今更、話すことなどございません

わらびもち

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他人を惑わしたツケ

 伯爵は重い椅子の背にもたれかかり、鋭い目で息子を見据えた。

「書状には、お前が王女と特別な関係だとあった。これはどういう意味だ?……アリオス、正直に言え。心当たりはあるのか?」

 アリオスは口を噤んだが、父の眼光に押され、目を泳がせる。

「え……ええと……心当たり、ですか……」

 あるに決まっている。アリオスは、何かあれば使えると考え、王女の自分への恋心を巧みに操っていた。
 思わせぶりな笑みを浮かべ、王女の好意に対して喜んでいるふりを繰り返す。
 そうして王女が自分のためなら何でもするほど従順になったのを見計らい、アリオスはここぞとばかりにエセルを連れ戻すためにその状況を利用した。

 しかし、そんなことを真面目な父に言おうものなら激怒されることは目に見えている。
 アリオスの額に冷や汗が滲むと、伯爵の声はさらに厳しさを増した。

「王女マリーベル、王家でも扱いに困る姫だ。不出来なせいで政略として嫁がせることも出来ぬゆえ、降嫁先を探していたと聞く。まさかお前はそんな厄介な相手に手を出したのか?」

 伯爵のいう手を出したというのは、男女の関係をもったのかという意味の問いかけ。書状にある『特別な関係』はそういう意味に捉えられるような書き方だったが、アリオスはそれを必死に否定する。

「そんなことはしておりません! 父上は私が未婚の王女に手出しするような愚か者だと思うのですか!?」

「なら、どうしてこんな内容の書状が届く? おまけに婚約の打診なぞ……お前が何かしたとしか思えない。手出しをしていないのであれば、王女に好意を持たせるような態度を取っていたのではないのか?」

 アリオスは父親の核心を突いた言葉に目を伏せた。まさかその程度のことが大きな問題に発展するなんてまるで考えていなかったのだ。

「そ、それは……。たしかに、少しだけ思わせぶりな態度を……取ってしまっていたかもしれません……」

 その告白に伯爵の顔から血の気が引き、額の筋が浮かぶ。書簡を握る手が微かに震えた。

「な……何と……! お前は……この馬鹿者が!!」

「も、申し訳ございません……! まさかこんなことになるとは思わず……」

「そんな軽い気持ちで女性の気持ちを弄ぶなど言語道断だ! この……愚か者が!」

 伯爵はしばし書簡を握りしめたまま額に手を当てる。
 しばしの沈黙の後、深く息を吐いた。

「……こうなってしまっては娶るほかはない。王女とお前を婚約させる。そのつもりでいろ」

 アリオスの顔がみるみる青ざめる。思わず声が震えた。

「な、そ……そんな……いやです、父上! 私は、エセルが……!」

「そんなことを言っている場合か! それに『いやです』で済む問題ではない!お前が思わせぶりな態度を取り続けた結果だ。自業自得というものだろう!」

「そんな……! なんとかなりませんか!?」

「なると思う方がどうかしている! 遊び心で他人を惑わした自身の愚かさを思い知れ!」

「…………ッ!!」

 伯爵の怒号が響いた後、再び部屋に沈黙が落ちる。
 しばらくして伯爵は机に拳をつき、額に皺を寄せた。

「……しかし、側妃の身分も低く、評判の悪い王女では……王家と縁を結んだところで、何の旨味もない……。とんだ貧乏くじだ……」

 その言葉に伯爵の苦悩と諦めが滲んだ。
 アリオスは反論しかけるが、伯爵の視線に押し止められる。

「父上……」

「黙れ、アリオス! お前の軽率さのせいで、我が家は得るものも無い王女を迎え入れねばならなくなったのだぞ!? こうなってしまった以上、家のために仕方なく受け入れるしかあるまい……」

 怒りと諦念、苛立ちと苦悩――そのすべてが、伯爵の声に滲む。

「そんな……では、エセルへの思いはどうしたら……」

「……もう捨てろ。もとはといえば、お前のエセル嬢への恋心のせいで我が家が傾くかもしれない状況に陥ったのだ。そんな望みなど聞かず、初めからエセル嬢を養女として迎え入れていれば……こんなことにはならなかったのだがな……」

「ち、父上……」

「……話は終わりだ。お前は王女との婚約に備えろ。……もういい、下がれ」

 有無を言わせぬ拒絶にアリオスはそれ以上何も言えなかった。
 どうしてこんなことになったのか――その思いが、彼の頭の中で止まることなく渦巻いていた。

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