初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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惨状

「そ……そんな、どうして…………」

 そのあまりにも衝撃的な言葉にイザベラはただ黙って立ち尽くすしかなかった。
 何を言っているのか信じられず、頭がそれを受け入れるのを拒む。
 どうしてそんなにも非道なことを無邪気な顔で平然と言い放てるのか──目の前の王女がまるで化け物に見えた。

「……ご冗談を。そんなこと、起こりえるはずが……」

「あら、どうしてそう思うの?」

 にやにやと笑う王女にイザベラの血の気が引く。こんなにも悪意に満ちた人間を彼女は見たこと無かった。

「そんな……だって、ありえません……! どうしてそんなことをなさる必要があるのですか!?」

「ふふ、言ったでしょう? あの女を始末する、と。邪魔だから消えてもらうの」

「……ッ!! まさか……セシリアを始末するために? そのために火を放ったと……?」

「ええ、だからそう言っているじゃない」

 とんでもないことを平然と言い放つ王女がまるで化け物に見えた。
 そんなくだらない理由で人を傷つけようとしたことも、そのために屋敷に火を放ったことも、到底、正気の沙汰とは思えない。

「まさか、他国でそんな真似ができるはずがないとでも? ふふ、残念だけれど……できてしまうのよ。そういうことが得意な子飼いを、わたくしはちゃんと手元に置いているもの」

「…………ッ!!」

 王女の表情を見る限り、その言葉に偽りは感じられなかった。
 ああ……この方は本当に屋敷に火を放ったんだ。そう思った瞬間、イザベラは膝から崩れ落ちそうになる。

「お義母……奥様!」

 ふらつき、今にも倒れそうになったイザベラを侍女姿のセシリアが素早く支える。

「……殿下、茶会の途中で恐縮ですが、奥様のご気分がすぐれないようですので中座させていただきます」

 血の気が引き、すっかり青ざめたイザベラをしっかりと抱きかかえ、セシリアは王女を射抜くような眼差しで言い放った。もし王女の言っていることが本当なら、今頃屋敷がどうなっているのか心配で仕方がない。

(一刻も早く帰らなくては…………)

「あ、ちょっと! 待ちなさいよ! ……ん? あら? 貴女、どこかで見たような……」

 変装したセシリアを見て王女が首を傾げた。正体までは分かっていないようだが、顔に見覚えがあるような素振りを見せている。その隙にセシリアは軽々とイザベラを抱きかかえ優雅に一礼すると、そのまま足早に部屋を後にした。その後ろを王太子妃の遣わした女官が続く。

「……この一件、余すところなく王太子妃殿下にご報告願います」

 セシリアが張り詰めた声でそう言うと女官たちは小さく頷いた。顔には不安と緊張がにじみ、明らかに強張っていた。半ば走るように来た道を引き返し、馬車へと急いだ。待機していた御者はその尋常ではない二人の様子を見て目を見開く。

「奥様? いかがされましたか?」

「説明は後よ。すぐに侯爵邸に向かって」

 セシリアの張り詰めた声とただならぬ様子に御者は慌てて頷いた。
 セシリアは気を失ったイザベラを腕に抱えたまま足早に馬車へと乗り込む。

(本当に、火を……? 信じたくないけど、王女のあの様子は冗談に思えない……。なんでそんな……私一人を始末するためだけに、そこまでするなんて狂っているわ)

 心の奥底ではそんなはずはないと念じていた。たった一人を消すために屋敷に火を放つ──それはまるで古の暴君の仕業のようではないか。いくら王女とはいえ今の時代にそんな真似を、しかも他国でやらかせば死罪は免れない。下手をすれば我が国への宣戦布告として戦が始まる可能性も十分にある。

 まさか、王女は最初から戦を起こすつもりだった……?

 そうでも考えなければ説明がつかない。他国の貴族の屋敷に火を放つなんて正気の沙汰とは思えない。本当にセシリアひとりを始末したいがためにしたのならば、もはや常軌を逸している。

 エリオットが屋敷にいた可能性は考えなかったのか? いや……そうだ。王女は、彼が不在であることを知っていたのだった。

 馬車の車輪が石畳を鳴らすたび、心臓の鼓動もまた胸を叩いた。
 どうか嘘であってほしい。あれは単なる王女の脅しであってほしい。
 その願いも空しく、屋敷に近づくにつれ焦げた空気の匂いが、風に乗って鼻腔を突いた。

「…………ッ!!」

 馬車が門をくぐるよりも早くセシリアは扉を開けるよう叫び、車を止めるや否や飛び降りた。
 冷たい風がドレスの裾を翻し、髪を乱す。だが、そんなことを気にする余裕はなかった。

「うそ…………そんな……」

 目の前に広がる光景は、まさに――地獄だった。

 威厳と美を誇った歴史あるガーネット侯爵家の屋敷。
 代々の肖像画が飾られた玄関ホール、大理石の階段、陽当たりのいいサロン、黒檀の扉に守られた書斎。
 それらすべてが――燃えていた。

 瓦礫と煙と煤。
 半ば崩れ落ちた屋根からは、今なお灰が降っている。
 ステンドグラスの窓は砕け散り、貴族趣味の調度品は焼け焦げて骨組みだけをさらしていた。
 義母が住んでいた別邸までもが焼け落ち、かつて美しい音色を奏でていたピアノまでもが黒焦げの塊となっている。

 屋敷にあるものすべてが燃え、崩れ、失われていた。

「う、そ……でしょ……」

 セシリアはよろめき、膝から地面の上に崩れ落ちる。
 あまりの惨状に目の前が真っ白になった。

「なぜ……なぜ、ここまで……っ」

 その問いに答える者は誰もいない。
 すべてが燃え尽きたというその現実だけが、すべてを呑み込んでいた。

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