理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち

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それぞれの混沌

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「というわけで、お仕事をしましょうお父様」

 朝の散歩から帰って来た娘がいきなりおかしなことを言ってきた。
 いつにも増してイキイキした顔の娘に身震いする。こういう顔の時はろくなことがない。

「お帰り、アリッサ。朝からお前は何を言っているんだ? 仕事といってもここには何も持ってきていないぞ?」

 子爵不在のフロンティア家では夫人が代理で職務に当たっている。
 家政だけでなく領主の仕事をこなせるほど優秀な夫人に任せているので子爵はその間仕事はしなくともよいことになっていた。

 というより、その優秀な妻に「“花嫁候補”になるのが今のあなたの仕事です」と冷たく言われたのでそうするしかなかったのだが……。

「いえ、我が家の仕事ではなく、バーティ家の仕事です。何もしないのも暇ですし、侯爵様から許可を貰ってきましたわ」

「ん……? バーティ家の仕事だと? まさか他家の仕事をやれと言うんじゃないよな?」

「え? そのまさかですけど?」

 きょとんとした顔で首を傾げる娘に子爵は開いた口が塞がらなかった。
 
「いやいやいや……他家の仕事に関わるという事は家の情報を握るということと同義だぞ? いくら婚約者候補とはいえ、この家の者ではない我等が業務に携わっていいわけが……」

「え? ですが、侯爵様は“いい”とおっしゃっていましたよ? 詳しくは家令に聞けばいいと」

「はあ……!? 本当か?」

「ええ、本当です。というわけで早速始めましょうか」

 有無を言わさない娘の態度に面食らった子爵だが、あれよと言う間にアリッサは家令を呼び寄せ、当主の仕事を手伝う旨を伝えた。

「え!? 本当ですか? それは大変助かります……。お恥ずかしながら仕事が溜まっており、困っていたのです」

 てっきり反対されるかと思いきや、むしろ家令は涙ながらに喜んだ。
 
 おかしい。ここに来てから自分の常識が何も通じない。
 というか……侯爵はそんなに仕事を溜めているのか?

 唖然とする子爵をよそに家令は「それでは執務室でお願いします。書類関係も資料も全てそこにありますので」と案内する気満々だ。

「は? 執務室に入っていいのか……?」

 本来、執務室とは当主と当主が許可を出した者しか入れないような場所。
 当主にとってそこは神聖な仕事場だ。そこに昨日来たばかりの自分達が入っていいのかと子爵はますます呆気にとられた。

「少々量が多すぎるものでして……。そこ以外の部屋に運ぶのも憚られるので……」

 恥ずかしそうに告げる家令に子爵は心の中で「どれだけ仕事溜めているんだよ!?」と突っ込んだ。そして案内された執務室で目にした光景で納得した。

「…………いや、何だこれは…………」

 執務室にある大きめの机。それは当主が気持ちよく仕事が出来るようにと余裕を持って大きく作られたであろうそれに所狭しと積まれた紙の束。空いている面積など少ししかない。

 一瞬、物置かと錯覚するような整理整頓のされていない部屋。
 当主の執務室とは思えない乱雑具合に流石のアリッサも「まあ……」と言ったきり言葉を失くした。

「こちらに積まれている書類は全ての案件です。必要な資料等はそちらの棚にありますのでご自由にご覧になってください」

 家令はそう簡単に言うがこれはここ数日の間に溜まった仕事の量じゃないと子爵はため息をついた。数週間……いや、下手をすると数か月ではきかないほどの量がただ積み上げられているだけのように見える。

「…………侯爵殿は仕事をしていないのか?」

 もっともすぎる子爵の質問に家令は「いえ……その……そんなことは……」と言葉を濁す。その反応だけで質問の答えが是だと嫌でも理解した。

「これは……早々に処理をしないと不味いかもしれないな。とりあえず万年筆の予備数本と、替えのインク瓶を用意してくれ」

 子爵がそう指示をすると家令は「はい、ただいまご用意いたします!」と言って部屋を出て行った。

 長年当主を務めてきた子爵から見てもこれだけ仕事を溜めるというのは有り得ない。そしておそらくこの積まれた書類の中にはすぐに取り掛からなければ不味い物が沢山混じっているという予感がする。

「アリッサ、お前も手伝ってくれ。これは一人では無理そうだ」

「はい、勿論ですお父様。私は何をしたらよろしいですか?」

「とりあえず今から言う資料をその棚の中から探してくれ」

 子爵に指示されたアリッサは古びた棚の扉を開け、その中から黙々と資料を探す。
 一見すると綺麗に並んでいるが、よくよく見ると配置の仕方は乱雑だ。例えば領地の収支状況に関する資料が昨年のものは一段目、一昨年のものは三段目、それより昔はあっちこっちにと適当に置かれている。

「整理整頓されていない棚ですね……」

「ああ、我が家でこれをやったらメリッサに仕置きされてしまう……」

 ここにいない妻を思い出し身震いする父をアリッサは呆れた目で見つめていた。


 アリッサと子爵が山積みの書類と格闘している頃、バーティ侯爵はジェシカと共にとある邸を訪れていた。

「これはこれはバーティ侯爵閣下、お久しぶりにございます。本日はどうされましたか?」

 人のよさそうな笑みを浮かべた老人が侯爵を迎える。
 老人は侯爵の隣にいるジェシカを目にすると一瞬だけ顔を歪めた。

「……どうもこうもないぞ、! 話が違うじゃないか!? この状況をどうしてくれるんだ!


 いきなり理不尽に怒鳴りつける侯爵に老人―ヘブンズ伯爵は首を傾げた。

「はて? いったい何の話です? 説明も無しにいきなり怒鳴られても、儂には何が何だか分かりませぬが?」

「僕だって同じだ! もう自分に何が起きているのかさっぱり分からない!」

「侯爵閣下? 落ち着いて下され。何をそんなに怒っていらっしゃるのです?」

「うるさい! 貴殿は僕を騙そうとしているのだろう!? 陛下まで巻き込んで何が目的だ!」

「騙す……? 儂が、貴方を? 一体何のことで……?」

「白々しい……! 僕の“お飾りの妻”のことだ! 貴殿はこう言ったよな? どう扱っても構わない立場(・)の娘が来ると!」

「はあ……そうですな。何せの娘です。多少酷く扱ってやらないと贖罪にならぬというもの……。名ばかりの妻にしたとしても何も問題はありません」

「そう聞いたからてっきり立場を弁えた大人しい娘が来るのかと思ったのに……なんだアレは!? あんな頭のイカレた娘は初めてだ!」

「そんなに酷い娘なのですか……?」

 ヘブンズ伯爵は憎き仇であるフロンティア子爵の娘がひどいと聞き歪んだ笑みを浮かべた。
 それはひどく不気味で、同席していたジェシカがその顔を見た途端「ひっ……」と小さな悲鳴をあげるほどだった。

「そうですか……。ヴィンセントの娘がそんなにも……醜く教養のなっていない女だなんて……」

 続く言葉にジェシカは違和感を覚えた。
 こちらはあの娘のことを“醜く教養も無い”とは一言も言っていない。

 なんだか様子がおかしい。ジェシカは目の前の老人に何とも言えない気味の悪さを感じた。

「醜い? いや、顔はものすごく綺麗で……」

 恋人がそんな気味の悪さを感じているなど気づきもしない侯爵は空気の読めない発言をかます。自分がいるのに他の女を褒めた彼にジェシカは鋭い眼光を浴びせた。

「ちょっと……マクス、今、何て言ったの……?」

「あっ……ち、ちがうんだ、ジェシカ……その……」

「アタシ以外の女は目に入らないって言ったのに……嘘つき!」

 不味い、ジェシカを怒らせてしまった。
 迂闊な発言で恋人の地雷を踏みぬいてしまい、焦った侯爵は話を逸らそうと伯爵へと叫ぶ。

「と、とにかく! 貴殿が言い出したことなのだから貴殿が何とかしてくれ!」

「何とかと申されましても……別に“お飾り”なのですから、多少頭がおかしくともよろしいのではありませんか? 籍だけ入れて後は別邸にでも閉じこめればよろしいでしょう」

 アリッサの尊厳を無視するような発言を伯爵は平然と述べた。
 その行為は愛娘のサラが嫁ぎ先でされていた事であり、その原因となった男の娘を同じ目に遭わせてやりたいという気持ちが透けて見える。

「それが出来ないから困っているんだ! それを出来るのはだけだ! 貴殿は籍だけと申すが……女装した中年男が妻なんて耐えられるか!」

「は……? 女装した中年男? え? 何の話です……?」

 いきなり訳の分からない事を言われて伯爵は唖然とした表情で固まった。
 先程までフロンティア子爵家の令嬢の話をしていたはずなのに、何処から女装した中年男という単語が出てきたのか。

「ええい白々しい! 貴殿の仕業だろう!? 貴殿が陛下を唆して女装した中年男をフロンティア子爵家のだと言わせたんだろう? 僕に何の恨みがあってそんな真似をしたんだ!」

「え? フロンティア子爵家の娘が女装した中年男……? どういうことですか!?」

 自分に訪れた不幸の原因が全てヘブンズ伯爵の策略だと決めつける侯爵と、言っている意味が分からな過ぎて話が全く理解できない伯爵。その場は完全に混沌と化していた。
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