51 / 57
それは違います
「アリオス、とは……ベネディクト伯爵家のご嫡男のことでしょうか?」
「当たり前でしょう! 白々しい、なによそのとぼけた態度は!」
「いえ……念のため確認をと思いまして。それで、ベネディクト伯爵子息がどうされたのでしょう?」
淡々としたエセルの態度に王女は呆気にとられたが、すぐにまた噛みつきそうな勢いで返した。
「あなたがこんな場所に逃げたせいで、アリオスはお父君によって部屋に閉じ込められているのよ! ちょっと嫌なことを言われたくらいで家出するなんてみっともない。あなたみたいな我儘な義妹をもってアリオスが可哀想よ!」
「え、ベネディクト伯爵子息が部屋に閉じ込められている……?」
「そうよ! 身勝手に家出したあなたのせいでアリオスが全部の責任を押し付けられてるのよ! 可哀想なアリオス……こんな不出来で下賤な女が義妹になったばかりに……」
わざと哀しそうな顔をする王女だが、その裏には明らかな意地の悪さが滲んでいる。
エセルは微動だにせず、ただ一言だけ静かに呟いた。
「はあ、さようでございますか」
「……は? はああ? ちょっと! なによ、その態度は!?」
「なに、と言われましても……」
全く興味を示さない淡々としたエセルの態度に王女は思わず目を見開いた。
王女はエセルが罪悪感に苛まれ、申し訳なさそうにするだろうと考えていた。ところが現実は違い、エセルは少しも動じず平然としている。そのあまりの落ち着きに王女は面食らい、唖然としてしまった。
「王女殿下」
「な、なによ……」
少しも感情を見せないエセルの瞳に王女は思わず怯え、声が上擦った。自分がなぜこれほど気圧されているのか、王女は困惑せずにはいられなかった。
「若干認識の齟齬があるようです。まず、私とベネディクト伯爵子息は義理の兄妹ではございません。赤の他人です」
「は? 血が繋がっていないから、とでも言いたいの? それは冷たいんじゃないかしら」
「いえ、違います。そうではなく、私はベネディクト伯爵家の籍に入っておりません。修道院に身を寄せる前の私の籍は、母の生家であるサンディ男爵家に入ったままでございます。ベネディクト伯爵家の子息とサンディ男爵家の私、この関係性はどう考えても赤の他人としか言いようがございません」
「は……? 伯爵家の籍に入っていない? え? どういうこと……。だって、あなたの母親はベネディクト伯爵の妻になったのよね?」
「はい、そうです。母はベネディクト伯爵夫人として籍に入っておりますが、私は伯爵と養子縁組をしておりませんので、伯爵とは義理の親子ですらありません。あの家での私の立ち位置はただの”居候”です」
「居候……」
話の展開がすぐに理解できず王女は唖然とし、しばらく言葉を失った。
「そういうわけですので、家出と言われましても……ベネディクト伯爵家は私の”家”ではございません。居候が居候先から出たことをそこまで咎められる筋合いはないかと存じます。それまでかかった費用も支払い済みですし」
「…………」
エセルがベネディクト伯爵に養子として迎え入れられていると思い込んで話していた王女はその前提が完全に誤りだったことに気づき、頭が真っ白になった。言葉も出ずただ黙っていると、エセルがふと問いかけてきた。
「ひとつお尋ねしたいのですが……先ほど殿下は、ベネディクト伯爵子息が屋敷に閉じ込められているのは私の責任だとおっしゃいましたよね。それはどなたから、そうお聞きになったのですか?」
王女を前にしても一切怯まず、揺らぐ気配すら見せないエセルに王女は恐ろしさを覚えた。
するみるみるうちに勢いが失われ、声も小さくなっていく。
「え、あ……それは、アリオスから……手紙で……」
「手紙? 伯爵子息が殿下に?」
その問いかけに王女は小さく頷いた。だが、エセルは腑に落ちない様子で首をひねる。
(どうしてアリオスが王女殿下にそんな内容の手紙を? いったい何が目的なの……)
アリオスがどうして屋敷に閉じ込められているかはともかくとして、彼が王女に何をさせたかったのか、その目的が分からない。エセルは疑問を覚え、目の前で萎縮する王女にさらに話を聞こうとする。だがそのとき、応接間の扉が開く音が聞こえ、自然とそちらに視線が向いた。
「……マリーベル、お前はここで何をしているのですか」
「ヒッ……!? お、お祖母様……」
扉の開いた先には怒りの形相を浮かべた院長の姿があった。
「当たり前でしょう! 白々しい、なによそのとぼけた態度は!」
「いえ……念のため確認をと思いまして。それで、ベネディクト伯爵子息がどうされたのでしょう?」
淡々としたエセルの態度に王女は呆気にとられたが、すぐにまた噛みつきそうな勢いで返した。
「あなたがこんな場所に逃げたせいで、アリオスはお父君によって部屋に閉じ込められているのよ! ちょっと嫌なことを言われたくらいで家出するなんてみっともない。あなたみたいな我儘な義妹をもってアリオスが可哀想よ!」
「え、ベネディクト伯爵子息が部屋に閉じ込められている……?」
「そうよ! 身勝手に家出したあなたのせいでアリオスが全部の責任を押し付けられてるのよ! 可哀想なアリオス……こんな不出来で下賤な女が義妹になったばかりに……」
わざと哀しそうな顔をする王女だが、その裏には明らかな意地の悪さが滲んでいる。
エセルは微動だにせず、ただ一言だけ静かに呟いた。
「はあ、さようでございますか」
「……は? はああ? ちょっと! なによ、その態度は!?」
「なに、と言われましても……」
全く興味を示さない淡々としたエセルの態度に王女は思わず目を見開いた。
王女はエセルが罪悪感に苛まれ、申し訳なさそうにするだろうと考えていた。ところが現実は違い、エセルは少しも動じず平然としている。そのあまりの落ち着きに王女は面食らい、唖然としてしまった。
「王女殿下」
「な、なによ……」
少しも感情を見せないエセルの瞳に王女は思わず怯え、声が上擦った。自分がなぜこれほど気圧されているのか、王女は困惑せずにはいられなかった。
「若干認識の齟齬があるようです。まず、私とベネディクト伯爵子息は義理の兄妹ではございません。赤の他人です」
「は? 血が繋がっていないから、とでも言いたいの? それは冷たいんじゃないかしら」
「いえ、違います。そうではなく、私はベネディクト伯爵家の籍に入っておりません。修道院に身を寄せる前の私の籍は、母の生家であるサンディ男爵家に入ったままでございます。ベネディクト伯爵家の子息とサンディ男爵家の私、この関係性はどう考えても赤の他人としか言いようがございません」
「は……? 伯爵家の籍に入っていない? え? どういうこと……。だって、あなたの母親はベネディクト伯爵の妻になったのよね?」
「はい、そうです。母はベネディクト伯爵夫人として籍に入っておりますが、私は伯爵と養子縁組をしておりませんので、伯爵とは義理の親子ですらありません。あの家での私の立ち位置はただの”居候”です」
「居候……」
話の展開がすぐに理解できず王女は唖然とし、しばらく言葉を失った。
「そういうわけですので、家出と言われましても……ベネディクト伯爵家は私の”家”ではございません。居候が居候先から出たことをそこまで咎められる筋合いはないかと存じます。それまでかかった費用も支払い済みですし」
「…………」
エセルがベネディクト伯爵に養子として迎え入れられていると思い込んで話していた王女はその前提が完全に誤りだったことに気づき、頭が真っ白になった。言葉も出ずただ黙っていると、エセルがふと問いかけてきた。
「ひとつお尋ねしたいのですが……先ほど殿下は、ベネディクト伯爵子息が屋敷に閉じ込められているのは私の責任だとおっしゃいましたよね。それはどなたから、そうお聞きになったのですか?」
王女を前にしても一切怯まず、揺らぐ気配すら見せないエセルに王女は恐ろしさを覚えた。
するみるみるうちに勢いが失われ、声も小さくなっていく。
「え、あ……それは、アリオスから……手紙で……」
「手紙? 伯爵子息が殿下に?」
その問いかけに王女は小さく頷いた。だが、エセルは腑に落ちない様子で首をひねる。
(どうしてアリオスが王女殿下にそんな内容の手紙を? いったい何が目的なの……)
アリオスがどうして屋敷に閉じ込められているかはともかくとして、彼が王女に何をさせたかったのか、その目的が分からない。エセルは疑問を覚え、目の前で萎縮する王女にさらに話を聞こうとする。だがそのとき、応接間の扉が開く音が聞こえ、自然とそちらに視線が向いた。
「……マリーベル、お前はここで何をしているのですか」
「ヒッ……!? お、お祖母様……」
扉の開いた先には怒りの形相を浮かべた院長の姿があった。
あなたにおすすめの小説
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
大嫌いな従兄と結婚するぐらいなら…
みみぢあん
恋愛
子供の頃、両親を亡くしたベレニスは伯父のロンヴィル侯爵に引き取られた。 隣国の宣戦布告で戦争が始まり、伯父の頼みでベレニスは病弱な従妹のかわりに、側妃候補とは名ばかりの人質として、後宮へ入ることになった。 戦争が終わりベレニスが人質生活から解放されたら、伯父は後継者の従兄ジャコブと結婚させると約束する。 だがベレニスはジャコブが大嫌いなうえ、密かに思いを寄せる騎士フェルナンがいた。
運命の人ではなかっただけ
Rj
恋愛
教会で結婚の誓いをたてる十日前に婚約者のショーンから結婚できないといわれたアリス。ショーンは運命の人に出会ったという。傷心のアリスに周囲のさまざまな思惑がとびかう。
全十一話
【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう
冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」
セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。
少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。
※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。
さくさく進みます。
愛してくれない人たちを愛するのはやめました これからは自由に生きますのでもう私に構わないでください!
花々
恋愛
ベルニ公爵家の令嬢として生まれたエルシーリア。
エルシーリアには病弱な双子の妹がおり、家族はいつも妹ばかり優先していた。エルシーリアは八歳のとき、妹の代わりのように聖女として神殿に送られる。
それでも頑張っていればいつか愛してもらえると、聖女の仕事を頑張っていたエルシーリア。
十二歳になると、エルシーリアと第一王子ジルベルトの婚約が決まる。ジルベルトは家族から蔑ろにされていたエルシーリアにも優しく、エルシーリアはすっかり彼に依存するように。
しかし、それから五年が経ち、エルシーリアが十七歳になったある日、エルシーリアは王子と双子の妹が密会しているのを見てしまう。さらに、王家はエルシーリアを利用するために王子の婚約者にしたということまで知ってしまう。
何もかもがどうでもよくなったエルシーリアは、家も神殿も王子も捨てて家出することを決意。しかし、エルシーリアより妹の方がいいと言っていたはずの王子がなぜか追ってきて……。
〇カクヨムにも掲載しています
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……