理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち

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求婚

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「フロンティア嬢! 婚約者の目の前で堂々と不貞を犯すなど恥知らずな行いだぞ!」

「貴方様は言葉の使い方が間違っておりますわ。“婚約者”と“不貞”の単語を一度辞書で調べ直すことをお勧めします」

 婚約者とは将来的に結婚することを約束した相手のことを指し、不貞とは既婚もしくは婚約した相手以外とふしだらな関係を結ぶことを指す。侯爵とは婚約すら交わしていない赤の他人であるアリッサにはどちらも当てはまらない。

「まさか別の男といちゃつくことで僕に焼きもちを焼かせようという魂胆か? そういった駆け引きは好きじゃないな」

「まあまあ……貴方様の頭の中ではそうなのですね? でも現実は違いますわ。私が貴方様に焼きもちを焼かようとするなど、天地がひっくり返っても有り得ません」

 相変わらず会話の出来ない人だな、とアリッサは内心でため息をついた。
 せっかく愛しい相手との再会できたというのに水を差され気分が悪い。

 それはもちろんノアも同じ気持ちで、二人の間に割って入ってきた闖入者を退ける為騎士に「あの男を私の目の届かない場所まで遠ざけろ」と命じる。

「なっ……なにをする!? 無礼者! 離せ!」

「無礼者はそちらだろう? こちらの御方は畏れ多くも帝国の皇子殿下であらせられるぞ。小国のいち貴族如きが許可なく話しかけるなど不敬である」

「は……? 皇子?」

 ノアの命令を受けた騎士が二人がかりで邪魔者侯爵の両脇を力強く掴んだ。
 掴まれたことに抗議する侯爵だが、目の前の若造正体が帝国の皇子だと知ると驚いて抵抗を止める。

「な、なんで帝国の皇子がここに……?」

「それを貴様が知る必要はない」

「痛っ!? あ、おい、そんな乱暴に腕を掴むな!」

 足を引きずるようにして侯爵をその場から遠ざける騎士達。
 やがて彼の喚く声も聞こえなくなり、ノアは改めてアリッサの顔を覗き込んだ。

「アリッサ、大丈夫だったか?」

「はい、大事ありません」

 それきり二人はしばし黙り込み、ただお互い時が止まったかのように見つめ合った。

「アリッサ……会いたかった」

「ノア殿下……私もお会いしたかったです……」

 そっとアリッサの手を取ったノアはそれを己の口元まで近づけ唇を落とした。

「殿下? ……恥ずかしいです」

「すまない。アリッサの手を私以外の男が触れたのかと思うと腹が立ってな……」

 まるで“消毒”と言わんばかりにノアはアリッサの手に口づける。
 その行為にアリッサは胸が締め付けられるほどの幸福感に満たされた。

 先程侯爵に触れられた時は嫌悪感で鳥肌が立ったというのに。好意がある相手に触れられるのはこんなにも嬉しいものなのだと改めて思う。

「アリッサがあの男に無理やり嫁がされると聞いてどうにかなりそうだった……。君は黙って理不尽に耐えるような人ではないからどうにかするだろうと分かっていても、やはりじっとはしていられなかった。だからドミニクに頼んで私も今回の事に関わらせてもらったんだよ」

「そうだったのですね……。殿下の手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「君が謝ることなど一つもないよ。アリッサに理不尽な要求を突きつけた奴等をこの手で叩き潰してやりたかったしね。帝国の皇子という肩書はこういう時に使わないと。それにしても災難だったね、アリッサ。まさかこんな馬鹿みたいな騒動に巻き込まれてしまうなんて……」

「ええ、私も自分の身にこんな事が起こるとは思ってもいませんでした。まさかこんな家の為にもならない婚約を強要されるとは……。流石に納得がいかないので全力で拒否させていただきましたが、随分と大事になってしまいましたね。陛下もご自身が下した王命が自らの首を絞めることになるとは思っていなかったことでしょう」

「義の無い王命など下すからだよ。自業自得だ。大陸一の権力者である父帝陛下でさえ命令を下す際は慎重になる。私欲で命令を下したことなど一度も無い」

「流石は偉大なる帝国の長ですわ」

 言い終えるとアリッサはノアが自分のことをじっと見つめていることに気づく。
 愛しい人の瞳に自分が映っていると思うと嬉しい。
 アリッサも黙ってノアを見つめ返した。

「アリッサ……私は今回の事で痛感した。やはり君を諦めきれない……」

「ノア殿下……それは……!」

 それ以上はいけない、とアリッサは訴えるような表情で制した。
 だが、ノアは止まることなくアリッサの前に跪いた。

「アリッサ、君が誰かと婚約すると耳にしただけでこの身が引き裂かれる思いだった。私は……君を誰にも渡したくない。君が私以外の男の妻になるなど耐えられない。だからどうか……私の妻となってくれないか?」

「……!! ノア殿下…………」

 愛する人からの求婚にアリッサは頬を染めて喜んだ。
 大好きな人が自分を欲し、生涯傍にいて欲しいと望んでくれるなんて喜ばないはずがない。

 すぐにでも求婚を受けたかったが、出来なかった。

 何故なら彼と結ばれることはだと分かっているから……。
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