最初から間違っていたんですよ

わらびもち

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格上の存在

「は……? 誰だあの男は……」

 セレネ伯爵家の庭園にある四阿で、ディアナと見知らぬ男が仲睦まじくお茶を楽しんでいた。

 遠目から見ても分かるほど、その男の仕草や佇まいには気品が満ち溢れている。
 それだけで彼が高貴な身分の人間なのだと否が応でも理解できるほどに。

 ディアナもその男の前では花も恥じらう微笑みを浮かべていた。
 
 それは
 恋焦がれた乙女の顔だ。

「僕がこんな辛い目にあっているというのに……自分はをするだなんて……!」

 激高したエーリックは同僚の女中達の制止を振り切り、ディアナの元へと駆け出した。

 憤怒の表情を浮かべ激情のままにその男に殴りかかろうとする。

 だが―――――

「何だ貴様は! お嬢様達に近づくなっ!!」

 当然護衛は近くに控えているわけで、エーリックはあっさりと捕縛された。

 貴族令嬢の傍に護衛騎士が侍るのは当然のこと。
 むしろ見える位置に堂々といたというのに、視界の狭いエーリックには見えなかったようだ。この腰に剣を携えた騎士達の姿が。

 使用人に過ぎないエーリックがディアナや客人に危害を加えることは許されない。
 本来ならば打ち首ものだが、この件は一旦ディアナが預かる形となる。

 ただ、そのまま下働きの仕事に戻らせるというわけにもいかないので、セレネ伯爵家の地下にある牢屋に投獄された。


「貴方って、わたくしの予想を超える馬鹿なんですね……」

 しみじみと、まるで自分に言い聞かせるようにディアナは呟いた。

 彼女はエーリックのような常識という枠を遙かに超えた存在を知らない。
 どういう教育を施せばこのようになるのだろう、という疑問は尽きることはない。

「あの男は誰なんだ! まさか僕という夫がいながら浮気をしていたのか!?」

 鉄格子を掴んでギャンギャン喚くエーリックはとてもじゃないが元貴族とは思えないほど品がない。
 ディアナはうんざりとした表情で頬に手を当てた。

「投獄されて最初に出る言葉がそれですか……。本当に貴方の言動は予想不可能ですね。まあ、もうですので答えて差し上げます。わたくしと共にいたあの御方は陛下の弟君の大公殿下ですよ」

「大公殿下だと!? どうして殿下が君に会いにくるんだ!」

「どうしてって、わたくしが殿下の婚約者だからですけど? 来月には結婚式もあげて彼の家に嫁ぐ予定です」

「はああ!? 僕というものがありながら! なんてふしだらな女なんだ君は!」
 
 エーリックが口汚くディアナを罵ると、傍にいた牢番が槍の切っ先を向ける。
 突き付けられたそれは顔間近で止められ、思わずエーリックは喉から「ヒッ……」と絞り出すような悲鳴をあげた。

「だって……君は僕婚姻関係にあるのに「ですからとっくに離婚済だと説明したでしょう?」」

 知らないとは言わせない、とばかりに睨みつけるとエーリックは渋々頷く。
 理解はしているけど、納得はしていないのだろう。

「で、でも……! なら、君には既婚歴があるじゃないか!? 初婚でもないのに王族と婚約するなど……」

「いえ、むしろ大公殿下に嫁げるのです。殿下は既婚歴があり、前の奥様との間にお子様もいらっしゃる身。その場合、初婚の女性は娶れませんもの」

 この国では、既婚歴があり子供もいる男性は初婚の女性を娶れないという変わった法律がある。
 背景は知らないがそういった法律があるから大公は既婚歴のある女性しか娶れないのだ。

「だからって……僕と結婚式をあげてまだ数か月しか経っていないのに、もう次の男と婚約するなんて……」

「まあ、普通でしたらもっと時間を置くでしょうね。ですがわたくしの場合は異例の早期婚約を認められました。結婚式が王国の歴史に残る位酷いものでしたので……憐れんだ陛下が特例を出してくださいましてね……」

「いや……あれは……。ちょっとドリスと逃げただけじゃないか……? こうやって戻ってきたのだし、そんな大袈裟に言わなくても……」

「あれを“ちょっと”と表現する貴方の感性は理解できませんね。まあ、おかげでわたくしは愛しい方に嫁げるのですから構いませんけど」

「は……? 予定より早く? それに“愛しい”って……」

 唖然とするエーリックにディアナは微笑んだ。
 それは見惚れるほどに端麗な笑みなのに、何故か背筋が急激に冷えるような恐ろしさを感じさせる。

 エーリックが知るディアナはいつも貼り付けたような笑みを浮かべる大人しい淑女だった。
 だが、今目の前にいる彼女は違う。

 微笑み一つで自分を圧倒する姿に恐怖で言葉が出てこない。
 目の前の少女は、貴族として自分とはまさに別格の存在。

 『格上』と呼ぶに相応しい存在だ。

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