真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち

文字の大きさ
6 / 14

身請けします

しおりを挟む
 翌日、数名の護衛騎士を引き連れた私はとある場所を訪れました。
 夕日が沈み、夜の帳が下りた今がちょうどその場所の稼ぎ時。
 そう、夜でも真昼のように明るく輝く場所。娼館です。

「お嬢様、ここからは決して我々の傍を離れないでくださいね。それと辺りをキョロキョロ見回したり、不安そうな顔をするのも危険ですからお止めください。どうぞ悠然と構えていてください」

 侮られないように、と母から助言を受けた私は普段はしないような派手な服装と化粧で臨みました。
 体のラインに沿い、胸元が大きく開いたワインレッドのドレスに真っ赤な口紅、宝飾品も大きく目立つ物を身に着け、裕福なマダムのような見た目です。

 この場所では小娘と侮られたら負けです。
 
 に勝つためにもこちらはいかにも余裕、といったところを見せておかなくては。

 お目当ての店を見つけ、扉を開けて入ると、そこには一人の痩せた中年男性がおりました。

「ようこそお越しくださいました、奥様。本日はどのような子をお探しで?」

 私の姿を見た男性が揉み手で接客をしてきます。
 よかった、どうやら彼に上客と見なされたようですね。

はいるかしら?」

 男性に対し、私はお目当ての方の呼び名を告げました。
 すると彼は不思議そうに首を傾げます。

「ブラウンですか? 彼よりももっとよい子はおりますよ? 奥様でしたら当店でもトップクラスの子を用意することが可能ですが……」

「いいえ、私はブラウンがいいの。彼をすぐにここへ呼んでちょうだい」

 私が目配せすると、護衛が金貨の入った袋を男性の手に握らせました。
 それに気を良くした男性は「すぐに呼んで参ります」と丁寧なお辞儀をして店の奥に消えていきます。
 
 そして数分も立たないうちにその男性は柔らかな栗毛の美青年を伴って戻ってきました。

「お待たせいたしました、奥様。こちらがご所望のブラウンです」

 ブラウン、と呼ばれた彼の顔を見て私は思わず涙が出そうでした。
 
 ずっとずっと会いたくて、夢にまで見た彼がそこにいる……。
 それが嬉しくてたまりません。
 
 そんな彼は私に気付いて驚愕の表情を浮かべました

 どうしてここに君が……、と言いたそうな表情です。

「それで奥様、希望のコースはどうされますか? うちは店外で宿泊も可能ですよ」

 感動の再会に水を差すような言葉を向けられましたが、彼はで、男性はこの店の主なのですからその質問は当然でしょうね。

「いいえ、彼はこのまま身請けするわ」
 
 また私が目配せすると、護衛が先ほどとは比べ物にならないほど重い金貨袋をドンドンと机の上に乗せていきます。これだけで豪邸が建てられるほどの金額でしょう。

「え? 身請けですか!? ……失礼ながら、奥様は当店のご利用は初めてですよね?」

 本来の身請けの流れはお得意様になってからなのでしょう。
 だけどそんな時間はありません。もたもたしていたら誰か他の人に身請けされてしまいますもの。

「ええ、そうよ。だけど私は貴族なの。私が欲しいと思えばそれが全てよ。それともこのお金では足りないとでも……?」

 私の言葉に護衛が更に金貨袋を追加していきます。
 それを呆気にとられた様子で見ていた店主ですが、目の前に積まれる金貨袋と先ほどの私の言葉で決断したようです。

「奥様はお貴族様でしたか……これは失礼しました! もちろんこれだけお支払いいただけるのであれば、喜んでブラウンをお渡しします!」

 よかった。交渉は上手くいったようです。
 店主は短い時間で『ブラウンが稼げるであろう金額』と『私が積んだ金貨の額』を計算し、どちらの方に利益があるのかを判断したのでしょう。身請けの作法からは外れておりますが、それも『貴族のきまぐれ』とみなしてくれたようです。

 商売人相手の交渉は、如何に相手を納得させられるだけの利益を提示するかが要である。
 そう私に教えてくださったのはアルシア公爵様です。
 流石は斜陽だったアルシア家を一代で立て直しただけのことはありますね。
 
 公爵様は出来の悪い息子の代わりとして私に事業経営をさせたかったようでして、経営のノウハウを教授してくださいました。まさかその目論見を当の息子自身に砕かれるとは思っていなかったでしょうけども。

 ブラウンと呼ばれた彼は事態が呑み込めないのか唖然とした顔をしていらっしゃいました。
 私はそんな彼を連れ、店を出ます。

 馬車に乗り込み、改めて彼の顔を真正面から見つめました。
 
 優しい茶色ブラウンの瞳。私が大好きな貴方の色。

 ああ、この優しい色を、もう一度見たいと何度思ったことか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

わたくしは、すでに離婚を告げました。撤回は致しません

絹乃
恋愛
ユリアーナは夫である伯爵のブレフトから、完全に無視されていた。ブレフトの愛人であるメイドからの嫌がらせも、むしろメイドの肩を持つ始末だ。生来のセンスの良さから、ユリアーナには調度品や服の見立ての依頼がひっきりなしに来る。その収入すらも、ブレフトは奪おうとする。ユリアーナの上品さ、審美眼、それらが何よりも価値あるものだと愚かなブレフトは気づかない。伯爵家という檻に閉じ込められたユリアーナを救ったのは、幼なじみのレオンだった。ユリアーナに離婚を告げられたブレフトは、ようやく妻が素晴らしい女性であったと気づく。けれど、もう遅かった。

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

『親友』との時間を優先する婚約者に別れを告げたら

黒木メイ
恋愛
筆頭聖女の私にはルカという婚約者がいる。教会に入る際、ルカとは聖女の契りを交わした。会えない間、互いの不貞を疑う必要がないようにと。 最初は順調だった。燃えるような恋ではなかったけれど、少しずつ心の距離を縮めていけたように思う。 けれど、ルカは高等部に上がり、変わってしまった。その背景には二人の男女がいた。マルコとジュリア。ルカにとって初めてできた『親友』だ。身分も性別も超えた仲。『親友』が教えてくれる全てのものがルカには新鮮に映った。広がる世界。まるで生まれ変わった気分だった。けれど、同時に終わりがあることも理解していた。だからこそ、ルカは学生の間だけでも『親友』との時間を優先したいとステファニアに願い出た。馬鹿正直に。 そんなルカの願いに対して私はダメだとは言えなかった。ルカの気持ちもわかるような気がしたし、自分が心の狭い人間だとは思いたくなかったから。一ヶ月に一度あった逢瀬は数ヶ月に一度に減り、半年に一度になり、とうとう一年に一度まで減った。ようやく会えたとしてもルカの話題は『親友』のことばかり。さすがに堪えた。ルカにとって自分がどういう存在なのか痛いくらいにわかったから。 極めつけはルカと親友カップルの歪な三角関係についての噂。信じたくはないが、間違っているとも思えなかった。もう、半ば受け入れていた。ルカの心はもう自分にはないと。 それでも婚約解消に至らなかったのは、聖女の契りが継続していたから。 辛うじて繋がっていた絆。その絆は聖女の任期終了まで後数ヶ月というところで切れた。婚約はルカの有責で破棄。もう関わることはないだろう。そう思っていたのに、何故かルカは今更になって執着してくる。いったいどういうつもりなの? 戸惑いつつも情を捨てきれないステファニア。プライドは捨てて追い縋ろうとするルカ。さて、二人の未来はどうなる? ※曖昧設定。 ※別サイトにも掲載。

婚約者を借りパクされました

朝山みどり
恋愛
「今晩の夜会はマイケルにクリスティーンのエスコートを頼んだから、レイは一人で行ってね」とお母様がわたしに言った。 わたしは、レイチャル・ブラウン。ブラウン伯爵の次女。わたしの家族は父のウィリアム。母のマーガレット。 兄、ギルバード。姉、クリスティーン。弟、バージルの六人家族。 わたしは家族のなかで一番影が薄い。我慢するのはわたし。わたしが我慢すればうまくいく。だけど家族はわたしが我慢していることも気付かない。そんな存在だ。 家族も婚約者も大事にするのはクリスティーン。わたしの一つ上の姉だ。 そのうえ、わたしは、さえない留学生のお世話を押し付けられてしまった。

【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから

すだもみぢ
恋愛
伯爵のトーマスは「貴族なのだから」が口癖の夫。 伯爵家に嫁いできた、子爵家の娘のローデリアは結婚してから彼から貴族の心得なるものをみっちりと教わった。 「貴族の妻として夫を支えて、家のために働きなさい」 「貴族の妻として慎みある行動をとりなさい」 しかし俺は男だから何をしても許されると、彼自身は趣味に明け暮れ、いつしか滅多に帰ってこなくなる。 微笑んで、全てを受け入れて従ってきたローデリア。 ある日帰ってきた夫に、貞淑な妻はいつもの笑顔で切りだした。 「貴族ですから離婚しましょう。貴族ですから受け入れますよね?」 彼の望み通りに動いているはずの妻の無意識で無邪気な逆襲が始まる。 ※意図的なスカッはありません。あくまでも本人は無意識でやってます。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

処理中です...