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わらびもち

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ヘブンズ伯爵の謝罪

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 一方、アリッサ達の後方を走る別の馬車ではヘブンズ伯爵がおもいっきり頭を下げてフロンティア子爵に詫びるという光景が続いていた。

「ヴィンセント、今まで本当にすまなかった! 罪の無いお前に見当違いの怒りをぶつけ、関係の無いお前の娘にまで儂は……」

「へ、ヘブンズ伯爵……どうか頭をあげてください」

「いや、お前に会わせる顔もない……。先王の嘘を疑いもせず信じた挙句、お前にもお前の娘にも多大な迷惑をかけた。どう詫びていいのか分からん……」

 サラが亡くなって以降、一度も顔を合わせていなかったヘブンズ伯爵は最後に会った姿より大分年老いて小さくなっていた。知人である伯爵のそんな姿を見ると怒る気も失せる。

 まあこれは子爵が生来のお人好しだからという面もあるのだろう。
 他人の嘘を信じた挙句濡れ衣を着せ、罰まで与えようとしたのだ。普通だったら怒りをぶつけてもおかしくない。

「いえ、伯爵だけが悪いのではありません。もとはといえば先王が意味の分からない嘘をついて私に罪を着せたことにあります。私も私で何かおかしい疑うべきでした。それに伯爵は友人に裏切られたようなものですし……」

「はは……相変わらずお人好しだな、お前は。人の娘に手を出すような色狂いを友人だと信じた儂が馬鹿だったのよ。貴族はたとえ友人であろうと馬鹿正直に信じるべきではない、と散々家庭教師に教えられてきたのに……本当に馬鹿だった」

 友人に裏切られたショックよりも、貴族として友人を馬鹿正直に信じていた自分の愚かさを恨めしく思う。嗚咽交じりの声で伯爵はそう呟いた。

「それは私も言えることです。国王の話だからと馬鹿正直に信じて爵位も財産も失くし、国王の命令だからと馬鹿正直に受け入れて妻と娘からの信頼を失いました。おまけに義父にまで失望され……本当に情けない」

 義父、という言葉に伯爵は顔をあげて「それなんだが……」と返す。

「お前の舅は帝国の大貴族シーグラス家の前当主なんだろう? ならば娘はその血を受け継ぐやんごとない身だ。いくら王命とはいえあんな屑みたいな男のもとに嫁がせるのは不味いと思わなかったのか?」

 ヘブンズ伯爵はフロンティア子爵の舅が大貴族シーグラス家の者だと分かり寿命が縮む思いだった。他人である伯爵でさえ怒らせては駄目なやつだと分かるのに、どうして身内であるフロンティア子爵は娘を軽く扱って舅を怒らせたのかと不思議に思う。

「いや、随分と会っていなかったのでうっかり忘れていまして……」

「お前……それは忘れちゃいかんやつだろうよ」

 そういえばこういう抜けたところがある男だったな、と伯爵は深く息を吐いた。

「……お前は分かっていないな。相変わらず底抜けにお人好しだ。普通怒るだろうよ、こんなことに巻き込んだ儂を……」

「私も同罪のようなものですし、怒れませんよ……。ところで伯爵、一つお聞きしたいのですが……」

「ん? なんだ?」

はいったいどなたでしょうか……? 先程から物凄い目でこちらを見てくるのですが……」

 実はこの馬車にはヘブンズ伯爵とフロンティア子爵以外にもう一人乗車していた。
 その人物こそ先王とサラの子トムだ。トムは子爵がこの馬車に乗車してからずっと彼に向けて奇異の眼差しを向け続けている。

「ああ、この者は……儂の孫だ。シーグラス家がわざわざ探し出してここまで連れてきてくれた。名をトムという。そんな目をしているのは、お前がそんな格好をしているからだろうよ。なんだそれは、趣味か?」

「いや、違います! 趣味ではなくてこれには理由が……って、トム……? あ、もしやサラが嫁ぎ先で産んだ先王の子ですか?」

「は? お前、何故それを知っている……!?」

「いや、シーグラス家の者と娘に教えられました。丁度サラの侍女だった女の手記に“トム”という名があったものでして……」

「サラの侍女だった女の手記? どうしてそれをお前が知っている!?」

「え? ああ、それは実際に読ませてもらったからです。そのシーグラス家の者が所持しておりまして……」

 そういえば返しそびれて自分が持ったままだったと荷物を探り、それを取り出し伯爵へと手渡した。

「あった。これがその手記です」

 伯爵はひったくるように手記を手に取り、困惑した様子で中身に目を落とした。
 そしてそれを読み終えると天を仰ぐような仕草で上を向く。

「……思い出した。そういえばサラには身分が低い上にやや頭の鈍い侍女が仕えていた。他にも気の利く侍女は沢山いるのに、どうしてわざわざそんな愚鈍な女を……と思ったが、なのだろうな……」

 手記に書かれていたのは清らかだと思っていた娘の悪行の数々。
 数多の男、しかもパートナーがいる男にばかり好意を寄せる歪んだ娘の姿だった。
 これでまともな侍女であったなら、サラの所業を当主か夫人に伝えたことだろう。
 だが、そうではない侍女をわざと傍に置いたことで今の今まで悪行が漏れなかった。
 そんな小賢しいところが可愛がっていた娘にあったと思うと悲しくなる。
 
「儂は娘の何を見てきたのか……。まったく情けない。こんなことなら婚約を破棄された後に修道院にでも入れておけばよかった。娘可愛さに甘やかした結果がこれだ。そうしておけばこんなことにもならなかったし、お前にも迷惑をかけずにすんだのにな……」

 当時は婚約破棄された令嬢の行く先は修道院と決まっていた。
 しかし伯爵はそれでは娘が可哀想だとそれをしなかったせいで国を巻き込む大事にまで発展してしまった。そう考えると悔やんでも悔やみきれない。

「私もサラは純粋で慎ましい内気な令嬢だと思っていました……。それに私のことももっさりしていて好みじゃないと馬鹿にしていたなんて気づきもしなかった……」

「ああ、うん……なんか、すまん……」

 まさか娘が嫁ぎ先まで世話してもらった幼馴染を内心で馬鹿にしていたとは思いもしなかった。しかもどうやら子爵はそのことをかなり気にしているようだ。

「事が大きすぎてどうお詫びをしたらいいのか分からん……。お前のご息女にも出来る限り精一杯の詫びをしたい。金だけでは解決できるとも思えんが、望むのならば財産でも土地でも差し出そう」

 気まずい空気が流れたので話を逸らすついでも賠償の話を申し出た。
 正直、ここまで大きくなってしまったことにどう詫びていいのかが分からない。

「……落としどころは義父がつけるでしょうから、その件につきましてはまたお話させていただきます。今回の件は私一人の判断では決められそうにもない」

「そうか……。そうだな。おそらくは国王も退位を迫られるであろうし、議会も解散するだろう。……これから国が騒がしくなるな」

 先のことを想像し、二人は表情を暗くした。
 国まで巻き込んでの大騒動にまで発展してしまったのだ。もうただ“ごめんなさい”と謝罪をすればいいというものではない。

 それでなくとも子爵は無実の罪を着せられ、爵位と財産まで奪われてしまっている。それが明るみに出れば王家の信頼は失墜するだろう。本当にただ伯爵が謝って賠償金を支払えばそれですむ問題ではなくなっている。

 あの時、どこかで先王の話に違和感を持っていれば……と今更どうしようもないことを二人はこれから先もずっと考えてしまうことだろう。
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