今更、話すことなどございません

わらびもち

文字の大きさ
58 / 60

彼女の価値

「アスター卿はね、本来であれば陛下のお側付きに任ぜられるはずだったのよ。王女殿下を見事な淑女へと仕立て上げた功績を称えられてね」

「陛下のお側付きに……? 一介の下位貴族が?」

「それは当然のことでしょう。王家が担うべき王女殿下のご教育を、一介の下位貴族が引き受けてくださったのですもの。相応に報いねば体面に関わるわ。でもね、それは叶わなかったの。アスター卿の兄君が急逝して、急遽彼が領地を継ぐことになったのよ。地方領主と陛下のお側付きは両立できないとして、お誘いは辞退なさったらしいわ」

 伯爵はその話を聞き、かすかな嫉妬を覚えた。国王のお側付きに抜擢される――それは貴族にとってこの上ない栄誉である。領地を持たぬ宮廷貴族となるが社交界における影響力は大きく、その給金も一介の貴族家当主に匹敵すると言われていた。
 何より、国の頂点から信頼を寄せられること自体がこの上ない誉れだ。望んでも得られない立場をあっさりと手放したアスター卿に憎しみすら覚えた。

 自分だったら跡継ぎの座を蹴ってでも国王の側付きという栄誉をとる、と考えていたところに伯母の鋭い視線が突き刺さった。

「……当然知っているものだと思っていたわ。高位貴族の間では有名よ?」

「はは……すみません。その頃は少々忙しくしていたもので……社交界の情報を仕入れる暇もありませんでした」

 それは半分は真実で、半分は嘘だった。
 伯爵は元来、興味のないものには関心を向けない性質だ。一介の下位貴族は彼の関心を引くに値しなかった、ただそれだけ。その”それだけ”のせいで、現在窮地に陥っているのはなんとも皮肉なものだ。伯爵は自嘲を込めて乾いた笑みを浮かべた。
 
「そう……。まあいいわ。お分かりだろうけど、エセル嬢は王家にとって恩のある御方の忘れ形見。しかも、お父君に似て誠実で慎み深く、しかも優秀だと聞くわ。宮廷において何より重んじられるのは華やかさではないの。口を慎み、場を読み、必要なときにだけ確かに動ける――そういう者こそ真に信頼されるのよ。アスター卿がそうだったようにね」

 気位の高い伯母が一介の貴族をそこまで褒めるとは意外だった。だが伯母はそんな伯爵の反応など歯牙にもかけず、当然のように話を続ける。

「宮廷では有能であり信頼に足る人物こそが価値を持つわ。しかも、恩義を感じている方の娘。重用される確率はかなり高い。……今の宮廷にいる若い侍女たちは、少々浮ついたところがあるのよね。もう少し落ち着きと深みが欲しい、と王妃様はこぼしていらっしゃったわ。主を立て、自らを押し出さず、それでいて必要なときには一歩踏み出せる強さ――それがエセル嬢に備わっていると思うのよ」

「はあ……そう、ですね……」

 一歩踏み出すどころではないその行動力のせいでこうして困っているのだが……と、伯爵は口に出さぬまでも苦く思った。 

「王妃様のお側にはまだ落ち着いた年配の侍女が多いけど……王太子妃様のお側には浮ついた若い侍女が多くてね。苦労なさっていると聞いたわ。侍女としての責務よりも王太子様の目に留まることばかり考えて……困ったものよね。周囲がそんな自分の夫を狙う敵ばかりの中ではお心も休まらないことでしょう。近頃の若い高位貴族出身の侍女はそういう子が多いそうよ」

「それは、なんとも嘆かわしいことですね」

 今の王宮の若い侍女はそんな忠義心のない者ばかりなのか。それでは王太子妃もさぞかし気が休まらないことだろう。伯爵は王太子妃に少しだけ同情した。

「本来であれば、侍女は主人に安心を与える存在でなければならないの。華やかさはそれほど必要ではない。エセル嬢は宮廷でこそ光る素質を備えているわ。……もし、彼女が王族に重用されたなら、紹介したわたくしも、養父であるあなたも、さぞ称賛を受けていたでしょうに。惜しいことだわ……」

 それまで理解していなかった伯爵もその言葉でようやく腑に落ちた。
 エセルという少女が王族に信頼されるに足る人物だということ。ただの下位貴族の令嬢だと思っていた少女にそれだけの価値があるということを。

「わたくしはあなたが当然そこまで理解していたと思っていたわ。最初からエセル嬢を宮廷に送り込むつもりで再婚したのだと……。養女が王族に重用されれば、養父であるあなたもさぞ名誉なことでしょうに。息子の嫁にするよりも家門のためになるわ」

「……返す言葉もございません」

「そのつもりがなかったのなら、どうして下位貴族の未亡人と再婚したの? 言葉は悪いけど、エセル嬢という存在以外に彼女に何の価値があって?」

「いえ……その、立場が低く年もそれなりの方が、アリオスの嫡男の座を脅かさないですむかと……」

「……そんな理由なら、再婚しなくとも一緒よ。社交もろくにこなせないようでは家の為にならないじゃない。こなせないどころか王太后様に喧嘩を売るような嫁では害しかないわ。……女を見る目がないわね、グウェン」

「……はい。お恥ずかしながらおっしゃる通りで……執事にも叱られました」

「叱られるならまだいい方ね。わたくしなど、呆れて叱る気も失せたもの」

「伯母上……。情けない話、私はこれからどうしたらよいでしょうか……」

「……どうもできないでしょう。よりにもよって厄介者扱いの第二王女が息子の妻になるなんてね」

「第二王女はやはり王家では厄介者扱いなのですか……」

「宮廷において政略結婚に使えない王女が厄介者扱いされるなど当たり前のことよ。まあでも、一応は王族の姫を娶ることで家がお取り潰しになることは避けられるでしょう。そこだけはよかったわね」

「それは……はい」

「あとはこれ以上妻がやらかさないよう気をつけなさい。それと、アリオスがエセル嬢に執着しないよう、きちんと見張っておきなさい。話を聞く限りだと、随分とエセル嬢を気に入っていたようだから……」

 伯母の言葉に対して「大袈裟」とばかりの顔をする伯爵。そんな彼に伯母は呆れた眼差しを向けた。

あなたにおすすめの小説

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

貴方の子ではありません

藍田ひびき
恋愛
国で唯一の聖樹の護り手「盟樹者」であるアーサー・レッツェル子爵は、妻のいる身でありながら平民の女性セリーヌへ手を出していた。しかし妻が身籠るとあっさりセリーヌを捨ててしまう。 数年後、次代の盟樹者を見定める儀式が行われることになり、アーサーは意気揚々と息子エリアスを連れて儀式に挑む。しかしエリアスに全く反応しない聖樹にアーサーは焦る。そこへセリーヌが現れて…? サクッと読める短編です。 ※ 他サイトにも投稿しています。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】あなたは、知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)