初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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返事

 セシリアは公爵より受け取った手紙をじっと見つめる。封蝋には見覚えのある紋章──は使われていなかった。
 もう当主でない男が紋章を使用できるわけもないのだから当然か、と封筒から手紙を取り出す。
 羊皮紙が擦れる音が静寂の中で大きく響いた。




 我が最愛のセシリアへ

 この筆を執る手は、もはや震えに抗うこともできぬほどに衰えている。
 鉄と石とに囲まれたこの牢の中で僕はようやく己の愚かしさを知った。
 ああ、セシリア。僕はようやく自分がどれほど浅ましい人間であったかを思い知ったのだ。
 君という最愛がいながら他の女に目を向けた罪が僕を牢獄へと繋いでしまった。

 されど、この闇の底にあっても、なお消えぬ灯が一つある。
 それは君という存在の記憶である。
 君が微笑むたび、あの広間の燭台が千の星のように輝いて見えた。
 いま思えば、君は常に真実を見ていた。
 私の虚栄も、野望も、そして愛までも──すべてを見透かしていた。
 それでも君は沈黙という慈悲で私を赦してくれていたのだろう。
 だが、私はそれを愛の拒絶と勘違いし、より多くの愛を求め、愚かにもあのような悪女に惹かれてしまったのだ。

 ああ、セシリア……どうか僕を赦し、君の愛で僕をここから救い出してほしい。
 僕を救えるのは、もはや法でも神でもない。ただ君だけだ。
 あの時誓えなかった永遠の愛を、今ここで誓おう。そして今度こそ本当の夫婦になろう。
 もう二度と君以外の女に余所見をすることはしないと誓おう。

──君を今なお愛する、君の運命、エリオット・ガーネットより。


「ふっ……ふふっ、ははっ…………」

 手紙を読み終えたセシリアは、淑女らしさをかなぐり捨てて笑い声をあげた。
 それを公爵は驚くでもなく、ただ当然のように落ち着いている。

「あー……おかしい。公爵様はこれをお読みになりましたか?」

「人の手紙を読むのは不作法だが、獄中からの手紙なので検閲が必要なのでな。一応目は通してある」

「あら、獄中から手紙をいただくのは初めてです。元とはいえ、夫から貰った初めての恋文が獄中からなんて……笑い話もいいとこですね。もちろん内容も笑えますけど」

 セシリアは笑い過ぎて出てしまった涙を指で拭い、そのまま手紙を暖炉へと放り込んだ。
 羊皮紙は炎に飲まれて跡形もなく灰になる。それを公爵は何も言わずじっと見ていた。

「ああ、せっかくだから私も返事を書こうかしら?」

「おや、こんな三文芝居の脚本のような手紙に返事をしたためてくれるとは、優しいな」

「ふふ、ありがとうございます。申し訳ないのですが、少々書いている間お待ちいただけますでしょうか?」

「もちろんだ。ゆっくり書くといい」

 セシリアはにっこりと微笑み、執事に目で合図して紅茶のお代わりを用意させた。
 新しい紅茶が公爵の前に運ばれたのを確認し、セシリアは真新しい紙に筆を走らせる。

「夫への、最初で最後の恋文ですので情熱的な内容でなくてはなりませんね……」



 エリオット・ガーネット侯爵閣下へ

 あなたのお手紙、確かに拝読いたしました。
 鉄格子の向こうから届いたその震える文字のひとつひとつが、
 あなたがかつて私に与えたの冷たさを思い出させます。
 運命とは不思議なものですわね。
 あの時、妻であった私が経験した孤独と不安を、今は夫であったあなたが感じておられるのですもの。
 
 あなたが私を裏切り、踏みにじったあの日々も、今となっては懐かしい調べのよう。
 どうかご安心なさって、別に恨んではおりません。恨むことでいつまでもあなたを覚えていたくありませんので。

 それにしても、鉄格子の影の下で書かれたあなたの言葉はどれもあの日々よりも誠実に見えました。
 そう、——あなたが妻よりも他の女を選んだあの頃よりも。

 今、あなたは獄の中で辛く苦しい日々を過ごされているのでしょう。
 それでも、あなたを愛した女性は誰も助けに来てくださらなかったのね。
 まあ当然でしょう。彼女達にはもう、自由に羽ばたける翼がないのですから。

 それにしても私を愛しているとおっしゃる言葉のなんと薄っぺらいこと!
 そのように薄い愛では誰の心にも情熱の炎は灯せませんわ。
 助けをお求めでしたら、どうぞ神に祈って。
 私があなたの救いにはなることはございません。

 その冷たい鉄格子の中でせいぜい“愛”の代償を噛みしめてください。
 あなたが他の女に囁いた甘い”愛”の代償だと思えば、冷たい牢獄の中でも耐えられるのではないかしら?
 
 では、せいぜいお元気で。

 あなたを愛したことなど一度もない、セシリア・サフィーより。


 書き終えたセシリアは、花瓶に活けられた白薔薇の花弁を一枚摘み、そっと手紙に挟んだ。

「お待たせいたしました。では、この手紙を牢におりますエリオット様へ。ええ、急がずとも大丈夫です。中に入れた薔薇の花びらが萎れた頃がちょうどいいかと」

「……ああ、そうだな。枯れた花が奴にはお似合いだ」

 枯れた花びらは、すでに愛が枯れてしまったことのしるしとされる。
 元々愛など無かったが、嫌味としては丁度いい。
 それにしても散々裏切り続けた元妻に助けを求めるとは恥ずかしい奴だ。

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