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アリオスの心情
分厚いカーテンがきっちりと閉ざされた薄暗い部屋の中、アリオスは一人豪奢な長椅子に苛立たしげな様子でふんぞり返っていた。重たい扉が閉ざされて、もう三日。扉の外には見張りの気配。
アリオスは退屈そうに仰向けに転がり、天井を見上げた。
「……まったく、父上も大げさだ。騒ぎ立てるエセルが悪いというのに……どうして私がこんな目に遭わねばならない」
軽々しく吐いたその言葉に反省の色は微塵もない。彼の頭の中はどこまでもエセルが悪いという思いで埋め尽くされていた。
「少し嫌なことを言われたくらいで家出など……甘ったれた娘だ」
小さく舌打ちし、彼は頭にエセルを思い浮かべる。最初は怯えたような顔でこちらを見ていたくせに、段々と感情を削ぎ落したような無機質な顔を向けるようになった彼女。笑うことも泣くこともない無表情な顔を向けられる度、まるでお前など興味がないと言われているようで苛立ちを覚えた。
「……私が責められる筋合いはない。社交界ではあれくらい、普通ではないか」
そうだ、社交界はもっと残酷だ。
これくらいで音を上げる方が悪い。
アリオスは頭の中でエセルを責めだした。自分は悪くない、エセルが悪い、と。
「何が”嫌がらせ”だ……私は、ただ……」
不意にアリオスの脳裏に初めて会った時のエセルの姿が蘇る。
柔らかなショコラ色の髪、優しいオリーブの瞳、澄んだ気配をまとう美しい少女に一目で心を攫われた。初めての屋敷に緊張しているのか、怯えた小動物のような気配を纏っている。その姿が妙に心をくすぐった。
この美しい少女を妻にしたい。そんな欲望が胸を満たす。
だが、それと同時に無性な嗜虐心が湧いてくる。
伏せた長い睫毛に細い肩。緊張して震える指先。社交界の気の強い令嬢たちとは違う、その儚げな姿に強く心を惹かれた。
強い言葉を投げかければ、きっと怯えるだろう。
それを想像するだけで妙に愉快な気分になった。
だから自然と彼女を傷つけるであろう台詞が口から零れた。
──『義母上と比べて随分と慎ましい』
暗に「地味だ」と言われた彼女は恥じ入るように頬を染め、俯きがちに顔を歪める。
その愛らしい反応に嗜虐心がそそられた。
もちろんそういった意味で言ったのではない。義母の安っぽい華やかさより、エセルの清楚な美しさの方がはるかに品がある。所作の優雅さにおいても義母よりもはるかに洗練されていると感じた。
他に言い方があると分かっていた。それでもあえて相手を傷つける言葉を選んだ。
羞恥と屈辱に染まる顔を見たいという衝動に抗えなかった。
好きだから優しくする?
彼女に対する感情はそんな綺麗なものではない。
自分の言葉ひとつ、自分の機嫌ひとつで、彼女の顔を愛らしく歪ませたい。その可愛い顔をずっと見ていたい。
反省など、欠片もない。あるわけがない。
好きな女の、好きな表情を見たいと思って何が悪い。
「私が悪いのではない。あんな顔を見せるエセルが悪いんじゃないか。あんな……可愛らしい顔を見せられたら、もっと見たいと思うだろう……?」
そう呟くアリオスの顔には隠しようもない醜悪な本性が滲み出ていた。
社交界ではこれくらい当然、と口にしながら彼はただ己の欲望を満たすためにエセルを傷つけた。
初めて見たあの日からアリオスはエセルを困らせることが何より愉しい遊びになってしまったのだ。
欲を満たすためなら恥も幼稚さも問題ではなかった。
だからあの日、彼女が肌身離さず持っていた懐中時計を奪った。
他人の大切なものを目の前で取り上げるなど子供じみている。だが、彼女が困惑する顔を見られるのならそんなことはどうでもよかった。
彼女はどんな反応をするだろうか。怒るだろうか、泣くだろうか。
胸を躍らせながら彼女の様子を見守っていた。だが、次の瞬間に返ってきた反応は予想とはまるで違っていた。
『触らないでください』
か弱いと決めつけていた彼女は、次の瞬間、圧倒的な気配を纏っていた。格が違う――そう理解したときにはすでに痛みが走っていた。
アリオスは退屈そうに仰向けに転がり、天井を見上げた。
「……まったく、父上も大げさだ。騒ぎ立てるエセルが悪いというのに……どうして私がこんな目に遭わねばならない」
軽々しく吐いたその言葉に反省の色は微塵もない。彼の頭の中はどこまでもエセルが悪いという思いで埋め尽くされていた。
「少し嫌なことを言われたくらいで家出など……甘ったれた娘だ」
小さく舌打ちし、彼は頭にエセルを思い浮かべる。最初は怯えたような顔でこちらを見ていたくせに、段々と感情を削ぎ落したような無機質な顔を向けるようになった彼女。笑うことも泣くこともない無表情な顔を向けられる度、まるでお前など興味がないと言われているようで苛立ちを覚えた。
「……私が責められる筋合いはない。社交界ではあれくらい、普通ではないか」
そうだ、社交界はもっと残酷だ。
これくらいで音を上げる方が悪い。
アリオスは頭の中でエセルを責めだした。自分は悪くない、エセルが悪い、と。
「何が”嫌がらせ”だ……私は、ただ……」
不意にアリオスの脳裏に初めて会った時のエセルの姿が蘇る。
柔らかなショコラ色の髪、優しいオリーブの瞳、澄んだ気配をまとう美しい少女に一目で心を攫われた。初めての屋敷に緊張しているのか、怯えた小動物のような気配を纏っている。その姿が妙に心をくすぐった。
この美しい少女を妻にしたい。そんな欲望が胸を満たす。
だが、それと同時に無性な嗜虐心が湧いてくる。
伏せた長い睫毛に細い肩。緊張して震える指先。社交界の気の強い令嬢たちとは違う、その儚げな姿に強く心を惹かれた。
強い言葉を投げかければ、きっと怯えるだろう。
それを想像するだけで妙に愉快な気分になった。
だから自然と彼女を傷つけるであろう台詞が口から零れた。
──『義母上と比べて随分と慎ましい』
暗に「地味だ」と言われた彼女は恥じ入るように頬を染め、俯きがちに顔を歪める。
その愛らしい反応に嗜虐心がそそられた。
もちろんそういった意味で言ったのではない。義母の安っぽい華やかさより、エセルの清楚な美しさの方がはるかに品がある。所作の優雅さにおいても義母よりもはるかに洗練されていると感じた。
他に言い方があると分かっていた。それでもあえて相手を傷つける言葉を選んだ。
羞恥と屈辱に染まる顔を見たいという衝動に抗えなかった。
好きだから優しくする?
彼女に対する感情はそんな綺麗なものではない。
自分の言葉ひとつ、自分の機嫌ひとつで、彼女の顔を愛らしく歪ませたい。その可愛い顔をずっと見ていたい。
反省など、欠片もない。あるわけがない。
好きな女の、好きな表情を見たいと思って何が悪い。
「私が悪いのではない。あんな顔を見せるエセルが悪いんじゃないか。あんな……可愛らしい顔を見せられたら、もっと見たいと思うだろう……?」
そう呟くアリオスの顔には隠しようもない醜悪な本性が滲み出ていた。
社交界ではこれくらい当然、と口にしながら彼はただ己の欲望を満たすためにエセルを傷つけた。
初めて見たあの日からアリオスはエセルを困らせることが何より愉しい遊びになってしまったのだ。
欲を満たすためなら恥も幼稚さも問題ではなかった。
だからあの日、彼女が肌身離さず持っていた懐中時計を奪った。
他人の大切なものを目の前で取り上げるなど子供じみている。だが、彼女が困惑する顔を見られるのならそんなことはどうでもよかった。
彼女はどんな反応をするだろうか。怒るだろうか、泣くだろうか。
胸を躍らせながら彼女の様子を見守っていた。だが、次の瞬間に返ってきた反応は予想とはまるで違っていた。
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