フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

文字の大きさ
6 / 84

不機嫌の原因

しおりを挟む
 治療と着替えを済ませたセレスタンを、私はそのまま帰らせた。

 何か言いたげな彼を制し「しばらくはこちらに来なくて結構です。その分を勉強時間に充ててください」と穏やかな口調で告げた。

 これは『治める領地に興味も持てない無能はいらない。その空っぽな頭に知識を詰め込むまで顔見せんな!』という意味なのだが、彼には伝わるだろうか。

 冷や汗を垂らし「あ、ああ……すまない」と言っていたし、おそらくは理解したと見える。

 しばらくあのムカツク顔を見なくていい。
 そう考えると心がすごく穏やかになり、夏の空のように晴れ晴れしい気持ちで一杯になった。

 ああ、私はあの男にこんなにもストレスを感じていたのか。
 嫌いな男と交流するということは心身に負担をかけるものなのだな、と自覚した。


「さて……今日の映像を確認しましょうか」

 クローゼットを開け、鏡に触れて呪文を唱える。
 するとそこには慌てふためき本棚を叩く男の姿が映った。

「ぷっ……くくっ、焦ってる、焦ってる……」

 あの日の翌日、私は隠し扉の存在は伏せたまま、従僕に本棚の補強を命じた。
 グラグラして危ないから本棚を動かないようにして、と言えば従僕は大工を呼びつけ、床にしっかりと固定してくれた。

 勿論その際、見つからないようこっそりとトンカチを拝借し、スイッチを壊すことも忘れずに。
 これで隠し扉は完全に使用できないものとなった。

 しかし、そんなことを知らないセレスタンはいつものように愛しのアンヌマリーと逢瀬を楽しもうと、隠し扉を開けようとする。だがいつもの場所にあるスイッチは破壊されており、本棚事態もガッチリ固定されているので動かせない。

 焦ったセレスタンは誰かを呼びに行こうとドア付近に向かうも、流石にそれを知られてはマズイと思ったのか立ち止まる。そのまま右往左往して、考え抜いた結果が本棚を物理で動かすということなのか、押したり叩いたりを繰り返している。

「ふっ……やだ、ちょっと……無理、お腹痛い……!」

 そんな非力な力でどうにかなるわけもないのに、本人は必死で本棚をどうにかしようと頑張っている。
 その姿は実に滑稽で、いつもの貴公子然とした様子からは想像もできない。

 どれだけイチャつきたかったんだよ、と思わずツッコミを入れてしまいそうなほど必死だ。
 この姿をこいつの親にでも見せてやりたい、きっと絶望するだろう。

「まあ、それは無理なんだけどね……」

 魔法道具の存在を知っていいのは王族だけ。
 他に知られることは許されない。

 なので、前世のように「この映像が証拠です!」と提出し、あちら有責で婚約破棄なんてことも出来ないのだ。

 だがそれでも構わない。だって王家の権力でそんなものどうとでもなる。

「結局時間いっぱい本棚を動かそうと頑張っていたのね……。だからあんなに草臥れた様子だったんだ……ふふっ、面白い」

 小説に書かれていた彼等の逢瀬のパターンはこうだ。
 
 まずセレスタンが応接室に入り、案内した侍女がお茶を運ぶ。
 そしてその侍女が部屋から出ていったのを確認し、隠し扉のスイッチを作動させ、扉の外に待機していたアンヌマリーを招き入れるといった流れ。

 ちなみに出る時はこの逆の手順だ。こうすることにより、彼等が二人でいるところを見られることはない。

 では何故記憶を取り戻す前のフランチェスカが彼等の逢瀬を見てしまったかというと、セレスタンを驚かせようとこっそり応接室の扉を開けてしまったからだ。ちなみに彼等はフランチェスカが見てしまったことに気付いていない。

 いくら隠し扉があろうとも、応接室の扉は普通に開けられるのだから意味がないのに。
 それとも扉は必ずノックした後に開けられるという貴族の常識が前提にあるからだろうか。何にしても、もう使われることもないのだからどうでもいいが。

「さてと、これで二人はもうこの応接室で逢引できないわね。それにしばらくは彼も王宮に来ないだろうし……どうなるかしら?」

 あの二人は会えない時間を我慢するだろうか?

 それとも会いたい気持ちを我慢できず、こっそりどこかで逢瀬を交わすだろうか?
 人目に触れたらもう終わりなのに……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...