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わらびもち

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ロレーヌ王国の王妃が思うこと

 ロレーヌ王国の宮殿の美しい白壁を柔らかな日差しがやわらかく照らしていた。
 高い天井と長い回廊に満ちる静けさは外の喧騒を遠いもののように感じさせる。その奥にある王妃の豪華な部屋は贅を尽くした調度に囲まれながら、どこか暗いな気配を帯びていた。

 部屋の中央には金糸で刺繍された深紅の長椅子が据えられ、壁には繊細な織りのタペストリーが幾重にも掛けられていた。天井からは大きな水晶のシャンデリアが下がり、窓辺には薄絹のカーテンが幾重にも重なって差し込む光を柔らかく拡散させている。香炉からはかすかに甘い香りが漂い、磨き上げられた床には異国の文様を描いた絨毯が広がっていた。

 その美しくも調和のとれた部屋で王妃は長椅子に深く沈み込み、片肘をついて頬を支えながらあからさまに不機嫌そうな顔をしていた。足元には開きかけの扇子が落ち、窓から差し込む光がその金細工をやけに白々しく照らしている。

「つれないこと……」

 ぽつりと零した声には拗ねた子どものような響きが混じっていた。

「絶対に了承してくれると思っていたのに、まさか断られるなんて……」

 王妃ジュリアが侍女に迎えたいと望んでいた少女、かつての初恋の人の忘れ形見。
 傍に置くことを楽しみにしていたのに――その願いは叶わなかった。

 “わたくしのような身分ではこのようなお申し出を賜るには分不相応にございます。どうかご容赦を――”

 ジュリアの母である王太后を通じて届けられたその手紙には、控えめながらも確かな意思を示す断りの言葉が綴られていた。その言葉遣いの美しさすら、つれなく感じてならない。

「身分なんて、どうとでもなるのに……」

 不満を呟いていたそのとき、控えめなノックが扉を叩いた。

「……何?」

 億劫そうに返事を投げると、ゆっくりと扉が開き、年配の女が姿を現す。彼女は王妃の乳母。幼い頃から見守り、嫁ぎ先にも随行してきたその人は今も変わらぬ落ち着いた所作で一礼する。

「ご機嫌麗しゅうございます、妃殿下」

「麗しくなんてないわ。見てわからない?」

「……さようでございますね」

 乳母はわずかに苦笑を浮かべ、王妃の足元に落ちている扇子を拾い上げた。

「アスター卿のご息女からお断りを受けられましたことが、それほどご無念でございますか?」

「……当然よ。断られるなんて思ってもいなかったもの。わたくしの侍女の座は王国の令嬢が欲してやまないものであるはずなのに……」

「そうでございますね。ご息女はアスター卿譲りで慎ましいのでしょう。栄誉ある座に欲がないとは感心いたしますわ」

「なによ、それ……。そんなの、ますます好きになってしまうじゃない……」

「あらあら……会ったこともないご令嬢に随分とご執心ですこと」

 からかいを含んだ乳母の言葉に王妃はますます不機嫌そうになる。
 そんな王妃に乳母は諭すような口調で窘めた。

「お断りを受けたのなら、諦めるしかございませんよ」

「無理よ……諦めきれないわ。アスター卿には返しきれぬほどの御恩があるの。それを、ご息女の人生をより良きものとすることで返したいのよ」

「いけませんよ、妃殿下。それはご息女のことを思ってのように見えて、彼女個人を顧みぬものにございます」

「は? どういうこと……?」

「恐れながら、妃殿下はご息女にアスター卿の面影を求めているだけにございます。それではご息女はまるでアスター卿の代わりのよう。他者に誰かの代わりを求めるのはその方の尊厳を傷つける行為にございます。御恩を返したいとおっしゃるのなら、まずその認識を改めた方がよろしいかと」

「…………ッ!!」

 乳母の言葉に王妃はまるで雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
 恩人の娘の尊厳を傷つけるつもりなどまるでなかった。だが、彼女を通して恩人の面影を感じたかったことは事実である。自分でも気づかぬうちに恩人の娘に対して失礼な行為をしていたことを知り、愕然として体が震えた。

「もしかして、彼女もそう思ったから誘いを断ったの? わたくし……そんなつもりでは……」

「それは分かりかねます。ただ、いずれにせよ妃殿下の侍女となったら時間が経つうちに自然とそのことに気づくでしょう。聡い方だとお聞きしましたので」

 呆然とする王妃に乳母はそれ以上は触れず、ここに来た本題へと移った。手にした封書を静かに差し出す。

「その話は一旦終わりにしましょう。今はそれよりこちらを。母君の王太后陛下よりの急ぎの報せにございます」

「……お母様から?」

 王妃は訝し気な顔で手を伸ばし、封を切る。視線だけを落として文面を追い、やがて興味を失ったように紙を閉じた。

「……ふーん」

 その一言で終わったことに乳母がわずかに首を傾げた。

「どのようなご用件で?」

「義弟が戻ってくるんですって」

「まあ……王弟殿下が」

「やっと帰ってくるようね。陛下が散々帰国を促してものらりくらり躱していたのに、どういう風の吹き回しかしら」

 王妃は肩をすくめるが、その声には特別な感慨は感じられない。ただ、どうでもいい話題を処理しただけのようだった。

「お会いになりますか?」

「別に。向こうが来るなら会うでしょうけど」

 再び長椅子に身を預け、王妃は天井を見上げる。

「それよりも、彼女に手紙を書こうかしら……」

「アスター卿のご息女に? どのような手紙を?」

「そんなつもりなかったって……。代わりではないって……。伝えれば、今度は承諾してくれるかもしれないわ」

「……そのような手紙が届いても困惑するだけですよ。済んでしまったことだと諦めた方がよろしいです。ご縁があればまたお会いできるでしょう」

 乳母の言葉に王妃は心の中では納得できなかったがそれでも渋々承諾した。
 彼女の頭の中に先ほどの義弟の帰国のことはすでに消え失せていた。あるのは在りし日の恩人の顔と、まだ会ったことのない娘のことだけだった。

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