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疲れる尋問
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湿り気を帯びた石壁が淡い灯火を受けて鈍く光っている。
鉄格子の向こう、粗末な寝台に腰を下ろした男はもはや貴族の装いではなかった。だが、その顎の角度と、目の奥に残る傲慢な光だけはかつての地位を手放してはいない。
監察官は帳簿を閉じ、静かに問いを投げた。
「──それで、なぜ他国の王女に手を出したのですか。責任をとることもできないというのに……」
「なぜだと? それは魅力的な女性から好意を示されたら応えぬなど男の恥だからだ。君も男ならわかるだろう?」
「いや、分かりません」
監察官がきっぱりと否定すると、男──元ガーネット侯爵エリオットはため息をひとつつき、肩をすくめる。
「……そうか。女性から好意を持たれる男でないと、僕の気持ちはどうやら分からないようだ」
やれやれ、と嘲るように両手を肩まで挙げ、首を横に振るエリオットの姿に監察官は眉ひとつ動かさず、淡々と記録を取っていく。心の中では「何言ってんだこいつ」とエリオットを盛大に馬鹿にしていた。
「──あなたの理屈はただの欲望だ。不誠実極まりない」
「不誠実? 何を言う。王女のことはきちんと妻に迎えるつもりだった。第二夫人でも構わないと本人も言っていたのだから、それでいいじゃないか」
「少しもよくありません。そのような表向きの言葉を真に受けた結果、あなたは屋敷を失うこととなったではないですか」
「それは王女が勝手にしたことだ! 僕のせいではない! あの女が妻を殺害しようという身勝手な理由で人の屋敷を燃やしたんだ! 口では第二夫人でいいなどと言っておきながら…あの嘘つきの女狐め。あんなとんでもない女だと知っていれば近づかなかったのに……」
「既婚者に言い寄る女など、たいていろくでもないですよ。まともな女は既婚者に近づいたりしません」
「……その通りだ。君の言う通り、既婚者に言い寄る女など禄でもない。キャサリンも、王女も……あいつらさえ僕に近づかねば、今頃は妻とガーネット侯爵邸で仲睦まじく過ごしていただろうに……」
「あれ? 新婚早々に関係が破綻しているという噂を聞きましたけど?」
「だから、それはキャサリンが僕に言い寄ってきたせいだ! それがなければ僕は妻と幸せな家庭を築けていたはずなんだ!」
「キャサリン……ああ、被害にあったオニキス子爵家の令嬢ですか。たしか、あなたとは愛人関係にあったそうですね?」
「愛人などとは人聞きが悪い。一時的に恋人だっただけだ」
「妻帯者の恋人を”愛人”というのですよ。まあ、この令嬢も身から出た錆でしょうけど、ご両親があんな目に遭って災難ですね。それについて罪悪感などはないのですか?」
「は? あるわけないだろう。オニキス子爵夫妻がキャサリンが僕に近づくのを止めていればあんなことにはならなかった。娘を厳しく躾けなかった彼等が悪いのに、何故僕が罪悪感など抱かねばならぬ」
ひでえ奴、と監察官は嫌悪感剥き出しの顔で筆を走らせた。
仕事とはいえ、屑の証言を聞かされるのは精神的に堪える。
しかも先程から微妙にずれた回答ばかり返してくるせいで苛立ちも募っていく。
──この男に言い寄っていた婦人たちは、どこにこの男の魅力を感じていたのだろうか。
エリオットと話せば話すほどに監察官の頭にこの疑問が強く浮かぶ。彼は今のところこの男に全くと言っていいほど魅力を感じない。もし、自分の親類の女性がこのような男を選んだとしたら全力で「止めておけ」と止めるほどに嫌悪感が凄まじい。
監察官が嫌悪感に耐えながらもエリオットを尋問し、記録をとるのは国王からの命令だからだ。
本来、我が国では貴族が犯罪を犯した場合、尋問するのは基本的に王が行う。そしてその際に記録をとるのは王宮の文官の役目だ。 こうして尋問と記録を両方行う監察官が対象とするのは平民のみ。貴族を相手にするのは初めてだ。しかも相手は他国の王女を唆して我が国の貴族家を二つも襲撃させたという大罪人。そんな重要犯罪者をいち監察官の自分が尋問していいものかと困惑せざるを得なかった。既に貴族籍から抜けて平民となったから、というのが理由だが、これには監察官も思わず首を傾げた。
犯罪を犯した貴族は皆、籍を抜かれるから平民になることは当然じゃないか?
それでも今まで尋問は国王自らやっていたのに、どうして今回だけ一介の監察官に任せるのだろう。
そんな疑問が湧いたが、いざエリオットと対面して初めてその理由が分かった。
鉄格子の向こう、粗末な寝台に腰を下ろした男はもはや貴族の装いではなかった。だが、その顎の角度と、目の奥に残る傲慢な光だけはかつての地位を手放してはいない。
監察官は帳簿を閉じ、静かに問いを投げた。
「──それで、なぜ他国の王女に手を出したのですか。責任をとることもできないというのに……」
「なぜだと? それは魅力的な女性から好意を示されたら応えぬなど男の恥だからだ。君も男ならわかるだろう?」
「いや、分かりません」
監察官がきっぱりと否定すると、男──元ガーネット侯爵エリオットはため息をひとつつき、肩をすくめる。
「……そうか。女性から好意を持たれる男でないと、僕の気持ちはどうやら分からないようだ」
やれやれ、と嘲るように両手を肩まで挙げ、首を横に振るエリオットの姿に監察官は眉ひとつ動かさず、淡々と記録を取っていく。心の中では「何言ってんだこいつ」とエリオットを盛大に馬鹿にしていた。
「──あなたの理屈はただの欲望だ。不誠実極まりない」
「不誠実? 何を言う。王女のことはきちんと妻に迎えるつもりだった。第二夫人でも構わないと本人も言っていたのだから、それでいいじゃないか」
「少しもよくありません。そのような表向きの言葉を真に受けた結果、あなたは屋敷を失うこととなったではないですか」
「それは王女が勝手にしたことだ! 僕のせいではない! あの女が妻を殺害しようという身勝手な理由で人の屋敷を燃やしたんだ! 口では第二夫人でいいなどと言っておきながら…あの嘘つきの女狐め。あんなとんでもない女だと知っていれば近づかなかったのに……」
「既婚者に言い寄る女など、たいていろくでもないですよ。まともな女は既婚者に近づいたりしません」
「……その通りだ。君の言う通り、既婚者に言い寄る女など禄でもない。キャサリンも、王女も……あいつらさえ僕に近づかねば、今頃は妻とガーネット侯爵邸で仲睦まじく過ごしていただろうに……」
「あれ? 新婚早々に関係が破綻しているという噂を聞きましたけど?」
「だから、それはキャサリンが僕に言い寄ってきたせいだ! それがなければ僕は妻と幸せな家庭を築けていたはずなんだ!」
「キャサリン……ああ、被害にあったオニキス子爵家の令嬢ですか。たしか、あなたとは愛人関係にあったそうですね?」
「愛人などとは人聞きが悪い。一時的に恋人だっただけだ」
「妻帯者の恋人を”愛人”というのですよ。まあ、この令嬢も身から出た錆でしょうけど、ご両親があんな目に遭って災難ですね。それについて罪悪感などはないのですか?」
「は? あるわけないだろう。オニキス子爵夫妻がキャサリンが僕に近づくのを止めていればあんなことにはならなかった。娘を厳しく躾けなかった彼等が悪いのに、何故僕が罪悪感など抱かねばならぬ」
ひでえ奴、と監察官は嫌悪感剥き出しの顔で筆を走らせた。
仕事とはいえ、屑の証言を聞かされるのは精神的に堪える。
しかも先程から微妙にずれた回答ばかり返してくるせいで苛立ちも募っていく。
──この男に言い寄っていた婦人たちは、どこにこの男の魅力を感じていたのだろうか。
エリオットと話せば話すほどに監察官の頭にこの疑問が強く浮かぶ。彼は今のところこの男に全くと言っていいほど魅力を感じない。もし、自分の親類の女性がこのような男を選んだとしたら全力で「止めておけ」と止めるほどに嫌悪感が凄まじい。
監察官が嫌悪感に耐えながらもエリオットを尋問し、記録をとるのは国王からの命令だからだ。
本来、我が国では貴族が犯罪を犯した場合、尋問するのは基本的に王が行う。そしてその際に記録をとるのは王宮の文官の役目だ。 こうして尋問と記録を両方行う監察官が対象とするのは平民のみ。貴族を相手にするのは初めてだ。しかも相手は他国の王女を唆して我が国の貴族家を二つも襲撃させたという大罪人。そんな重要犯罪者をいち監察官の自分が尋問していいものかと困惑せざるを得なかった。既に貴族籍から抜けて平民となったから、というのが理由だが、これには監察官も思わず首を傾げた。
犯罪を犯した貴族は皆、籍を抜かれるから平民になることは当然じゃないか?
それでも今まで尋問は国王自らやっていたのに、どうして今回だけ一介の監察官に任せるのだろう。
そんな疑問が湧いたが、いざエリオットと対面して初めてその理由が分かった。
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