フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

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ブローチの効果

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 セレスタンは身分だけで選ばれた婚約者だが、それでも前世の記憶を思い出す前のフランチェスカは彼を愛していた。

 奴は見た目だけはいいのだ。それこそ世間知らずのお姫様が一目で恋に落ちるほどに。

 だが今のフランチェスカは精神が前世の記憶に引きずられるのか、びっくりするほどセレスタンに惹かれない。

 セレスタンの外見は艶やかな黒髪に青い瞳の、いかにも影があります的な美青年だ。
 こういうタイプが好きな人にはハマるのだろうが、私はこういった良く言えばクール、悪く言えば陰気な男が全く好みじゃない。おまけに中身は考え無しに浮気する馬鹿だし、正妻の産んだ子と恋人が産んだ子とすり替えようとする屑野郎だ。好きになれる要素が一つもない。

 もう、彼奴のことは見た目と身分だけが取り柄の屑としか思えない。
 そんな男と結婚し、ましてや子供を作る行為をするなんて御免だ。寒気がする。

 婚約を破棄ないし解消することは当然として、あの二人はとことん追い詰めてやらないと気が済まない。


 
「レティシア、貴女は髪を結うのが上手いわね」

「マリエル、貴女が淹れるお茶は美味しいわ」

 侍女の中でも忠誠心が高そうな相手を選び、褒め言葉と共に手ずからエメラルドのブローチを贈った。
 デザインはローゼとアリスに贈った物と同じだが、宝石の大きさが違う。

 それだけでもローゼとアリスは王女にとって別格だと知らしめることが出来る。
 そしてそれは彼女達の意識を変え、今まで以上に私に尽くすようになった。

 自然と私の周りにはローゼとアリスを筆頭に、ブローチを贈った侍女が近くに侍るようになる。
 その他の侍女も私に気に入られようとして、何かと尽くす様子が見受けられた。

 たかがブローチ一つで何故ここまで変わるか。
 それはそのブローチが一介の侍女には到底手が届かないほど値が張る物だということ、そして王女自らに選ばれたという優越感に浸れることにあるのだろう。

 実際、ブローチを身に着けた侍女達は面構えからして違う。
 堂々と自信に満ち溢れ、王女に仕えることを誇りとしている。
 ただ仕事だからと仕えていた頃とは大違いだ。
 だが、私がこれを侍女達に贈った目的は、彼女達の仕事の意欲を上げるためだけではない。
 
 本来の目的は、ある人物に
 主人の物を盗んで優越感に浸る泥棒猫の、悔しがる顔を見るためだ

(ふふ、今日も何かを言いたそうな顔で私を見ているわ)

 私はその視線に気付かないフリをしながら静かにお茶を飲み干した。
 するとその人物がすかさず近寄って猫なで声をあげる。

「姫様、お茶のお替わりは如何ですか?」

 声の主はアンヌマリー。私の婚約者の浮気相手で、王宮で不貞を働く不届き者の侍女。

 私はその気持ち悪い声には答えず、目線を侍女のマリエルの方へと向ける。

「姫様にお茶を淹れるのは私の役目よ。貴女は空の食器を下げて頂戴」

 マリエルは私が何も言わずとも意を汲み、アンヌマリーを遠ざけた。
 その胸にはエメラルドのブローチが煌めき、これを身に着けている自分の立場の方が上だと示しているかのよう。  

 アンヌマリーは悔しそうに俯き、下を向いたまま食器を持ち立ち去っていった。

 侍女達の間では自然と上下関係が出来つつあり、王女からブローチを賜った者が上という暗黙の了解になっていた。

 ブローチを賜った侍女達は皆アンヌマリーと同じ年に侍女になった同期ともいえる存在で、そんな彼女達より立場が下になってしまったことに焦りが出たのだろう。

 最近、やたらと媚びを売るような姿が見受けられる。

(まったく……図々しいわね)

 ブローチ欲しさに恋敵に媚びを売る姿は実に浅ましい。
 陰で主人を裏切り見下し、その婚約者に手出ししておいてよくもそんな図々しい真似が出来たものだ。

 婚約者と関係を持った女に、誰が忠誠の証であるブローチを渡すものか。
 未だに貰えると思っている時点でこちらを舐めているとしか思えない。

(そろそろ、次の段階に行ってもよさそうね)

 アンヌマリーが媚びを売り始めたので、私は計画していた次の段階に行くことにした。
 彼女に墓穴を掘らせるために……。



「わっ、わたし達にこれを……!?」

「こんな高価な物……わたし達にはもったいのうございます……!」

 すっかり恐縮する二人の少女、ベルとアンジェに私は柔らかく微笑み、その手を握った。

「遠慮することなくてよ。貴女達はわたくしによく仕えてくれているもの。真面目で素直で信頼できるわ。貴女達は?」

「もっ……勿論です! 姫様を裏切ることなど決してございません!」

「よくってよ。そういう忠誠心の高い子にこそ傍にいてほしいのよ。わたくしが女公爵になっても変わらず忠誠を誓ってくれる真面目な子がね」

 緊張しているのか、それとも感動しているのか、瞳を潤ませてこちらを見上げる少女二人の胸に、手ずからブローチを着ける。

 傅かれる立場にある王女が、そんな使用人のような真似をするなど信じられない。
 
 だが、それはそれだけ王女が彼女達を尊重したということ。
 それを理解した彼女達は、大粒の涙を零しその場に額づいた。

「なんて、もったいないお言葉……。わたし共のような平民に、高貴な姫様が、そのようなお言葉をかけてくださるなんて……!」

「身に余る光栄です……。姫様に一生、心よりお仕えいたします……!」

 この瞬間、周囲にいた侍女の目の色が変わった。

 彼女達の中で『忠誠心さえあれば、姫様に見初められる』という共通認識が生まれ、なおかつ『あのブローチを着 けた者は臣籍降下先まで同伴できる』という暗黙の了解が生まれたのだ。

 任期が定まっている王宮侍女にとって、王族の女性の専属になることは憧れである。
 いくら華々しい王宮の侍女になれたとしても、期限が過ぎればそこを辞めねばならない。

 退職後、他の貴族家に勤めたとしても待遇面には当たり外れがあり、酷い所は安い給料で馬車馬のように働かされるという。

 だが、王女専属となり臣籍降下先まで着いていけるのなら、そのまま高位貴族の侍女となれる。
 高位貴族、しかも公爵家なら王宮と比べて給与も遜色ないし、女主人から下賜品まで貰え、いい縁談にも恵まれるという夢のような待遇。

 侍女達の目の色が変わるのも無理はない。

 そんな中、異なる反応を見せる侍女が一人。
 彼女は皆が羨望の眼差しを向ける中、一人だけ嫉妬の炎を燃やした瞳を向けている。

(ふふ、どう? 悔しいでしょう、アンヌマリー)

『男爵家の令嬢である自分を差し置いて、どうして平民にそんな名誉を与えるの……!』

 という怨嗟の声でも聞こえてきそうな顔だ。
 目を吊り上げた彼女の顔はまるで魔女のよう。

 これで彼女は大きな墓穴を掘ってくれるだろう。
 選民意識の強い彼女が、見下していた平民の侍女に贈られた栄誉に嫉妬しないはずがないのだから。

 この時の私は『嫉妬で分別がつかなくなったアンヌマリーが私に詰め寄ってくるだろう。その時にセレスタンとの関係性について詰め寄ってやる』くらいに軽く考えていた。

 それがまさかあんな事態を引き起こすことになろうとは……この時の私は予想すらしていなかった。
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