20 / 87
皇太子の爆弾発言
しおりを挟む
あの騒動の後しばらくして皇太子殿下が会場へとお見えになった。
新しく皇太子に就任されたバーソロミュー殿下は精悍な顔立ちの美丈夫で、見るからに桁違いの気品と風格を備えていた。
(あの王太子とは雲泥の差……。いや、それは泥に失礼ね)
大公殿下も王族ならでは気品を持ち合わせているが、皇太子殿下のそれは比べ物にならない。これこそが大国の王者に相応しい風格というものかと圧倒されてしまう。
「本日はご招待ありがとうございます。国王陛下、ならびにルノール大公殿下、そしてレディ・エルリアンにお会いできて誠に嬉しく思います」
この場に王太子がいないことに全く触れないということは、皇太子殿下もこちらの事情を知っているのだろう。説明するにしても「阿呆すぎて廃嫡となりました」などという国の恥を晒すことになるし丁度いい。
先程まで死んだ魚のように意気消沈していた陛下と大公殿下だが、まるでそのような事が無かったかのように明るく外向きの笑顔で対応している。流石に引きずられても困るしね。
それにしても会話の端々から皇太子殿下の器の大きさや聡明さがうかがえる。
自国の王太子があんなどうしようもない奴だったせいか、これが本物の皇族というものかと感動を覚えてしまう。
王太子も皇太子殿下のようにまともな方だったらな……と何とも言えない悲しさが胸に染みた。
「ところで……私が滞在している部屋も、この晩餐会も、そちらのレディ・エルリアンが手配してくださったとか」
いきなり話を振られて驚いたが、王妃教育で鍛えられた淑女の仮面は揺るがない。
平常心を保ち悠然と微笑んだ。
「ええ、お気に召してくださいましたでしょうか」
「それはもう、素晴らしい心遣いだと感動しております。私共が気持ちよく過ごせるようにと細部にまで気を配ってくださるレディの優しさに感謝を」
称賛の言葉と共に妖艶な眼差しを向けてくる皇太子殿下。
不意打ちに心臓がドクンと跳ね、思わず心の乱れを表情に出すところだった。
色気が……色気がすごい……。
語彙力が失われるほど悩ましい目で見つめられ、頬の熱さや胸の高鳴りが抑えられない。
ここまで心を乱してくるとは流石は帝国の皇太子、男としての格が違う。
「レディ・エルリアンの優秀さは帝国でも有名です。おまけに目も眩むほど美しい……。このように美貌と才知を兼ね備えた素晴らしい令嬢こそ一国の妃に相応しい。貴女を迎えられる男は大陸一の果報者でしょうね」
「ま、まあ……お褒めに預かり光栄にございます」
過剰と言えるほどの称賛を浴びせてくる皇太子殿下。
含みのある言い方がどうにも気になり素直に喜べない。
(帝国でもという発言が気になる……どうしてわざわざそんな言い方をしたのかしら? それに私がもう王妃にはならないと知っているはずなのに“妃に相応しい”だなんて……。それに、大陸一という言葉は……)
大陸一とは帝国を指す言葉でもある。財力・軍事力・国の広さ、全てが大陸に存在する国の中でも一番を誇るから。
そして“妃に相応しい”と“帝国でも”という言葉……穿った見方をすればまるで私が帝国の妃に相応しいと言っているように聞こえる。
さりげなく陛下と大公殿下の方に目を遣ると、二人共顔を強張らせていた。
その表情から察するに二人は皇太子殿下の発言の意図を理解したのだと分かる。
(いや……うん、考えすぎよね。確かにミシェルはハイスペックな美少女だけど……この発言だけではただの仮説にすぎないし、もしかして他意はないのかもしれない)
ミシェルは美貌・才能・家柄と全て非の打ち所がない。
しかし、帝国よりも小国の公爵令嬢という身分はとても皇太子の隣に立つに相応しいとは言えない。
ただの妄想に過ぎない、と私は考えないようにした。
しかしその後も皇太子殿下は何かと私に話題を振り、そのどれもが何かを匂わせる内容だった。
帝国の歴史や習慣、宮廷作法、産業、それらについて質問され、私が答える度に彼は惜しみない称賛をくれる。
「これは素晴らしい。自国だけでなく他国の事まで熟知しているとは、レディは稀にみる才媛だ」
「過分なお褒めをいただきまして身に余る光栄に存じます」
「そのように謙遜なさらずともよろしい。レディは帝国の后となっても問題がないほどの才をお持ちだ。それらは全て貴女が努力を重ねた結果でありましょう」
出てしまった! 遂に皇太子殿下の口から“帝国の后”という決定打の言葉が出てしまった……!
いや、待て、まだ慌てるには早い。ギリギリただの思わせぶりというラインを抜けていないはず。
「こ、皇太子殿下……。帝国の后というと……もしや……」
ああ……よりにもよってこんな場面でいらんこと言うジジイの悪癖が出てしまった!
流せば済むもの……何律儀に拾って掘り下げようとしてんのよ!?
心の中で“ジジイ”と罵ろうが一国の王であることは間違いない。
いくら国力の差があろうと、この大陸では皇太子と国王では後者の身分の方が上とされる。
身分が上の者への発言は撤回出来ない。例えば私が国王陛下に何かを発言して、それを後で「冗談でした」と撤回することは許されない。上の者への嘘はそれだけで罪になるから。
つまり……つまりだ、ここで皇太子殿下が決定的な発言をしてしまえばもう戻れない。
頼むからはぐらかして!
私のそんな必死の願いも空しく、次の瞬間皇太子殿下の形のいい唇から決定的な言葉が放たれてしまった。
「私はそちらのレディ・エルリアンと婚約を結びたいと願っております。これは勿論私の独断ではなく、父である皇帝陛下も同意されております。今日、実際に会ってみてその願いはますます強くなりました。レディ・エルリアン、どうぞ私の妻……ひいては未来の皇后となっていただきたい」
皇太子殿下の良く通るいい声は部屋中に響いた。
あまりの爆弾発言に彼と彼の従者達以外、つまりは我が国の人間は皆その場で岩のように固まってしまった────。
新しく皇太子に就任されたバーソロミュー殿下は精悍な顔立ちの美丈夫で、見るからに桁違いの気品と風格を備えていた。
(あの王太子とは雲泥の差……。いや、それは泥に失礼ね)
大公殿下も王族ならでは気品を持ち合わせているが、皇太子殿下のそれは比べ物にならない。これこそが大国の王者に相応しい風格というものかと圧倒されてしまう。
「本日はご招待ありがとうございます。国王陛下、ならびにルノール大公殿下、そしてレディ・エルリアンにお会いできて誠に嬉しく思います」
この場に王太子がいないことに全く触れないということは、皇太子殿下もこちらの事情を知っているのだろう。説明するにしても「阿呆すぎて廃嫡となりました」などという国の恥を晒すことになるし丁度いい。
先程まで死んだ魚のように意気消沈していた陛下と大公殿下だが、まるでそのような事が無かったかのように明るく外向きの笑顔で対応している。流石に引きずられても困るしね。
それにしても会話の端々から皇太子殿下の器の大きさや聡明さがうかがえる。
自国の王太子があんなどうしようもない奴だったせいか、これが本物の皇族というものかと感動を覚えてしまう。
王太子も皇太子殿下のようにまともな方だったらな……と何とも言えない悲しさが胸に染みた。
「ところで……私が滞在している部屋も、この晩餐会も、そちらのレディ・エルリアンが手配してくださったとか」
いきなり話を振られて驚いたが、王妃教育で鍛えられた淑女の仮面は揺るがない。
平常心を保ち悠然と微笑んだ。
「ええ、お気に召してくださいましたでしょうか」
「それはもう、素晴らしい心遣いだと感動しております。私共が気持ちよく過ごせるようにと細部にまで気を配ってくださるレディの優しさに感謝を」
称賛の言葉と共に妖艶な眼差しを向けてくる皇太子殿下。
不意打ちに心臓がドクンと跳ね、思わず心の乱れを表情に出すところだった。
色気が……色気がすごい……。
語彙力が失われるほど悩ましい目で見つめられ、頬の熱さや胸の高鳴りが抑えられない。
ここまで心を乱してくるとは流石は帝国の皇太子、男としての格が違う。
「レディ・エルリアンの優秀さは帝国でも有名です。おまけに目も眩むほど美しい……。このように美貌と才知を兼ね備えた素晴らしい令嬢こそ一国の妃に相応しい。貴女を迎えられる男は大陸一の果報者でしょうね」
「ま、まあ……お褒めに預かり光栄にございます」
過剰と言えるほどの称賛を浴びせてくる皇太子殿下。
含みのある言い方がどうにも気になり素直に喜べない。
(帝国でもという発言が気になる……どうしてわざわざそんな言い方をしたのかしら? それに私がもう王妃にはならないと知っているはずなのに“妃に相応しい”だなんて……。それに、大陸一という言葉は……)
大陸一とは帝国を指す言葉でもある。財力・軍事力・国の広さ、全てが大陸に存在する国の中でも一番を誇るから。
そして“妃に相応しい”と“帝国でも”という言葉……穿った見方をすればまるで私が帝国の妃に相応しいと言っているように聞こえる。
さりげなく陛下と大公殿下の方に目を遣ると、二人共顔を強張らせていた。
その表情から察するに二人は皇太子殿下の発言の意図を理解したのだと分かる。
(いや……うん、考えすぎよね。確かにミシェルはハイスペックな美少女だけど……この発言だけではただの仮説にすぎないし、もしかして他意はないのかもしれない)
ミシェルは美貌・才能・家柄と全て非の打ち所がない。
しかし、帝国よりも小国の公爵令嬢という身分はとても皇太子の隣に立つに相応しいとは言えない。
ただの妄想に過ぎない、と私は考えないようにした。
しかしその後も皇太子殿下は何かと私に話題を振り、そのどれもが何かを匂わせる内容だった。
帝国の歴史や習慣、宮廷作法、産業、それらについて質問され、私が答える度に彼は惜しみない称賛をくれる。
「これは素晴らしい。自国だけでなく他国の事まで熟知しているとは、レディは稀にみる才媛だ」
「過分なお褒めをいただきまして身に余る光栄に存じます」
「そのように謙遜なさらずともよろしい。レディは帝国の后となっても問題がないほどの才をお持ちだ。それらは全て貴女が努力を重ねた結果でありましょう」
出てしまった! 遂に皇太子殿下の口から“帝国の后”という決定打の言葉が出てしまった……!
いや、待て、まだ慌てるには早い。ギリギリただの思わせぶりというラインを抜けていないはず。
「こ、皇太子殿下……。帝国の后というと……もしや……」
ああ……よりにもよってこんな場面でいらんこと言うジジイの悪癖が出てしまった!
流せば済むもの……何律儀に拾って掘り下げようとしてんのよ!?
心の中で“ジジイ”と罵ろうが一国の王であることは間違いない。
いくら国力の差があろうと、この大陸では皇太子と国王では後者の身分の方が上とされる。
身分が上の者への発言は撤回出来ない。例えば私が国王陛下に何かを発言して、それを後で「冗談でした」と撤回することは許されない。上の者への嘘はそれだけで罪になるから。
つまり……つまりだ、ここで皇太子殿下が決定的な発言をしてしまえばもう戻れない。
頼むからはぐらかして!
私のそんな必死の願いも空しく、次の瞬間皇太子殿下の形のいい唇から決定的な言葉が放たれてしまった。
「私はそちらのレディ・エルリアンと婚約を結びたいと願っております。これは勿論私の独断ではなく、父である皇帝陛下も同意されております。今日、実際に会ってみてその願いはますます強くなりました。レディ・エルリアン、どうぞ私の妻……ひいては未来の皇后となっていただきたい」
皇太子殿下の良く通るいい声は部屋中に響いた。
あまりの爆弾発言に彼と彼の従者達以外、つまりは我が国の人間は皆その場で岩のように固まってしまった────。
8,321
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?
雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。
理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。
クラリスはただ微笑み、こう返す。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
そうして物語は終わる……はずだった。
けれど、ここからすべてが狂い始める。
*完結まで予約投稿済みです。
*1日3回更新(7時・12時・18時)
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる