初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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脅しではない


 バーン!

 乾いた破裂音が、静まり返った屋敷全体に響き渡った。

 「……ッ!? 今のは――!」

 執事は手にしていた書類の束を落とし、床に散らばるのも気に留めぬまま廊下へと駆け出した。
 黒い燕尾服の裾を翻し、迷いのない足取りで廊下を駆ける。
 赤い絨毯に沈む靴音。揺れる燭台の灯が古びた肖像画の目を鈍く照らす。

 彼は迷うことなく廊下の奥へと足を進めた。そこから先程の音が聞こえてきたからだ。

「失礼します、奥様! 今の音は…………!」

 廊下の奥にあるのはこの邸の女主人の部屋だ。その部屋には当主夫人となったセシリアがいる。
 執事は勢いよく扉を開け放ち、部屋を突き抜けるようにして寝室へと急いだ。
 緊急事態なのでノックなどしていられない。慌てて寝室の扉を開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。

「は…………? これは……どういう状況ですか…………?」

 寝室には寝台の上で銃を天井に向けているセシリアと、床に座り込んで腰を抜かしているエリオットの姿があった。銃口からは硝煙がたなびいており、それを見て先ほどの銃声がセシリアによるものだと分かった。
 分からないのは何故ここにエリオットがいるのかということと、何故セシリアが銃を放ったのかということ。
 困惑する執事を一瞥し、セシリアは無表情のまま銃口を床にへたり込んでいるエリオットへと向ける。

「ヒッ……!? や、やめろ、セシリア……撃たないでくれ!!」

 主人が情けない声を上げているのを見て、執事はおおよその状況を察した。

「旦那様……。まさかと思いますが、奥様の寝室へ無断で侵入なされたのですか……?」

 問いかけに目を逸らすエリオットの態度に執事はそれを肯定と受け取った。 
 信じられない行動に出た主人の残念な思考に執事は大きなため息をつく。

「……何をなさっているのですか。奥様との約束で半年は寝室を共にしないことになっていましたよね? それなのに、これはどういうことですか……」

 心底情けないとでも言いたげに、がっかりした様子を見せる執事。
 セシリアは銃口をつきつけたまま執事の方へと顔を向けた。

「施錠はしっかりしたはずなのに、どうしてエリオット様は入ってこれたの? まさか鍵を渡したのではないでしょうね……」

 ゆらりとおどろおどろしい気配をまとうセシリアに、執事は思わず首を横に振る。

「とんでもない! そのようなことはしておりません! 神に誓って申し上げます……!!」

「なら、どうして?」

 寝台から静かに降り立ったセシリアは視線をエリオットへと移す。
 もちろん銃口は未だに彼の方へと向けている。

「まだ弾は残っております。先程の発砲でお分かりいただけたかと思いますが、撃つという行為に対して私は躊躇をいたしません」

 言葉は静かだったが、その裏には『脅しだと思うなよ』という明確な警告が潜んでいた。
 セシリアには分かっていた。エリオットが心のどこかで『どうせ撃つはずがない』と高をくくっていたことを。
 所詮荒事とは無縁の貴族令嬢だと舐め腐っていたからか、元から物事を自分の都合のいいように解釈するお目出度い思考をしていたからかは分からない。
 
 分かるのは彼に銃は飾りではないと知らしめる必要があることだ。
 どうせ言葉で伝えても分かろうとしない。だから目の前で発砲してみせた。
 どうやら効果は絶大だったようで、彼は生殺与奪の権利を目の前にいる妻が握っていると理解した。

「そ、それは……僕がマスターキーを所持しているから……」

「は?」 「はあ?」

 エリオットの発言にセシリアよりもむしろ執事の方が驚きの声を上げた。

「そんな馬鹿な……! マスターキーは家令さんに代わって私の方で管理しているはずですよ!?」

 により人事不省となった家令に代わり執事が邸の管理を担うこととなった。
 なので、邸中の部屋の鍵がまとめられている鍵束は執事が部屋に保管してある。
 そしてそれをエリオットに渡した覚えはない。

「家令が持っていたのは複製だ。本物は僕が持っている」

「ええ……!? あれって複製だったのですか?」

 どうやら邸のマスターキーを所持しているのはエリオットで、家令が所持していたのは複製らしい。
 一般的には家令が預かるものだが、この家では何故か当主が持っていたようだ。
 家にはそれぞれ決まりがあるから仕方ないにしても、部屋の鍵をエリオットが持っている状況では困る。いつでも彼が部屋に入ってこれるということではないか。それでは落ち着いて眠ることもできやしない。

「それは困りますねぇ……。今後もこのように勝手に侵入してこられては落ち着いて過ごす事もできません」

 どうにかしろよ、と無言の圧を込めてセシリアは銃口をエリオットの額に押し付けた。
 まだ熱をもっていたのか彼は「熱うっ!!」と悲鳴をあげて身を震わせる。

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