やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち

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番外編 彷徨う男

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 曇天の空の下、粛々と葬儀が執り行われている。

 亡くなったのはさる貴族家の若き当主。
 喪主を務めているのは彼の妻だ。

 妻の腹には亡き夫の忘れ形見が宿っており、大きく突き出たそれを労わりながら動いている。

 あの腹にいる子の父親は、亡くなった当主でないと知るのはこの中に何人いるだろうか。
 きっとを含めて片手で足りるくらいだろう。

 哀れな当主だ。
 妻に別の男の子を孕まれ、その子を跡継ぎに据えるという裏切りを受けたことを知らずに死んでいくなんて。

 お前も俺と同じ。愛して尽くしてくれた妻を侮辱し、その報いを受けた。

 愛した女に拒絶され、その女が別の男のものになり、お前はどう思った?
 俺は手元の像にそう尋ねるが、物言わぬ魂となった男からの返事はない。

 この愛しい女の姿を模した像の中に亡くなった若き当主の魂が閉じ込められている。
 仕組みは分からないが、人生をやり直した男が亡くなるとその魂がこの像に入るようになっているらしい。

 そして俺はその魂の入った像を運ぶ時だけ最愛の女に会える。

 これも仕組みは分からないが、魂にはこの男が本来生きるはずだった寿命が含まれており、それを取り込むことで俺の最愛の女は若さを維持できる。

 魂を取り込むときの女はいつも嬉しそうだ。
 彼女の喜ぶ顔を見ると俺も嬉しくなる。

 そう思えるようになったのは、俺がなってからだ。
 それよりも前に、彼女と互いに喜び合えていたら……。そう思わない日はない。

『あんなに美しかったお前が今はどうだ? 顔も体も皺とシミだらけじゃないか。それに比べて〇〇のハリがあって瑞々しい肌……お前と比べ物にすらならない! 俺はもうお前を愛せない。愛する〇〇と共に生きていくから悪く思うな』

 俺の体を蝕む不治の病から救ってくれた最愛の女……我が妻に、どうしてこんな非道な言葉を吐いたのだろう。
 悔やんでも悔やみきれない。

 俺の看病と薬の研究で寝る暇もないほどだった妻が、己の美容にかけられる時間などあるはずがないだろう。
 皺もシミもそれだけ俺に尽くした結果の勲章だ。それを侮辱するなど俺はどれだけ傲慢だったのだろうか……。

 それだけ愛して尽くしたから裏切られた妻の心の傷はどれほど深いか計り知れない。
 しかも、若いだけが取り柄の村娘が勝ち誇った顔で俺に寄り添っているのだ。きっと発狂しそうなほどの屈辱だったろう。

 いや、もう既に妻は狂っているのかもしれない。
 優しくて貞淑だった妻は今や人間の男から若さという名の寿命を奪い、見目のよい男と享楽に耽る女となってしまった。

 俺のせいだ……。そう後悔しても、もうどうしようもない。
 愛した妻が他の男と戯れる姿を見ると発狂しそうになる。
 だが俺に責める資格などあるはずがない。

『愛している? 今更何を言うておるのじゃ。其方の最愛は、その物言わぬ像と成り果てた女であろう?』

 今更俺が“愛している”などと告げても妻には届かない。
 それどころかそれを告げた以降、俺は妻と言葉を交わすことも、妻の体に触れることも禁じられ、その禁を犯そうとすると激痛が走るようになった。

 妻は未だに俺の最愛は像に変えられた村娘だと信じている。
 
 違う、あれは気の迷いだったんだ!
 その証拠にもうあの村娘の名前も顔も思い出せない!

 言葉を禁じられる前、必死でそう告げたが鼻で笑われるだけだった。

 本当なのに。像が割れる時、痛みを感じるのか女のすすり泣く声が聞こえるが、それすらどうとも思わない程の存在なのに。

 などという思いは伝わらない。
 分かってる。もう全ては今更だ。
 俺のような屑な男が人生をやり直しては絶望する様を幾度となく見てそれを理解した。

 俺の妻と同じように夫に尽くして愛した結果、裏切られた女に像を渡し、人生をやり直させると不思議と皆同じ結末を辿る。

 まず、女はやり直すと必ず男を拒絶し、二度と関係を持たない。

 だが反対に、男は必ず女に執着する。自分が裏切ったにも関わらずだ。

 なんてみっともなくて、醜悪な姿なのか。
 愚かな男達の姿が自分に重なる。

 俺と同じだ。自分が裏切って捨てた妻に今更執着している。
 自分を貶してくる男とまたやり直したいと願う女など、いるはずもないのに。

 妻達は皆、かつての夫とは別の男と結婚し、穏やかで幸せな日々を送る。
 だが夫達は決して幸せにならない。必ず捨てた女に執着したまま死んでいく。

 初めの頃は夫達に同情したものだ。だが今は妻達が幸せになることに喜びを覚える。
 それは妻達が、俺の唯一言葉を交わせる存在だからかもしれない。

 魔女の呪いを受け、俺は像を渡す時しか喋ることが出来なくなった。
 だから、行商人を装って哀れな妻達に会い言葉を交わす瞬間だけが人と関われる。

 そんな彼女達が幸せになる。それが純粋に喜べるようになったのはいつからだろうか。
 もう思い出せない。

 彼女達が二度目の結婚式で使う青い薔薇のブーケ。
 あれは俺が若い頃、妻の為に品種改良した薔薇だ。
 
 妻の色と同じ青い薔薇、それを未だに枯らさず大切に栽培してくれている。
 それだけが心の救いだ……。


 俺がこの像に願えばやり直せるだろうか。
 そう思って願ってみたが何も起こらない。
 たとえやり直せたとしても、妻はもう俺を愛してくれないだろうが……。

 裏切らなければよかった。そう悔やまない日はない。
 若く美しい女なんて星の数ほどいるが、自分がどんな姿になっても変わらず愛してくれる女は妻しかいなかった。

 この像になった村娘だって、俺を愛していたわけじゃない。
 魔女の夫を奪うことに優越感を感じていただけだ。
 像の姿になってからしばらくは俺にしか聞こえない怨嗟の声をあげていた。

『こんなはずじゃなかった……。アンタなんかと関係を持つんじゃなかった……。アンタさえいなければ……。元の姿に戻りたい……。村へ帰りたい……。魔女様、ごめんなさい、ごめんなさい……』

 そんな像に「村はもうない」と告げて以降、声を出さなくなった。
 割れる際に痛みがあるのかすすり泣く声は聞こえるが、それ以外は全く聞こえない。

 俺達がいた村はもうない。
 元々魔女の恩恵に頼らねば生活できない村だ。
 その村の娘が魔女の夫である俺と関係を持つという裏切りのせいで村は瓦解した。
 村民たちは方々に散り、俺への恨みからか、俺のやらかしを代々子孫に伝えているようだ。お伽噺のように。

 俺はあまりにも多くの人生を壊した。
 村娘の人生、村人の人生、そして妻の人生。

 そして今も、俺と同じような愚か者もの人生を壊すために彷徨う。
 だがそれで哀れで報われない女が救われるのなら悪くないとすら思える。

 さあそれではまた向かうとするか。男の裏切りに涙する哀れな女のもとへ。
 
 女を救い、男にその代償を支払わせ、そして―――また妻に会うために。

―――――――――――――――――――――――――――――――――(了)

 これにて完結です。お読みいただきありがとうございました。
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