初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

文字の大きさ
16 / 165

放置された夫

しおりを挟む
「セシリアはまだ戻らないのか……?」
 
 壁掛けの時計に目を遣り、エリオットは眉をひそめた。
 暖炉の火はとっくに小さくなり、寝室の空気が冷え始めている。
 落ち着かないのか何をするでもなく、ベッドに腰をかけたまま寝室の扉をじっと眺めていた。

 初夜の晩、セシリアもこんな気持ちだったのだろうか……。
 待ち人がいつ来るのか分からずソワソワと落ち着かないまま待つのは中々精神に負担がかかる。

 昨夜のことを話し合うため、執事にセシリアが戻ったら寝室に案内するよう伝えておいた。それで眠らず待っているのだが、いくら待っても音沙汰がない。

「流石に遅すぎやしないか…………」

 どの口が言うのか、という台詞を吐いたエリオットは卓上にある呼び鈴を手に取る。
 それを鳴らし、しばらくすると足音が聞こえて扉が開いた。

「お呼びでしょうか、旦那様」

「ああ……セシリアはまだ戻らないのか?」

 やってきたメイドに尋ねると、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「え? 奥様ならもうとっくにお戻りですよ?」

「はあ!? 何だと! どうなっているんだ!?」

「どうなっているんだって……何がです?」

「執事にセシリアが戻ったら寝室に来るよう指示しておいたんだぞ! なのに、どうしてここに案内しないんだ!」

「ああ……確か、執事さんはちゃんと奥様に伝えておりましたよ? ですが、奥様が嫌だとお断りしておりましたね」

「は……? 断った? セシリアが……?」

 信じられないというように固まるエリオットにメイドは億劫そうな態度で「もういいですか?」と立ち去ろうとする。

「待て! 行くな! まだ話は終わっていない!」

「ええ……まだあるんですか?」

「あるに決まっているだろう! 戻ってきているなら今すぐここに呼べ!」

「は……? もうお休みになっているだろう奥様を起こし、ここに呼びつけろと? ……正気ですか、旦那様……」

 メイドはまるで頭がおかしくなった相手を見るような目を向けてきた。
 本来なら「主人に向かってその目はなんだ!」と怒るべきなのだろうが、鋭い視線に含まれる静かな怒りと呆れに気圧され言葉が出ない。

「お断りします。私はまだ命が惜しい。それとも旦那様は私に死ねと?」

「死!? どうしてそういう話になるんだ!」

「は~……。とにかく、奥様はもうお休みになっておりますので、その眠りを妨げることは何人たりとも許されません!」

 どうして妻をそんな大いなる存在のように恐れるんだ、とばかりに驚くエリオットへメイドは「いいから旦那様もさっさとお休みください!」と吐き捨てる。

「眠れないのでしたら何か温かいお飲み物でもお持ちいたします。それ飲んでとっととお眠りくださいね! 分かりましたか?」

 メイドの圧に負けたエリオットは消え入りそうな声で「……はい」とだけ答えた。
 なんだあれ、まるで死の危機から生還した兵士のような迫力じゃないか……。

 しばらくしてメイドはホットミルクとホットワイン、エッグノッグとハーブティーをワゴンに乗せて戻って来た。

「ほら、沢山ご用意いたしましたので、お好きに飲んでさっさとお休みくださいね!」

 いや、多いわ! という指摘をする暇もなくメイドはさっさと部屋から出て行ってしまう。仕方なくホットワインのカップを手に取り、ゆっくりと飲んでいるとあの執事が部屋にやってきた。

「あ、旦那様。奥様はもうお休みになりましたから、ここには来ません。なので、もう旦那様もお休みください」

「言うのが遅い! もうメイドから聞いたわ! むしろ休ませる前にここに来させろよ!」

「いや~……無理ですね。奥様のご意向に逆らうなんて恐ろしい真似、私にはちょっと……」

 どうしてどいつもこいつも妻をそんなに怖がるんだ。
 執事からセシリアが武闘派だと聞かされていない……というかその部分をはぐらかされたエリオットは自分の妻の恐ろしさを知らない。

 ワインのグラスを持ったまま苦々しい表情で執事を睨む。
 主人に睨まれようと何とも思っていない執事は卓上に置かれた沢山の飲み物を見て驚いた。

「何ですか、この大量の飲み物は? こんなに飲んだら厠が近くなりますよ?」

「知ってるわ! ああ、もう……いいからこれ全部下げてくれ……」

 ちっとも言う事を聞かない使用人達に辟易し、エリオットは卓上に残った飲み物を下げさせ、床に就いた。しかし、妻に弁明も出来ないことや反抗的になった使用人の態度に悶々して眠れないまま朝を迎えるのだった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。 けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。 「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。 ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。 そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。 学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。 けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。 暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。 ※10万文字超えそうなので長編に変更します。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

処理中です...