158 / 165
疲れる尋問
湿り気を帯びた石壁が淡い灯火を受けて鈍く光っている。
鉄格子の向こう、粗末な寝台に腰を下ろした男はもはや貴族の装いではなかった。だが、その顎の角度と、目の奥に残る傲慢な光だけはかつての地位を手放してはいない。
監察官は帳簿を閉じ、静かに問いを投げた。
「──それで、なぜ他国の王女に手を出したのですか。責任をとることもできないというのに……」
「なぜだと? それは魅力的な女性から好意を示されたら応えぬなど男の恥だからだ。君も男ならわかるだろう?」
「いや、分かりません」
監察官がきっぱりと否定すると、男──元ガーネット侯爵エリオットはため息をひとつつき、肩をすくめる。
「……そうか。女性から好意を持たれる男でないと、僕の気持ちはどうやら分からないようだ」
やれやれ、と嘲るように両手を肩まで挙げ、首を横に振るエリオットの姿に監察官は眉ひとつ動かさず、淡々と記録を取っていく。心の中では「何言ってんだこいつ」とエリオットを盛大に馬鹿にしていた。
「──あなたの理屈はただの欲望だ。不誠実極まりない」
「不誠実? 何を言う。王女のことはきちんと妻に迎えるつもりだった。第二夫人でも構わないと本人も言っていたのだから、それでいいじゃないか」
「少しもよくありません。そのような表向きの言葉を真に受けた結果、あなたは屋敷を失うこととなったではないですか」
「それは王女が勝手にしたことだ! 僕のせいではない! あの女が妻を殺害しようという身勝手な理由で人の屋敷を燃やしたんだ! 口では第二夫人でいいなどと言っておきながら…あの嘘つきの女狐め。あんなとんでもない女だと知っていれば近づかなかったのに……」
「既婚者に言い寄る女など、たいていろくでもないですよ。まともな女は既婚者に近づいたりしません」
「……その通りだ。君の言う通り、既婚者に言い寄る女など禄でもない。キャサリンも、王女も……あいつらさえ僕に近づかねば、今頃は妻とガーネット侯爵邸で仲睦まじく過ごしていただろうに……」
「あれ? 新婚早々に関係が破綻しているという噂を聞きましたけど?」
「だから、それはキャサリンが僕に言い寄ってきたせいだ! それがなければ僕は妻と幸せな家庭を築けていたはずなんだ!」
「キャサリン……ああ、被害にあったオニキス子爵家の令嬢ですか。たしか、あなたとは愛人関係にあったそうですね?」
「愛人などとは人聞きが悪い。一時的に恋人だっただけだ」
「妻帯者の恋人を”愛人”というのですよ。まあ、この令嬢も身から出た錆でしょうけど、ご両親があんな目に遭って災難ですね。それについて罪悪感などはないのですか?」
「は? あるわけないだろう。オニキス子爵夫妻がキャサリンが僕に近づくのを止めていればあんなことにはならなかった。娘を厳しく躾けなかった彼等が悪いのに、何故僕が罪悪感など抱かねばならぬ」
ひでえ奴、と監察官は嫌悪感剥き出しの顔で筆を走らせた。
仕事とはいえ、屑の証言を聞かされるのは精神的に堪える。
しかも先程から微妙にずれた回答ばかり返してくるせいで苛立ちも募っていく。
──この男に言い寄っていた婦人たちは、どこにこの男の魅力を感じていたのだろうか。
エリオットと話せば話すほどに監察官の頭にこの疑問が強く浮かぶ。彼は今のところこの男に全くと言っていいほど魅力を感じない。もし、自分の親類の女性がこのような男を選んだとしたら全力で「止めておけ」と止めるほどに嫌悪感が凄まじい。
監察官が嫌悪感に耐えながらもエリオットを尋問し、記録をとるのは国王からの命令だからだ。
本来、我が国では貴族が犯罪を犯した場合、尋問するのは基本的に王が行う。そしてその際に記録をとるのは王宮の文官の役目だ。 こうして尋問と記録を両方行う監察官が対象とするのは平民のみ。貴族を相手にするのは初めてだ。しかも相手は他国の王女を唆して我が国の貴族家を二つも襲撃させたという大罪人。そんな重要犯罪者をいち監察官の自分が尋問していいものかと困惑せざるを得なかった。既に貴族籍から抜けて平民となったから、というのが理由だが、これには監察官も思わず首を傾げた。
犯罪を犯した貴族は皆、籍を抜かれるから平民になることは当然じゃないか?
それでも今まで尋問は国王自らやっていたのに、どうして今回だけ一介の監察官に任せるのだろう。
そんな疑問が湧いたが、いざエリオットと対面して初めてその理由が分かった。
鉄格子の向こう、粗末な寝台に腰を下ろした男はもはや貴族の装いではなかった。だが、その顎の角度と、目の奥に残る傲慢な光だけはかつての地位を手放してはいない。
監察官は帳簿を閉じ、静かに問いを投げた。
「──それで、なぜ他国の王女に手を出したのですか。責任をとることもできないというのに……」
「なぜだと? それは魅力的な女性から好意を示されたら応えぬなど男の恥だからだ。君も男ならわかるだろう?」
「いや、分かりません」
監察官がきっぱりと否定すると、男──元ガーネット侯爵エリオットはため息をひとつつき、肩をすくめる。
「……そうか。女性から好意を持たれる男でないと、僕の気持ちはどうやら分からないようだ」
やれやれ、と嘲るように両手を肩まで挙げ、首を横に振るエリオットの姿に監察官は眉ひとつ動かさず、淡々と記録を取っていく。心の中では「何言ってんだこいつ」とエリオットを盛大に馬鹿にしていた。
「──あなたの理屈はただの欲望だ。不誠実極まりない」
「不誠実? 何を言う。王女のことはきちんと妻に迎えるつもりだった。第二夫人でも構わないと本人も言っていたのだから、それでいいじゃないか」
「少しもよくありません。そのような表向きの言葉を真に受けた結果、あなたは屋敷を失うこととなったではないですか」
「それは王女が勝手にしたことだ! 僕のせいではない! あの女が妻を殺害しようという身勝手な理由で人の屋敷を燃やしたんだ! 口では第二夫人でいいなどと言っておきながら…あの嘘つきの女狐め。あんなとんでもない女だと知っていれば近づかなかったのに……」
「既婚者に言い寄る女など、たいていろくでもないですよ。まともな女は既婚者に近づいたりしません」
「……その通りだ。君の言う通り、既婚者に言い寄る女など禄でもない。キャサリンも、王女も……あいつらさえ僕に近づかねば、今頃は妻とガーネット侯爵邸で仲睦まじく過ごしていただろうに……」
「あれ? 新婚早々に関係が破綻しているという噂を聞きましたけど?」
「だから、それはキャサリンが僕に言い寄ってきたせいだ! それがなければ僕は妻と幸せな家庭を築けていたはずなんだ!」
「キャサリン……ああ、被害にあったオニキス子爵家の令嬢ですか。たしか、あなたとは愛人関係にあったそうですね?」
「愛人などとは人聞きが悪い。一時的に恋人だっただけだ」
「妻帯者の恋人を”愛人”というのですよ。まあ、この令嬢も身から出た錆でしょうけど、ご両親があんな目に遭って災難ですね。それについて罪悪感などはないのですか?」
「は? あるわけないだろう。オニキス子爵夫妻がキャサリンが僕に近づくのを止めていればあんなことにはならなかった。娘を厳しく躾けなかった彼等が悪いのに、何故僕が罪悪感など抱かねばならぬ」
ひでえ奴、と監察官は嫌悪感剥き出しの顔で筆を走らせた。
仕事とはいえ、屑の証言を聞かされるのは精神的に堪える。
しかも先程から微妙にずれた回答ばかり返してくるせいで苛立ちも募っていく。
──この男に言い寄っていた婦人たちは、どこにこの男の魅力を感じていたのだろうか。
エリオットと話せば話すほどに監察官の頭にこの疑問が強く浮かぶ。彼は今のところこの男に全くと言っていいほど魅力を感じない。もし、自分の親類の女性がこのような男を選んだとしたら全力で「止めておけ」と止めるほどに嫌悪感が凄まじい。
監察官が嫌悪感に耐えながらもエリオットを尋問し、記録をとるのは国王からの命令だからだ。
本来、我が国では貴族が犯罪を犯した場合、尋問するのは基本的に王が行う。そしてその際に記録をとるのは王宮の文官の役目だ。 こうして尋問と記録を両方行う監察官が対象とするのは平民のみ。貴族を相手にするのは初めてだ。しかも相手は他国の王女を唆して我が国の貴族家を二つも襲撃させたという大罪人。そんな重要犯罪者をいち監察官の自分が尋問していいものかと困惑せざるを得なかった。既に貴族籍から抜けて平民となったから、というのが理由だが、これには監察官も思わず首を傾げた。
犯罪を犯した貴族は皆、籍を抜かれるから平民になることは当然じゃないか?
それでも今まで尋問は国王自らやっていたのに、どうして今回だけ一介の監察官に任せるのだろう。
そんな疑問が湧いたが、いざエリオットと対面して初めてその理由が分かった。
あなたにおすすめの小説
【完結】遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【残り数話を持ちまして3月29日完結!!】
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。