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訪れた”終わり”
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「私が来る前の“幸せ”な生活とは……どんな日々?」
「ど、どんなって…………それは……」
やけに圧のこもった声、それでいて妖しい雰囲気を纏わせる自分よりも遥か年下の少女にジェシカは圧倒されてしまった。
「何もしなくとも身の回りの世話は全部してもらえて、欲しい物は全て与えられ、我儘を全て叶えてくれる恋人がいる、甘く優しい夢のような日々のこと? ねえ、貴女はその日々が永遠に続くものだと信じていたのかしら……?」
少女の艶やかな声は毒を含んでいた。
未だ夢の中にいる自分を無理やり現実に引き戻す毒。
聞いてしまえば見たくない現実を直視しなくてはいけなくなる、と分かっているのにその場で立ちすくむことしか出来ない。
「どこかで、いつかこんな日々に終わりが訪れると分かっていたのではないかしら? だって何の資格もない人が多くの使用人に傅かれ、湯水のようにお金を使い贅を尽くし、好きなことだけして優雅に暮らすことなんて普通は無理よ。心のどこかでいつまでもこんな暮らしが送れたら……と思う反面で代償を支払う日がいつか訪れるのではないかと怯えていたのでは?」
「────っ!!?」
図星を突かれたジェシカはビクッと体を震わせた。
気づかぬふりをしていた自分の気持ちを探り当てられた驚きと不快感。
胸がざわついて反論しようにも声が出てこない。
「本当は怖かったのではなくて? 平民が妻気取りをして大丈夫なのかと。平民の自分が貴族の邸に住み続けて大丈夫なのかと」
アリッサの発言はジェシカが心の奥底でずっと抱えていた不安そのものだった。
いくら侯爵に愛されているといっても、自分は平民。彼の妻になれない自分がいつまでもここにいていいのか、と思わないわけがない。
どれだけ贅沢をしても、どれだけ侯爵に愛されても、この不安はずっと消えなかった。消えないままジェシカの中で燻り続け、不安定になって癇癪を起して周囲に当たり散らすことも少なくなかった。
いっそ侯爵のもとを去ればこの不安は完全に消えてなくなるのだろう。
しかし、それを理解していても実行に移すことは無かった。一度覚えた贅沢な暮らしから抜け出すことなど出来なかったから。
贅を尽くした食事、いつも綺麗に整えられた部屋、煌びやかなドレスや宝石、そして何より貴族の男がただの村娘だった自分に夢中だという夢のような生活から抜け出すことなど出来なかった。
「結論から言うと、大丈夫ではなかったから終わりがきたのでしょう。いつか来るはずだった終わりが、今訪れた。ただそれだけよ。それにね、私が来てからおかしくなったと言うけれど……もともとこの邸はおかしかったわよ? 貴女はそう思わなかったの?」
「え………………? おかしいって……何が?」
聞いてはいけない。聞いたら向き合いたくない現実を見なくてはいけなくなる。
「客観的に考えてごらんなさいよ。決して妻に出来ない身分の女性を妻扱いしているなんて、どう考えてもおかしいでしょう?」
「そ、それは……だって、仕方ないじゃない! アタシは平民でマクスは貴族なんだもの! 平民と貴族は結婚できないって法律で決まっているから仕方ないの! 生まれはどうしようもないものでしょう!?」
「そうね、生まれは自分では決められないからどうしようもないわ。でもね、そのどうしようもない部分をどうにかしようとしないままでいるから、この邸はおかしいし歪んでいるの。もう何年もおかしいままで過ごしてきたのに、今更になってその歪みを正そうとするからこのおかしな生活が崩壊したのよ。ヒビ割れた建物を間違ったやり方で直そうとすれば崩れてしまうものでしょう? それと同じよ」
「な……なによ、それ! マクスは貴族の当主として仕方なくアンタを妻にしようとしたのよ! それが間違っているっていうの!?」
「そうね、間違っているわ。まず貴女を邸に置いたまま妻を迎えようというのが間違っているし、歪んだ考えだもの。その妻だって嫌な気持ちになるし、貴女だって嫌な気持ちになるでしょう? それに貴女の言う“幸せ”な生活だって終わってしまうわよ。妻という異物を入れたら今まで通りの生活なんて無理だもの」
「異物って……」
「異物よ。この邸は奇跡的に何年も歪んだ生活を保てていたのだもの。そこに新しい存在を入れたら崩れるのは当然でしょう? なら、そうさせたのは妻を迎えようと考えた侯爵様と、それに賛成した貴女よ。私が責任を取る必要なんてどこにもないわ。馬鹿馬鹿しい」
ジェシカは反論したくとも出来なかった。
アリッサの言葉に衝撃を受けて放心状態をなってしまったから。
侯爵が貴族の妻を“お飾り”として迎え入れると決めた時、不安はあった。
そんなことをしたらこの幸福で満ち足りた生活がおかしくなってしまうのではないかと。
だって、自分という恋人がいるのに別の女を妻に迎えるとか意味が分からない。
貴族とはそういうものだと侯爵に説明されたけど、だったら何故最初からそうしなかったのかと腑に落ちなかった。今までそれでうまくやってきたのだから今後もこのままでいいだろうと、今更それを変えようとすることに納得が出来なかった。
本音を言えば妻を迎え入れないでほしかった。
でも、貴族としてそれが正しい形だと言われて渋々ながら納得したのに……それが間違っていたなんて。
だったら拒否すればよかった。
他の女を邸に入れるなんて嫌だった。自分以外の女が彼の妻になるなんて嫌で仕方なかった。
嫌なものを我慢した結果、恐れていた”終わり”が訪れるなんて……
後悔したジェシカはその場で膝から崩れ落ちた。
「ど、どんなって…………それは……」
やけに圧のこもった声、それでいて妖しい雰囲気を纏わせる自分よりも遥か年下の少女にジェシカは圧倒されてしまった。
「何もしなくとも身の回りの世話は全部してもらえて、欲しい物は全て与えられ、我儘を全て叶えてくれる恋人がいる、甘く優しい夢のような日々のこと? ねえ、貴女はその日々が永遠に続くものだと信じていたのかしら……?」
少女の艶やかな声は毒を含んでいた。
未だ夢の中にいる自分を無理やり現実に引き戻す毒。
聞いてしまえば見たくない現実を直視しなくてはいけなくなる、と分かっているのにその場で立ちすくむことしか出来ない。
「どこかで、いつかこんな日々に終わりが訪れると分かっていたのではないかしら? だって何の資格もない人が多くの使用人に傅かれ、湯水のようにお金を使い贅を尽くし、好きなことだけして優雅に暮らすことなんて普通は無理よ。心のどこかでいつまでもこんな暮らしが送れたら……と思う反面で代償を支払う日がいつか訪れるのではないかと怯えていたのでは?」
「────っ!!?」
図星を突かれたジェシカはビクッと体を震わせた。
気づかぬふりをしていた自分の気持ちを探り当てられた驚きと不快感。
胸がざわついて反論しようにも声が出てこない。
「本当は怖かったのではなくて? 平民が妻気取りをして大丈夫なのかと。平民の自分が貴族の邸に住み続けて大丈夫なのかと」
アリッサの発言はジェシカが心の奥底でずっと抱えていた不安そのものだった。
いくら侯爵に愛されているといっても、自分は平民。彼の妻になれない自分がいつまでもここにいていいのか、と思わないわけがない。
どれだけ贅沢をしても、どれだけ侯爵に愛されても、この不安はずっと消えなかった。消えないままジェシカの中で燻り続け、不安定になって癇癪を起して周囲に当たり散らすことも少なくなかった。
いっそ侯爵のもとを去ればこの不安は完全に消えてなくなるのだろう。
しかし、それを理解していても実行に移すことは無かった。一度覚えた贅沢な暮らしから抜け出すことなど出来なかったから。
贅を尽くした食事、いつも綺麗に整えられた部屋、煌びやかなドレスや宝石、そして何より貴族の男がただの村娘だった自分に夢中だという夢のような生活から抜け出すことなど出来なかった。
「結論から言うと、大丈夫ではなかったから終わりがきたのでしょう。いつか来るはずだった終わりが、今訪れた。ただそれだけよ。それにね、私が来てからおかしくなったと言うけれど……もともとこの邸はおかしかったわよ? 貴女はそう思わなかったの?」
「え………………? おかしいって……何が?」
聞いてはいけない。聞いたら向き合いたくない現実を見なくてはいけなくなる。
「客観的に考えてごらんなさいよ。決して妻に出来ない身分の女性を妻扱いしているなんて、どう考えてもおかしいでしょう?」
「そ、それは……だって、仕方ないじゃない! アタシは平民でマクスは貴族なんだもの! 平民と貴族は結婚できないって法律で決まっているから仕方ないの! 生まれはどうしようもないものでしょう!?」
「そうね、生まれは自分では決められないからどうしようもないわ。でもね、そのどうしようもない部分をどうにかしようとしないままでいるから、この邸はおかしいし歪んでいるの。もう何年もおかしいままで過ごしてきたのに、今更になってその歪みを正そうとするからこのおかしな生活が崩壊したのよ。ヒビ割れた建物を間違ったやり方で直そうとすれば崩れてしまうものでしょう? それと同じよ」
「な……なによ、それ! マクスは貴族の当主として仕方なくアンタを妻にしようとしたのよ! それが間違っているっていうの!?」
「そうね、間違っているわ。まず貴女を邸に置いたまま妻を迎えようというのが間違っているし、歪んだ考えだもの。その妻だって嫌な気持ちになるし、貴女だって嫌な気持ちになるでしょう? それに貴女の言う“幸せ”な生活だって終わってしまうわよ。妻という異物を入れたら今まで通りの生活なんて無理だもの」
「異物って……」
「異物よ。この邸は奇跡的に何年も歪んだ生活を保てていたのだもの。そこに新しい存在を入れたら崩れるのは当然でしょう? なら、そうさせたのは妻を迎えようと考えた侯爵様と、それに賛成した貴女よ。私が責任を取る必要なんてどこにもないわ。馬鹿馬鹿しい」
ジェシカは反論したくとも出来なかった。
アリッサの言葉に衝撃を受けて放心状態をなってしまったから。
侯爵が貴族の妻を“お飾り”として迎え入れると決めた時、不安はあった。
そんなことをしたらこの幸福で満ち足りた生活がおかしくなってしまうのではないかと。
だって、自分という恋人がいるのに別の女を妻に迎えるとか意味が分からない。
貴族とはそういうものだと侯爵に説明されたけど、だったら何故最初からそうしなかったのかと腑に落ちなかった。今までそれでうまくやってきたのだから今後もこのままでいいだろうと、今更それを変えようとすることに納得が出来なかった。
本音を言えば妻を迎え入れないでほしかった。
でも、貴族としてそれが正しい形だと言われて渋々ながら納得したのに……それが間違っていたなんて。
だったら拒否すればよかった。
他の女を邸に入れるなんて嫌だった。自分以外の女が彼の妻になるなんて嫌で仕方なかった。
嫌なものを我慢した結果、恐れていた”終わり”が訪れるなんて……
後悔したジェシカはその場で膝から崩れ落ちた。
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