茶番には付き合っていられません

わらびもち

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贈り物①

「長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません。殿

 国王に対する態度とは違い、恭しく頭を下げる公爵。
 目の前にいる人物が帝国の皇太子だと分かると一同は皆慌てて頭を下げた。

「いや、愛する女性を花嫁にするためならばいくらでも待とう。それにしても宮殿にまるで人の気配が無いな、廃墟かと思ったぞ」

「おっしゃる通りの有様で……お恥ずかしい限りです」

「貴公が謝ることではない。それで……ご息女の婚約は白紙撤回されただろうか?」

「ええ、今しがたこちらの書状に諸侯が署名致しました。これで現王の退位が決定し、自動的に我が娘の婚約も白紙に戻りました」

「それは重畳。では、そちらを皇帝陛下にお渡しし、ご息女と私との婚約をお認め頂く。貴公に異論はないだろうか?」

 書状の枚数が多いと思ったが、皇太子に渡す分も含まれていたのかと一同は納得した。
 それにしても何故ここに皇太子がいるのかが気になる。会話の内容から察するに宮殿内で待機していたようだが……

「異論などあるはずもございません。我が娘が殿下の花嫁に選ばれましたこと、誠に光栄に存じます」

「お義父君となる方にそう言っていただけるのはありがたい。ご息女は必ず私が幸せにするとここに誓おう」

「殿下……なんとありがたきお言葉でしょうか……」

 もう完全に疑問点を聞ける雰囲気では無くなった。
 すっかりと父親と娘への求婚者という世界に入り込んでしまっている。

「ではこのままご息女の……ミシェル嬢の顔を見に貴家へ行ってもよいか?」

「はい、もちろんです。娘も喜びま「いけませんよ、殿下」」

 公爵の言葉を遮ったのは皇太子の背後に控えていた糸目の男性。
 帝国の皇太子に対して気安い態度をとる彼に一同は驚愕した。

「殿下には一刻も早くその書状を皇帝陛下の元へ届け、婚約の手続きを進めるという役目がございます。寄り道している時間はございませんよ? その間にこの国が他国へ攻め入られでもしたらどうします?」

「ダンテ……少しの寄り道も駄目か?」

「駄目です。先ほどの会議でも“国境付近がキナ臭い”と話題に上っていたでしょう? お早く婚約を取りまとめ、この国が帝国と同盟関係にあると近隣諸国に知らしめたほうがよろしいでしょう」

 しれっと会議の内容を聞かれていたことを暴露され、一同は何とも言えない気持ちになったが申し出は正直有難かった。

「む……そうだな、ならば致し方ない。エルリアン公、ひとつ頼みがあるのだが……」

 皇太子がそう尋ねると、公爵は「何なりとお申し付けください」と頷く。

「このダンテをしばらく其方の邸に置いてもらえないだろうか? ミシェル嬢への贈り物を私に代わり渡してもらうのでな」

「はい、それは構いませんが……贈り物を渡すのに“しばらく”とはどういうことでしょうか?」

「それは。迷惑をかけると思うが……しばらく頼むぞ」

 訳が分からないものの、公爵は困惑する様子を見せることなく「畏まりました」と了承した。

「それではこれで失礼する。後の事はよろしく頼むぞ、ダンテ」

「お任せください、殿下」

 糸目の男性、ダンテを残し皇太子は護衛を引きつれ颯爽と会議室を後にした。
 
「さて、改めてご挨拶させていただきます。私は帝国皇太子バーソロミュー殿下に仕える者。此度はエルリアン公爵閣下のご息女をようやく帝国へとお迎えできる準備が整ったと聞き、主と共に馳せ参じた次第でございます」

 一人の令嬢の為に皇太子が自ら足を運ぶのかと一同はかなり驚いた。
 エルリアン家の娘が皇太子に花嫁として望まれているとは聞いていたが、まさかここまで寵愛が深いとは……。

「我が主が花嫁の為にと、自らが所有する騎士団の内の一つを連れて参りました。帝国皇家の紋付鎧を身に纏った騎士を国境沿いに駐屯させることで他国からの侵略を防ぐこととなりましょう。余程の馬鹿でない限り、帝国相手に喧嘩を売るような真似はしないでしょうからね」

「えっ……!? 帝国の騎士を……?」

 緊張状態にある国境付近に帝国の鎧をつけた騎士が駐屯していれば侵略者は何事かと躊躇するだろう。何故帝国の騎士がいるのかは分からないとしても、わざわざ国境沿いに配置するということは何かがあると考えるはずだ。侵略者が国家であるのなら、帝国と事を構える事態は避けようとするもの。軍事力で帝国に勝てる国など存在しない。

「正式にエルリアン嬢と我が主の婚約が整えば他国はこの国を侵略することを諦めるはずです。それまでの時間稼ぎにはなるでしょう」

「それは何とも有難い……! よろしいのですか、そのような破格の申し出をお受けしてしまって……」

「ええ、その代わりに騎士の滞在に関する費用等はそちらにお願いする形となります。まあ、その分は全てエルリアン家で賄うとのお言葉を頂いてはおりますが……」

「エルリアン家が!? 閣下、それは真ですか……?」

 一同が驚愕の目を公爵へと向ける。公爵は「国の為だ」と頷いた。

「これでしばらくは国の安全を確保出来るだろう。その間に新たな王を擁立し、国を健全な状態に戻そうではないか」

 公爵の言葉に拍手が沸き起こる。諸侯が国の為に志をひとつにした瞬間だった。


「……と、そういうわけで私が参りました。ご機嫌麗しゅうございます、エルリアン嬢」

 監獄を出て邸に帰ると、何故か皇太子殿下の側近ダンテ様がいた。
 驚く私に彼はここに来た経緯を説明してくれたというわけだ。

「そうですか……殿下のご厚意に深い感謝を」

 彼が私の為にそこまでしてくれたことが嬉しくて、自然と目から涙が滲む。
 監獄で最低な婚約者に会ってきた後のどす黒い感情がスーッと洗い流されていくようだ。

 こんなにも大切にしてくれるなんて、前の婚約者アレクセイの時には絶対に有り得なかったこと。いやむしろ大切にしてもらった覚えなんて一つもない。いい人に巡り合えた幸運に感謝を捧げたくなる。

「それでこちらが殿下より預かった贈り物の品々です」

 所狭しと並べられた大量の贈り物。
 ドレスや宝石はもちろんのこと、甘い菓子や珍しい嗜好品、色とりどりの花まである。

「まあ……! こんなに沢山……」

「どれも殿下が貴女様の為に自らお選びになった品々です。喜んで頂けましたら幸いにございます」

「勿論……すごく嬉しいです。お忙しい殿下がわたくしの為に自ら贈り物を選んでくださったとお聞きしただけで、もう……」

 私の目から零れた涙を傍に控えるキャシーがそっとハンカチで抑えてくれた。
 悲しくて流す涙は何度も体験してきたが、嬉しくて泣くのはこれが初めてかもしれない。

「貴女様にそこまで喜んでいただけるのでしたら殿下もさぞお喜びになることでしょう。……ところで、公爵閣下にお聞きしたのですが……監獄に足を運んでいたとは真ですか?」

「え? ええ、さようでございます」

「なんと……貴女様は随分と肝が据わっていらっしゃる。あそこはご婦人……ましてや高貴な令嬢が足を運ぶような場所ではありませんよ?」

「ええ、両親にもそれで何度も行くことを反対されました。ですが、あの方と話す機会はこれが最後だと思いましたのでね」

「それでわざわざあのような場所へ……。なんとも貴女様は根性がお有りになる」

「ふふ……ただの我儘ですよ。わたくし……これまでずっと婚約者とまともに会話を交わしたことが無かったの。だから最後位は言葉を交わしてみたいと思いましたのよ」

「会話を交わしたことがない……? はて、元王太子殿下は言語が不自由でいらっしゃったか?」

「いいえ? ただ、わたくしの事を目の敵にしていらっしゃっただけです。それこそまともに話したくもないほど。親の決めた婚約者が余程気に入らなかったのでしょう……」

「ああ……そういうことですか。なんだか元王太子殿下は我が国の元皇太子殿下と似ておりますね。あの方も親の決めた婚約者が気に入らなかったようでしたから……」

 そういえば……あの小説にもそんな表記があった気がする。
 元皇太子、ジュリアス殿下がヘレンを皇宮へと攫ったシーンで婚約者のことを『何の面白みもない女』と蔑み、ヘレンを“おもしれー女”認定していた。

 うわ……本当だ。よくよく考えれば俺様キャラがアレクセイとジュリアスで被っていた!

「《《何かやらかしそうな御方》だとは思っていましたけど……まさかこんなにも早く失態を犯すとは予想していませんでした。あ……ご令嬢はジュリアス殿下の件についてご存じでしたよね?」

「え? はい、存じております」

 平民の女に傾倒した挙句破滅したことは大公殿下から聞いている。
 うわ、そんなところも二人そっくり! 

「……いや~、あの事件を聞かされた時は驚きの余り目が飛び出るかと思いましたよ……」

 どこか遠い目をしたダンテ様がぽつぽつとジュリアス殿下について語り始めた。

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