今更、話すことなどございません

わらびもち

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心の支え

「会ったこともない相手に随分な入れ込みようですね……。確かに彼女はわたくしの目から見ても、一国の王妃に仕えるに足る器量を備えております。ですが、あなたが彼女を傍に置きたい理由は本当にそれだけですか? 彼女は顔立ちこそ似ておりませんが、髪と瞳の色は故アスター卿そのものです。……あなたは、初恋の君によく似た娘をただ傍に置いておきたいだけではなくて?」

 院長の指摘に王妃はわずかに目を泳がせた。
 口に出さずともその反応は肯定しているも同然だと、院長は小さく溜息をついた。

「呆れた……。彼女の為といいながら結局自分の為ではありませんか」

「……アスター卿の面影のある少女を傍に置きたい、という願いについては否定致しません。ですが同時に彼の才覚を継ぐ娘に相応しい場を与えたいという思いもあります。優秀な人材は宝だと、お母様が教えてくださったではないですか。王族に仕えるに足る器量を持った娘をこのまま埋もれさせておくなどあまりにも惜しい。せめて本人にお会いして話だけでもさせていただけませんか?」

「あの子の才覚が埋もれてしまうのを惜しむ気持ちは分からないでもありません。ですが、その件をあなたが直にあの子へ伝えることは許可できません」

「……ッ! それは……どうしてです?」

「一介の修道女が王妃のを拒めるとお思いですか?」

「命令ではありません! ただ提案するだけです! もちろん、承諾するかどうかは本人に委ねますわ」

「王族の提案は”命令”と同義であると理解なさい。あなたの口から出た言葉を下の者は拒めないのです。それはもう”提案”とは呼べません」

 院長の言葉に王妃は言葉を返せず、ただ噤むのみ。空気が重く張りつめた。
 王族の発言は下の者にとって、全て命令も同然。その重みを重々承知している。だからこそ、王妃をエセルに会わせることを許可しなかった。提案を受ければエセルに断る選択肢は残らない。院長はそれを見抜いていた。

 しばしの沈黙が落ちる。やがて院長は仕方ないと言わんばかりの顔で口を開いた。

「とはいえ、まだ若いあの子が広い世界へ羽ばたく機会を失うのは惜しいこと。その話はわたくしの口から伝えましょう」

「えっ……!?」

 母の提案に王妃は思わず瞳を輝かせる。その素直な反応に院長は呆れたように目を細めた。
 いつかの幼い娘が今の姿に重なって見える。

「もちろん、一番はあの子の意思です。ここでのわたくしは修道女たちの母。娘の意思を何よりも重んじます。断られることも覚悟しておきなさい」

 院長は修道院を束ねる長としての矜持にかけて、たとえ実の娘でも贔屓はしないと厳しく告げる。
 母の公正さと厳粛さを王妃もよく理解していた。実子であろうと決して優遇はしないことも。それでも、自分の願いを伝えてくれるだけで有難いと、王妃は院長に御礼を告げた。

「ええ、ありがとうございます、お母様」

 心から嬉しそうに微笑む王妃を前にして院長は複雑な思いを抱いた。
 これだけ喜ぶということは娘の心には実ることのなかった初恋が未だに残っているということ。隣国の国母でありながら王以外の男を心に住まわせるなど、本来ならば咎めるべきことだろう。だが、それが娘の心を支えているのだと思うと院長には何も言えなかった。

 王宮は魔窟も同然の世界だ。隙を見せればたちまち引きずり落とされる。
 院長もかつてはその世界で生きてきた。だからこそ娘が嫁ぎ先で苦労しているであろうことも理解している。
 日々神経をすり減らす中では心の支えがなければ人は簡単に折れてしまう。成就しなかったからこそ美しいまま残る初恋が、娘の心を支えているのだとしたらそれでいいのかもしれない。

 初恋の人の忘れ形見であるエセルを傍に置きたいと思う気持ちも分からないではない。
 王妃という高貴な立場にありながら、それを伝えるためだけに国をまたいでここまでやってきたのだ。その熱意がよほどのものだということは分かる。
 隣国の王妃付きの侍女という名誉ある役目が貴族の令嬢にとって魅力的であることも理解していた。
 それでもなお、それを受けるかどうかはエセル本人の意思に委ねたいと院長は思っている。

 この話を受けるにせよ、ここに留まるにせよ、それは本人に決めさせたい。
 
 それを念を押すように再び王妃に告げると、彼女は納得したように頷いた。

「ええ、勿論です。もし彼女が了承してくれたなら──再び参ります。今度は、迎えに」

 まるで初恋の人を待ち焦がれる少女のような無邪気な笑みを浮かべる娘に院長は胸の奥が少しだけ痛むのを感じた。

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