述べた。
王女の言葉は要領を得ないばかりか、根本的に見当違いで反論しにくい。
エリオットの愛情どうこう言っているが、そんなものをセシリアはそもそも欲していない。
それに王女の母親のことを出されても正直返答に困る。聞いている限りだと王女は母親を憎んでいるようだが、それは初対面のイザベラに話すことだろうか。母親も王族であるのだろうから、一介の貴族夫人でしかないイザベラが共感して「それはひどいお母君ですね」などと不敬な発言をできるはずもない。話されても困る。
「お義母様が謝る必要なんかどこにもないわ! それをするのはあの女、憎きガーネット侯爵夫人よ!」
「……恐縮ながら殿下、それは道理にかなっているとは言い難いかと存じます。わたくしが義理とはいえ母としてエリオットの貴女様に対する浮ついた態度を謝罪する道理はあれど、政略で嫁いできたセシリアがエリオットの”妻”の座に就いたことに対して謝罪する道理はございません」
好きで嫁いだわけでもないうえに、最悪な新婚生活を送らされた挙句、それについて謝罪を求めるなんてあまりにも理不尽だ。そうでないにしても、誰かの妻であることに謝罪を求められる道理なんてどこにもない。
「なんですって!? わたくしに口答えするつもり?」
「いいえ、滅相もございません。ただ、わたくしはセシリアに一切の非がないものと考えておりますに過ぎません」
「なんでよ! あの女がいるからわたくしはエリオット様の妻になれないのよ!? だったら、わたくしの邪魔をして申し訳ございません、と謝罪するのが筋じゃないの!」
「そのような筋はないかと思われます。義息子にご好意を寄せていただけることは光栄に存じます。ですが、誠に恐縮ながら、そのお気持ちはどうかお納めいただければと存じます」
「……は? なに? なにが言いたいの?」
最初の淑やかさはどこへ行ってしまったのか。いまや、感情の赴くままに声を荒げるばかりの王女にイザベラは静かに告げる。
「エリオットと結ばれたとしても貴女様は幸せになれません。決して。情けないことですが、あの子は夫としての責任を果たせるような男ではないのです」
「え…………?」
イザベラの含みある忠告に王女はしばし呆然とした。
既婚者に手出ししようとしたことを咎められるかと思いきや、まさかの義息子を蔑む発言。騒いでいた王女もさすがに口をつぐみ、イザベラの次の言葉に耳を傾けた。
「エリオットはただの一度も妻と向き合おうとせず、誠実さのかけらも見せませんでした。あの子は常に自分のことしか考えず、平然と周囲を振り回します。王女様が思い描くような男性像とはかけ離れた男にございます故、結ばれたとしても悲しい思いをするだけかと……」
「う……うそつかないで! わたくしが彼を諦める為にわざと酷く言っているのでしょう!?」
「……嘘であれば、どんなによかったか。残念ながら真実にございます。エリオットのことは異国での悪い夢だったと思って、お忘れいただくほうが貴女様のためです」
淡々と語るイザベラの嘘偽りのない真摯な眼差しに気圧され、王女はそれ以上言葉を失った。
好きになった男がそんなにも酷い存在だったなど、受け入れがたい。だがイザベラの眼差しはそれを否定する余地すら与えてはくれなかった。
「殿下がお母君との間に何があったかは存じません。ただ、セシリアは母君とは無関係の存在ございます。悪し様におっしゃるのはお控えいただきたく存じます」
そう言って静かに頭を下げたイザベラ。その落ち着きとは裏腹に王女の体はわなわなと震え始めた。
「なんで……なんでそんなにあの女を庇うの? あんな意地の悪い女を庇うなんて信じられない! あの女は分不相応にもわたくしを説教したのよ!? お義母様もきっと虐げられているのではと思い、助けようとしたのに……」
「え? 助けようとした?」
思いがけない言葉にイザベラは目を見開き、思わず聞き返してしまった。
助けようとした、とはどういう意味なのか。何故だか異様に胸騒ぎがした。
「ちょっと自分の常識から外れたくらいで”不作法”だのなんだのと騒いで馬鹿みたい! そういうところが母様そっくり。礼儀や作法ばかり気にしている、つまらない女だから夫に愛されないのよ! エリオット様も頭でっかちのキツイ女より、わたくしのように素直で慎ましい女の方が好ましいと言ってくださったわ! 愛されていないのに、妻の座にしがみついて馬鹿みたい!」
「殿下……どうかご冷静に。わたくしには何のことをおっしゃっているのか理解しかねます……」
イザベラは困惑の表情を浮かべたまま遠慮がちに王女を諫めた。
正直、もう王女が何を言ってるのかちっとも分からない。ただ、セシリアを目の敵にしてるってことだけは伝わってくる。
「エリオットが貴女様に何か申し上げたのでしょうか? もしそうでございましたら、義理とはいえ母として深くお詫び申し上げます」
話を早々に終わらせて席を立とうと考えたイザベラは礼を尽くすように謝罪の言葉を述べた。
王女の言葉は要領を得ないばかりか、根本的に見当違いで反論しにくい。
エリオットの愛情どうこう言っているが、そんなものをセシリアはそもそも欲していない。
それに王女の母親のことを出されても正直返答に困る。聞いている限りだと王女は母親を憎んでいるようだが、それは初対面のイザベラに話すことだろうか。母親も王族であるのだろうから、一介の貴族夫人でしかないイザベラが共感して「それはひどいお母君ですね」などと不敬な発言をできるはずもない。話されても困る。
「お義母様が謝る必要なんかどこにもないわ! それをするのはあの女、憎きガーネット侯爵夫人よ!」
「……恐縮ながら殿下、それは道理にかなっているとは言い難いかと存じます。わたくしが義理とはいえ母としてエリオットの貴女様に対する浮ついた態度を謝罪する道理はあれど、政略で嫁いできたセシリアがエリオットの”妻”の座に就いたことに対して謝罪する道理はございません」
好きで嫁いだわけでもないうえに、最悪な新婚生活を送らされた挙句、それについて謝罪を求めるなんてあまりにも理不尽だ。そうでないにしても、誰かの妻であることに謝罪を求められる道理なんてどこにもない。
「なんですって!? わたくしに口答えするつもり?」
「いいえ、滅相もございません。ただ、わたくしはセシリアに一切の非がないものと考えておりますに過ぎません」
「なんでよ! あの女がいるからわたくしはエリオット様の妻になれないのよ!? だったら、わたくしの邪魔をして申し訳ございません、と謝罪するのが筋じゃないの!」
「そのような筋はないかと思われます。義息子にご好意を寄せていただけることは光栄に存じます。ですが、誠に恐縮ながら、そのお気持ちはどうかお納めいただければと存じます」
「……は? なに? なにが言いたいの?」
最初の淑やかさはどこへ行ってしまったのか。いまや、感情の赴くままに声を荒げるばかりの王女にイザベラは静かに告げる。
「エリオットと結ばれたとしても貴女様は幸せになれません。決して。情けないことですが、あの子は夫としての責任を果たせるような男ではないのです」
「え…………?」
イザベラの含みある忠告に王女はしばし呆然とした。
既婚者に手出ししようとしたことを咎められるかと思いきや、まさかの義息子を蔑む発言。騒いでいた王女もさすがに口をつぐみ、イザベラの次の言葉に耳を傾けた。
「エリオットはただの一度も妻と向き合おうとせず、誠実さのかけらも見せませんでした。あの子は常に自分のことしか考えず、平然と周囲を振り回します。王女様が思い描くような男性像とはかけ離れた男にございます故、結ばれたとしても悲しい思いをするだけかと……」
「う……うそつかないで! わたくしが彼を諦める為にわざと酷く言っているのでしょう!?」
「……嘘であれば、どんなによかったか。残念ながら真実にございます。エリオットのことは異国での悪い夢だったと思って、お忘れいただくほうが貴女様のためです」
淡々と語るイザベラの嘘偽りのない真摯な眼差しに気圧され、王女はそれ以上言葉を失った。
好きになった男がそんなにも酷い存在だったなど、受け入れがたい。だがイザベラの眼差しはそれを否定する余地すら与えてはくれなかった。
「殿下がお母君との間に何があったかは存じません。ただ、セシリアは母君とは無関係の存在ございます。悪し様におっしゃるのはお控えいただきたく存じます」
そう言って静かに頭を下げたイザベラ。その落ち着きとは裏腹に王女の体はわなわなと震え始めた。
「なんで……なんでそんなにあの女を庇うの? あんな意地の悪い女を庇うなんて信じられない! あの女は分不相応にもわたくしを説教したのよ!? お義母様もきっと虐げられているのではと思い、助けようとしたのに……」
「え? 助けようとした?」
思いがけない言葉にイザベラは目を見開き、思わず聞き返してしまった。
助けようとした、とはどういう意味なのか。何故だか異様に胸騒ぎがした。
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